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第二九話 ナイトメア・グロリアス



 全て、悪夢だったのかも知れない。


 目覚めたら全て終わっていた。激しい怒りの声も、絶望に叫ぶ悲鳴も、何も聞こえなかった。裏切られ、志半ばに死んでゆく彼らを助けることはできなかった。


「そう、終わったの」


 渇いた声がした。


 それは自分の声だと気付くのに、シェラは一瞬遅れた。彼女は一晩中、意識を失って閉じ込められていたから、喉がからからに渇いていたのだ。しかし声の渇きはそのためだけではない。


 自分でも驚くほど心は冷ややかだった。


「ああ、カインは先に帝国へ出発した。いま出ればまだ追いつけるだろう」


 そこは自警団の拘置所だった。


 牢獄の向こうに黒ずくめの装束の男がいた。闇の住人の一人――処刑部隊の隊長を務める男だ。その黒く不透明な瞳はどこかカインのそれに似ていた。何を考えているかは全て心の中に隠している。


(そして私も騙されていたってわけね)


 しかし怒りも悲しみも溢れては来ない。


 裏切られた気分とは、こんなにも穏やかなものだったのか。シェラは拍子抜けしていた。


 カインは皇帝の命令で意図的な欠陥のある銃の設計図を持ち出し、それを相応しい人物に預けた。あの傲慢で強欲な貴族、アルベール・フィンツに。彼は役者として十分だっただろう。まんまと思惑通り、反乱軍を組織し帝国と戦おうとした。全ては策謀だったと知らずに。


「ねぇ聞いて、ラクシウス。カインがね、あたしを気絶させたのよ。すごいわね、全然気付かなかった」


「ふむ。彼はあれでも優秀な暗殺者だからな。もう私が教えることは何もないくらいに」


 シェラの呟きに、男――ラクシウスは見当違いの意見を吐いた。


 違う。私が言いたいのはそんなことじゃない。カインは初めから私を眠らせるつもりだったのだ。地下室に呼び出した時から。いや、それよりもっと前からそうするつもりだったはず。


 普通の人間なら、罪悪感からそれを察知させてしまう。


 罪を犯す前の人間は少なからずその気配を出してしまうものなのだ。心の無意識の領域が贖罪を求めようとして。だが、彼はそれをまったく感じさせなかった。


「君には悪いことをしたな。私は計画を知りながら、カインを追わせたのだから」


「いいのよ、皇帝の命令には誰も逆らえないし。あたしも同じ立場なら」


 そう言いかけて止まった。


 同じ立場だったらどうしたと言うのだろう。


 千という人間が死ぬのをわかって計画に加担したのか? 自分の命が惜しいからそうするのか? そこまでして皇帝に従うのか?


 馬鹿馬鹿しい。


 考えることが無意味だ。何もかもとっくに終わった。あれこれ意味を見出すのは疲れた。運命に流されるしかないのなら、その流れるままに穏やかにいよう。


「さっ! 帰りましょう」


 シェラは疑問を払拭するように明るく言うと、笑みを浮かべた。


 立ち上がってラクシウスが鍵を開けてくれるのを待つ。


 早く帰って、水を浴びて、そして眠り直したい。悪夢は終わったのだから。次に目覚めたときには本当の笑みを浮かべられるだろう。そう信じたい。


「…………」


 しかし彼は黙って立ち尽くしている。


 自分を迎えに来たのではなかったのだろうか。それとも――それとも"掃除"をしに来たのか? そう、彼は処刑部隊の一人であることを思い出す。


「ラクシウス?」


「……君が望むのなら、私は君を殺したことにできる」


 耳を疑った。


 でも確かに、殺すつもりではなく、殺したことにできると言った。


 つまりシェラの存在を隠してしまえると言っているのだ、この暗殺者は。意味がわからない。悪夢は終わったのではないのか?


「私は君のことが好きだ」


「……はぁ?」


 さらに耳を疑った。


 今度は愛の告白。しかしその眼に偽りは見えない。


 顔も知らない男は黒い眼差しをシェラにぶつけていた。ひたすら真っ直ぐに。


「君は私の知る限り最も強い女性だ。しかも美人」


「……えーと……」


 言葉が見つからない。


 これも何かの策謀なのだろうか? 自分を混乱させて何の得が?


「何故わざわざ私が来たのか、考えてはくれなかったのか? 愛しの君」


「ちょっと、もうっ! いい加減にしてよ」


 歯止めが利かなくなってきた。


 秘めていた想いをぶちまけて引くに引けないとでも言うのだろうか。今にも指輪でも出してきそうだ。


「私はただ、君が苦しむ顔はもう見たくないのだ。君と離れることは実に惜しいが、それも君を想ってこそのこと」


 そう言って彼は指輪を――いや違う、牢獄の鍵を取り出した。


 まるで求婚でもするかのように恭しくシェラの手に握らせると背を向ける。


「どうするかは、君が決めてくれ……さらば!」


 そう言い残して彼は走り去っていった。


 残されたシェラは鍵を見つめ、ただ呆然とするしかなかった。




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