第二七話 スター・バースト
もう悩む必要はない。
答えは出した。枯れるまで泣いた。心は棄てた。もう考える必要はない。
(俺は戦う。この戦争が終われば本当の平和が訪れると信じている)
ジョッシュはもう、胸の痛みを感じていなかった。
泣いていた青年はここにはいない。そこには銃を手に獲物を求める一人の兵士がいた。
二手に部隊を分けた解放軍は左翼と右翼に展開した。ジョッシュが配置されたのは右翼の部隊だ。拠点からそう離れていない隣の都市へと進軍していた。ここも帝国の占領下にあるためだ。
(忌まわしい帝国兵どもを抹殺してやる!)
石畳の上を叩くように走りながら、見える標的を全部撃った。
夜の奇襲。迅速な解放軍の動きに対処できなかった間抜けな帝国軍は、都市に敵の侵入を許してしまったのだ。混乱する帝国兵を撃ち殺すのは悲しみも吹き飛ぶほど爽快だ。虫けらのように死んでいく。
俺はもう引き返せないんだ――ならば骸の道の上を歩いて、その果てを見届けてやる。
「きゃああああっ」
「!?」
民家の影から飛び出してきたのは若い娘だった。
美しい白い肌が一瞬にして赤色に染まる。ジョッシュは咄嗟にその娘を、何の罪もない市民を撃ってしまった。
「いきなり飛び出すから――!」
俺は悪くない。
こんな戦場でうろちょろしているほうが悪いんだ。家の中に閉じこもっていれば良かったんだ。
罪悪感は一瞬だけで、すぐに忘れてしまった。生きるか死ぬか紙一重の戦場で己の罪を嘆いている暇などない。ジョッシュは駆け出す。だがその背中に声がかかる。
「お願い……助けて」
振り向くと、先ほど誤射した娘だった。
ちぃっと舌打ちしてから、そんな自分に驚いた――いま、死ねば良かったのにと、そう思わなかったか?
「残念だが、そんな余裕はないんだ。運が悪かったと諦めるんだな」
慰めは意味がない。
娘の胸からすでに赤い血が大量に流れていた。何をしても、どうせ死ぬ。憮然と言い放って黙らせた。
「人殺しっ!」
それが娘の最期の言葉だった。
弱々しく、死に脅え力尽きようとしていた少女はその最期にジョッシュを呪って死んだ。果てしない怒りと憎しみに満ちたあの血走った眼。脳裏に焼きついて離れない――ぞっとする。
「何とでも言うがいいさ……」
怪我はしていなかったが、足取りが重い。
忘れていた胸の痛みがぶり返して来る。やめろ! いまはそんな状況じゃない! 敵がいる!
内なる声に、はっとして辺りに視線を這わせる。
悲鳴と怒号と銃声のなか、その声だけは不気味なほどしっかり聞こえる。硝子を軋ませるような、汚泥に足を沈めるような、理解することの出来ない響きをもつ呪いの言葉。
「デナ・ヴェラム――」
魔術師だった。
月夜を背に漆黒の長外套を身に纏い佇むその姿。
まるで死神の迎えかと錯覚するほどぞくりとする。そして本当に、死の呪文を唱えていた魔術師は最後の一節を叫ぼうとしていた。
「させるかっ!」
こちらのほうが早い。
言葉を紡ぐよりも引き金を引くほうが倍も早かった。これで魔術師は永遠に黙る。呆気のないものだ。そう思っていた。
「……え?」
彼は不思議に思った。
魔術師の姿が消え失せ、視界には星空が美しく煌めいている。
今夜は星が良く見える――唐突に穏やかになった心でそんなことを考える。何をしていたか、忘れてしまった。何をしようとしていたか、もうどうでもいい。この宙を漂うような感覚に満たされていたい。
ああ、俺……死ぬんだ。
笑みさえ浮かべて、ジョッシュは呟く。
長い苦しみから解放された気がした。何故なら、輝く星空の中に学院の仲間や姉の姿を見たからだ。
いま行くよ。
ジョッシュの視界は暗黒に閉ざされた。