ダンの冷や汗
村長の家を出たヒロは走っていた。
ニア姉ちゃんがきっと寂しがっている。もしかしたら泣いてるかも・・・。
その想いが一層足を速める。
そんなヒロの頭の中のほんの一部分だけは別のことに向いていた。
この男にしては姉の窮地(?)に他の事を考えるなどまさに青天霹靂的現象なのだが残念(?)なことにそれに気づく者はいなかった。
ほんの一部分、そこで考えていたのは後に残った面々が何を話しているのか?である。
ヒロは聴力強化を村長の家の居間限定にして行っていた。
さて、ダンおっさんは何を話すかな?少し意地の悪そうな顔をしながらまさに聞き耳を立てる。
ただし、身体は一目散にニアの所へ向かっているのだが・・。
♪*:..。o○ *:..。o○♪ ♪*:..。o○ *:..。o○♪
その頃、台所ではニアが料理に勤しんでいた。
2人がお腹すかせて帰って来るんだから急がないと。
使い慣れていない竃で悪戦苦闘しながらなんとか形あるものに仕上げていく。
卵欲しいよう、ニアは食材を拝借し足らない分を自分の持ち込み材料で凌ぎながら味を調えた。
「ただいまー。」
何皿かの料理が完成した頃、玄関から聞こえたヒロの声にニアが「おかえり」と声をかける。
するとドタドタと足音がしたかと思うとすぐに勢い良く台所の扉が開いた。
「ここに居たのか。無事で良かった。居間に居ないから心配しちゃったよ。ところでニア姉ちゃん、何してんの?凄くいい匂いがするけど。」
「お家の中にいるのに危険なんてないよ。ただ待ってるのって時間の無駄でしょ。だからご飯作ってんの。ヒロは出来上がった料理をそっちの部屋へ運んで。」
心配して早く顔が見たくて走って来たのにほんの数秒で追い立てられるように料理が乗ったお皿を押し付けられる。
方向転換を余儀なくさせられたヒロはニアの後ろ姿を寂しそうに見つめ両手に皿を持ってトボトボと居間へ戻るのだった。
ダンが自宅の扉を開けると香ばしい美味しそうな匂いが流れてきた。
「おかえりなさーい。」
ニアの笑顔と机いっぱいの料理に迎えられたダンは目を見開く。
「これ、どうしたんだ?」
「夕飯作ったの。勝手に食材は使わせてもらったけど・・・良いよね?」
ダンの驚きを非難と勘違いしたニアは肩をすくめた。
その様子にニアの手伝い(並べただけ)をしたヒロの眉間が寄る。
ニア姉ちゃんの心遣いを無下にしたらぶち殺すぞの視線を向けるヒロに慌ててダンは言葉を続けた。
「別に食材くらい幾らでも使ってかまわんが、すげぇ御馳走だなと思ってびっくりした。」
見た事のない料理だが良い匂いと飾り付けの彩に食欲が湧くのを感じる。
料理が上手なんだなとニアの頭を撫でるダンと先程とは打って変わった照れくさそうなニアの表情に比例するかのようにヒロの機嫌は低下した。
ニアに悲しい顔は見たくないが自分以外にニアを喜ばせるのも気に食わない。
するとまるでタイミングを計っていたかのようにニアがヒロの方に振り向いた。
そして「ヒロの好きな物中心に作ったんだよ」と極上の笑顔で告げられる。
ニア姉ちゃん、マジ反則だってその笑顔・・・先ほどまで不機嫌極まりなかった男の顔は机に突っ伏し茹でた蛸より赤かく染まっていた。
「なんだヒロ、ニアに結果を報告してなかったのか?」
ニアの手料理に、これはなんだと訊ねながら豪快に旨い旨いと平らげていたダンはまだ村長の決定を伝えていないヒロに呆れた顔をする。
帰ってきてニアに速攻で手伝いを言い渡されたヒロがそんな話をする暇があるはずもない。
ニアはヒロへの誤解を解くとすぐに村人との話の結果をせかした。
「予定通り記憶喪失ってことで信じてもらえた。獣の『キングワイルドボア』・・・そのワイルドボアのことも信じてもらえた。で本命の滞在許可も取れた。俺の監視下だけどな。当分は俺のとこで同居だがそこは我慢してくれ。」
いつもの下手くそなウィンク付きで語り終わった所でニアはダンに抱き付いた。
「これでヒロが夜露に濡れることも凍えることも無くなる。」
ありがとう、ほんとにありがとうと泣きながら抱き付くニアを放り出す事も出来ずダンはヒロの恨みがましい視線に冷や汗を流すのだった。
読んでいただきありがとうございました。