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第三四話 チェック・メイト


 あと数秒で世界が終わる。


 カインと企んだ計画は完全ではなかった。今更ながら思う。


 ――賢者が帝国に現れて銃の設計図を預けた時、これは使えるとすぐに直感した。賢者が奴――ザラスシュトラを生かし、預言書を託したという事実はその時に知った。だが何故、どうして奴に預言書を託しておきながら、今度は設計図を預けたのか。それを考えてみれば賢者の思惑などすぐにわかる。


 弟を出し抜いてみろ――そういうことだろう。


 奴が魔法の才を持って生まれた時から、運命は決まっていたのだ。


 ザラスシュトラは生贄になったに過ぎない。預言書の真の完成は別にある。それは、魔法を超える力による完全に平等な世界。魔法の才があろうがなかろうが関係ない世界。


 力こそ正義。


 そう、誰もが正義となる権利がある世界を築けるのだ。銃さえあれば。


 預言書の指し示す未来とはまさにそれだったのだ。賢者が何を考えているのか未だに理解できないが、預言書を真に託されていたのは自分だったのだ!


 皇帝の兄、ツァラトゥストラは叫ぶ。


「何をやっている! 奴はまだ死んでない!」


 あともう一歩だった。


 暗殺者――ラクシウスの短刀は奴の首を掻き切ったが、それでは駄目なのだ。


 ザラスシュトラは声なく魔法を行使することができる。いつしか、魔法を極めたザラスシュトラはそんな恐ろしい業まで身につけた。もはや人間ではない。魔人、悪魔、神――なんとでも呼べばいい。


 ほんの一瞬だった。


 まるで、一瞬をさらに一瞬にしたような瞬間。


 あのカインでさえ焦燥し、ラクシウスは恐怖に顔を歪め、そしてザラスシュトラの悪魔の笑みが網膜に焼きつく。


 魔人は口から大量の血を吐きながら声もなく哄笑していた。何者にも屈服しなかった男。ついに世界を手に入れた男。そして、世界を破滅させる男の冷酷すぎる嘲笑。


 それは自嘲だったのか。


 運命に踊らされ続けた我が身を呪う嘲笑だったのか。


 ――世界は、終わらなかった。


 ザラスシュトラは笑みを張り付けたまま、立ち尽くして死んでいた。


 思いがけず兄を追い越してしまった弟。手本となる者を見失った子供。どこまでも敵しかいなかった哀しい怪物は死んだ。血塗れの骸がやっと魂を解放したかのように、どさりと倒れる。


 孤独な悲劇はようやく幕を閉じたのだ。


「チェックメイト――を言う暇はなかったな」


 その言葉は新しい声だった。


 魔術師たちの背後に見慣れない男が立っている。だが、その人物が誰であるかは明白だった。


「あ、アルベール!?」


 カインが絶叫する。


 高貴な銀髪を背中まで流し、冷徹な翡翠の色をした瞳の美青年。


 そして、弾と硝煙を吐いたばかりの黒く小さな銃を手にしているその男はアルベール・フィンツに違いなかった。


「遅かったな……もう終わりかと、冷や冷やしたぞ」


「ど、どういうことなんだ?」


 ラクシウスも魔術師たちも混乱していた。


 無理もない。これは最後の切り札だったのだ。何者にも悟られてはならない最後の策略。


「いや、初めて来たばかりで勝手がわからなくてね。まさか宮殿の見事な造りに見惚れていたわけじゃないぞ、うん」


 アルベールはわざとらしく頷いてみせる。


 何はともあれ、企みはうまくいった。念には念を――カインの作戦だけでは心許ないので、二重の罠を張っていたのだ。


 反乱軍がジールを落とした日、カインにさえ気付かれないように密使を派遣していた。アルベールに計画の全てを暴露するためだ。銃の欠陥も、カインの裏切りも、そして今日のことも逐一伝えていた。


「そうか……部隊を分けたのはこのためでもあったのか」


「いかにも。君にとっても都合が良かっただろう? お互いに戦線から離れるつもりだったのだからね」


 カインの呟きにアルベールが答える。


「もうわけがわからない……でも、これで全部、終わったんだよな」


 ラクシウスが誰ともなく呆然と呟く。


 そうだ。これでもう終わった。止まっていた時は動き出した。ザラスシュトラは死んだのだ。


 皇帝の座は兄である自分に移り、新しい時代が幕を開ける。魔術師どもは全員処刑し、大陸を浄化する。暗殺者たちはもう必要ない。そして、功労者であるアルベールにはかつての自分の地位を約束している。預言書も完成し賢者は消える。何もかも、完璧だ。どれもザラスシュトラには為し得なかった。


 所詮、愚弟は愚弟に過ぎなかったのだ。


「そう、すべて終わった」


 アルベールが締め括るように呟く。


「と……言いたいが、まだ終わってない。演技を終えた役者は潔く、早々に舞台を退場してもらおう」


 翡翠の瞳が歪に光る。


 まさか。もう終わったはずだ。何を言っている。何を企んでいる。


「誤算があったようだね、将軍。彼は感心するくらいに貪欲だ……それこそ世界を腹に収めるまで、ね」


 カインが憐憫の眼差しを向ける。


 どうしてそんな目をする。俺を哀れむつもりか。この俺を見下すつもりか。


「企みを知ってから兵を少しばかり温存していたのだよ。君たちを掃除するくらいなら、まだ暴発する暇もないだろう」


 勝ち誇った貴族が指を鳴らす。


 その背後からばたばたと、青い胴着に革の胸当てをした兵士が姿を見せる。


 一人ではない。続々と現れ――見える限り十人以上はいるだろう。やはり彼らの手にも銃が握られている。


「よし、とりあえず目障りな魔法使いどもを片付けろ」


 魔法よりも邪悪な言葉。


 ダン、ダンと空気を割る激しい音。


 頭や胴をを撃ち抜かれ、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる魔術師たち。引き金を引く。たったそれだけで、魔術師たちが死んだ。選りすぐりの、最強の魔術師たちが。


「これが、貴方の望んだ力だよ」


 それは誰の言葉か。


 しかしもう、ツァラトゥストラの耳に届く言葉はなかった。




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