第5章
「・・・、で、結局グマルというのは何だったんだね?」
「さあ・・・。これだけの記録では何とも・・・」
二人の医師は、ロンドン郊外にある施療院で、ジャン・ブリンナーの手記を捲りながら話し合っていた。彼らはこれからの彼の治療方針について話し合っていたのだった。
「で、彼はグマルに罹っているのかな」
「いや・・・、あれはグマルではないだろう。別の調査隊から戻った男の話によると、グマルは一種の熱病で、発症すれば数日のうちに死に至る病らしい。ジャンは時たま酷い引き付けを起こしはするが、熱はないようだから、あの状態は熱病によって齎されるものではないだろう。多分、精神的なショックによる症状だな。アプゥドラから帰って随分経つのに、ちっとも回復の気配がない」
「そうか・・・。だがジャンの症状が伝染病によるのでないのは良かったよ。ヨーロッパに新しい病気を持ち込まれては大変だからね」
二人が頷きあったその時だ。奥の個室から、酷い喚き声が聞こえてきた。
「アリーシャ!許してくれ!アリーシャ!アリーシャ!」
「やれやれ、毎日あの調子だ。埒が明かんな」
医師たちは溜息を吐き、部屋のほうへと向かった。扉を開けると、そこには拘束衣に身を包み、ベルトで寝台に縛り付けられたジャンの姿があった。彼はその身を震わせ、恐怖に駆られた青い瞳を大きく見開き、身体を揺すって拘束から逃れようとしていた。粗末な木の寝台は、その度にがたがたと音を鳴らした。
「パドゥク!来るな・・・。殺さないでくれ、頼む!」
「ジャン・ブリンナー君。私だよ」
医師の一人が、彼に歩み寄った。
「来るな!」
ジャンが叫ぶと同時に、もう一人の医師が顔を顰めた。ジャンは失禁し、拘束衣と敷布を濡らしていた。舌打ちしながら、彼は扉の外にいた看護婦に声を掛けた。
「おい、この患者に新しい敷布と下着、それから着るものを」
「えっ、困ります!」
看護婦は困惑しながら俯いた。
「だって、ここの患者さんは酷く暴れて手に負えないのですもの。あたし怖くて・・・」
「大丈夫、薬を飲ませれば大人しくなるよ」
「飲ませるまでが大変ですよ?」
「心配ない。効いてくるまでは、我々が二人掛かりで押さえているからね」
看護婦は、しぶしぶ敷布と薬、それから新しい下着と拘束衣を取りに行った。廊下を、金切り声にも近いジャンの叫び声がこだましていた。




