第二八話 ワン・ピース
反乱軍は壊滅した。
そうなれば呆気のないものだった。所詮、俗物の集まり。帝国を脅かす存在には成りえなかったのだ。
報告を受け、皇帝――ザラスシュトラは満足そうに笑みを浮かべた。
出来るものなら戦場で彼らの驚愕と恐怖に歪む顔を拝みたかったものだ。さぞ見ものだっただろう。しかし、わざわざ自分が出向く必要もなかった。その報告だけでも満足しよう。
「信じられなかっただろうな――最初から我々の手の平の上で踊っていたなどとは」
いつものように、彼の兄ツァラトゥストラが口を開いた。
宮殿の王座の間。皇帝は一歩も宮殿の外に出てはいない。命令も出していない。そしてそれだけで戦争は終わった。退屈すぎてつまらない。絶対の権力を得るというのは、そういうことだった。
「少しの間だけでも夢を見れたのだ。本望だろう」
恍惚さえ覚え、ザラスシュトラは顔面が引きつるのを止められなかった。
抗えない絶対的な力というものを教え、屈服させる。それが彼の生き甲斐のようなものだった。あの時から――つまらない豚一匹を殺したときから、それは始まった。
「奴らは考えなかったのか? 自分たちが頼りにしている武器はもともと、我々が保管していた技術なのだ……帝国から盗み出したもので帝国に勝てるなどと、本気で疑わなかったのか」
ツァラトゥストラは問いかけるように呟く。
嘲っているというよりは、本当に哀れんでいるようであった。とはいえ、哀れみは見下しているのと同義であったが。
「弱者というものは、目の前の希望に無条件ですがるものよ。突付いて確かめるだけ、魚のほうが少しは利巧だろう」
「……そうだな」
全て計算の内だったのだ。
帝国の最重要機密として保管していた技術を、裏切り者が盗んで提供した。
それは策謀だった。裏切り者などいない。念のため何者にも悟られないよう工作はしたが、初めから皇帝の命令で銃の技術を持ち出させたのである。
奴らにとっては最高の裏切り者だろうがな。
そんなものを信じるほうが悪いのだ。盗んだ人物も帝国の者であれば、盗んだ技術も帝国の物。そんな罠にかかったのに卑怯だと抗議する獲物は、最高に愚かだ。
(いや、ひとつ違っているな。あの技術は帝国の物ではない……賢者が遣した忌まわしい技術だ)
あの技術はもともと完全なものだった。
だが我々は設計図を改ざんし、致命的な欠陥を作り耐久性を極端に脆くした。使い続けるとどれほどの期間で壊れるのか何度も試させ、深入りし始めたところで暴発するように仕組んだのだ。
所詮、玩具は玩具。
それを愚かな奴らにわからせてやったのだ。これでもう、魔法を超える力があるなどとは思うまい。帝国に反逆しようなどとは思うまい。
ある意味、これは儀式だったのだ。
魔法の力をより強めるための。帝国の存在をより絶対的なものにするための。預言書を完成させるための。
「そして、目障りだったスクラドも手に入ったというわけだ」
ツァラトゥストラの言葉に心中で賛同する。
そうだ。聖騎士団と賢者がいたあの王国も落ちた。だがそれは我々の力ではない。賢者たちが勝手に消えただけだ。それも預言書の一部だからな。
「大陸は支配した」
事実上の支配は終わっていたが、今は大陸の端から端まで真の帝国領になったのだ。
それは地図上のことでしかないが、意味はある。預言書を完成させるためにもそうする必要があった。
「これが、お前が望んだ世界か」
挑発めいた発言に、ザラスシュトラは兄へ視線をぶつける。
お前に何が出来たというのだ? 魔法も使えず、親を守ることも出来ず、そして俺を殺すことも出来ない。負け犬のお前に世界を変えることができたのか? いや、出来はしない。だからこそお前はまだ生きている。その苦渋を舐めさせるために生かしてやっているのだ。
「賢者が望んだ世界だ」
ザラスシュトラは憮然と言い放ち、話を終わらせた。
もう戯言を交わす必要はない。全て終わった。これで――これで世界は平和になる。