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第二六話 シークレット・サービス


 そうそう全てがうまくいくはずがない。


 頭を剃髪にした男は、足を引き摺るようにして街をさ迷った。青年というほど若くもなく、壮年というほど老けてもいない。そんな男は、黒の長外套を脱ぎ捨てた魔術師レガスに他ならない。


(魔法は使えるようになったが、奴らは妙な武器を使ってくる)


 結局、迂闊に行動は出来ないということだ。


 しかし時間が経てばいずれ牢獄の死体が発見される。兵士の服は長外套と交換したが、時間稼ぎにもなりはしないだろう。それに、あの武器は手に入らなかった。


 彼の心中など知らず、空は青く優雅な色を湛えている。


 街には兵士たちの姿がいくつも見えた。街の住人たちの姿がない――兵士に関わるのを嫌い閉じこもっているらしい。だが、これだけ兵士がいれば見慣れない顔ひとつあろうとも気付かないものだ。足を引き摺っている以外、レガスは何の注目も浴びない存在だった。


(焦ってもしょうがない。馬を手に入れてここを抜け出すのだ。隣の街はまだ、帝国の占領下にあるはず)


 逃げるしかないというのは癪だった。


 かつてはその影さえ畏れられた男。しかし今では民兵の姿に脅える弱者でしかない。


 また、あの時に戻ってしまったようだ。


 帝国が誕生する前――魔術師は異端者とされ処刑されていた時代。暗黒の時代。あのおぞましい歴史を繰り返すつもりなのか? 最悪な懸念を抱いて、頭を振った。まさか、皇帝が敗れるはずがない。それは有り得ないことだ。


(しかしあの武器――どういう手品なのか、調べねばならないだろう。そうだ、帝に伝えねば)


 使命を思い出し、引き摺る足に力が入る。力が入ったところで痛みしか返って来ないが。


「……君。そこのハ――いや、坊主頭の君」


 それは自分のことだろう。


 周りに剃髪の者はなく、仕方なくレガスは立ち止まった。心臓が破裂しそうだが、気取られるのはもっとまずい。


 声の主を見るとそれは、銀髪の若い貴族だった。貴族とわかったのは明らかに過剰な装飾の衣服を着ているからだ。兵士はそんなものつけない。自らの立場を誇示するのは貴族だけだ。


「は……何か」


 無礼に感じられないようには注意を払いつつ、レガスは答えた。


「足を怪我したのか? 大丈夫かね。どんくさい、もとい、不運だったな。まあそれはそれとして、シェラとカインを見かけなかったかね)


 妙に鼻につく物言いはまさに貴族のそれだった。


 だがそれどころではない。聞き覚えのない名前を出されてレガスは焦っていた。だが彼らを知らないと素直に答えるのもまずい気がした。


「え、ええと、俺……私は見てないですね」


 言葉を選ぼうとして――結局、大したことは言えなかった。


「そうか……立ってるのも大変そうなのに、邪魔して悪かったな」


 そう思うなら止めるなよ! レガスは心中で毒づく。


 何か考え込むような素振りを見せてから、貴族はそう言った。話は終わりということだろう。レガスはそう判断して先に進む。しかし。


「ところで君。私は頭もいいし、耳もいいのだが」


(今度はなんだっていうんだ?)


 苛々としてレガスは立ち止まる。


「おまけに、記憶力もよくてね。百という兵士の顔はみんな覚えているのだよ――で、君はその中の誰なのだ?」


 嘲笑っているのを感じてレガスは振り返った。


 やはり、にやにやと厭な笑みを浮かべている。初めからわかっていたのだ。この貴族は。反応を見て楽しんでいたのだろう。


「うわぁあああああっ!」


 瞬間的に魔法を唱えることを考えたが、やめた。


 貴族が懐からあの妙な武器を取り出すのが見えたからだ。詠唱している暇はない。本能的に一瞬で悟っていた。


 体当たりで貴族にぶつかる――すると、思っていたより軽い貴族の体が吹き飛んだ。あの武器を手放し地面に転がるのも見逃さなかった。奪うことも考えたが、どうせ使い方がわからない。


「ま、まて!」


 レガスは足の痛みも省みず無我夢中で走った。


 激痛。足が千切れそうだと錯覚する。長時間逃げられる自信はない――角を曲がったところで身近な建物の扉に入り込む。幸いにも廊下に人気はなく、適当に隠れられそうな場所を探して走る。


(あれだ!)


 地下へと続く階段が見えた。


 大抵の場合、地下室というのは何かの保管庫になってる。湿度の関係や日光が入らないこと。そして人が暮らすには窮屈な場所だからだろう。隠れるにはうってつけだった。


 しかし都合よく人がいないとは限らない。


 レガスは階段まで入ると音を立てないように慎重に潜っていった。


 どうやらそこは、資料室か何からしい。いくつもの棚が部屋を圧迫しており、色褪せた紙束が敷き詰められていた。とにかく今はやり過ごさなければならない。


 時間が過ぎるほど状況は悪くなるが、これ以上悪くなるような気はしなかった。


「――そんなっ、そんな馬鹿な話があるの!?」


 唐突に声。


 激しく脈打ち、破裂しそうだった心臓に最後の止めを刺されるところだった。


 だがその声が離れた場所で会話しているものだと気付き、幾分落ち着きを取り戻す。棚の隙間から除くと、娘と少年がまるで隠れるようにして口論していた。


 娘。はっと気付く。


 あの薄い紅の髪をした娘は戦場で彼を助けた女だ。あの赤い髪の少年と顔つきが似てなくもない。姉弟だろう――安直だがそんな気がした。


「しっ! 声が大きい……これは僕たちだけの秘密だ」


 少年が指を口に当てて娘を咎めた。


 秘密。それは甘美な響きの言葉だった。レガスは思わず二人の会話を盗み聞く。


「……あたしがそれを黙ってると思うの?」


「いや、思わないよ。けれど、姉さんを巻き込みたくなかったから話したんだ。それは、わかって欲しい」


 そんな弟の言葉を、娘は軽蔑するかのように冷たく否定する。


「あんたがそこまで落ちぶれていたなんてね。どうかしてたんだわ、あたし。あんたを助けたいって思っていたけれど、もうだめね――みんなにこのことを話して、戦いをやめさせる」


 やめさせる?


 反乱軍が戦いを放棄するほどの秘密を、この二人は握っているのか?


 レガスはますます目を離せなくなった。その秘密を我が物に出来れば、ここを脱出するのも可能になるかも知れない。それどころか、反乱軍を掌握できるかも知れない。


「ごめん、姉さん」


 少年が心底申し訳なさそうに陳謝した。


 隠し事に対する謝罪ではないと、レガスにはわかっていた。少年が後ろ手に隠し持っている短刀が見えていたからだ。


「もう行くわ」


 娘が突然振り向いた。その瞬間、レガスと目が合う。


(しまった!)


 こちらに驚いたような表情を向けている――気付かれたか? レガスは飛び出そうかと身構える。だが。


 娘はその表情を浮かべたまま崩れるように前のめりに倒れる。少年が短刀を振り抜いた姿勢のまま立ち尽くしていた。殺してしまったのだろうか?


(姉を信用して秘密を打ち明けたが、それを暴露しようとしたので口を封じたか)


 自分でも意外なほど冷静に状況を分析していた。


 覗いている分には自分は安全だと思い込んでいたからだ。


 だがそれは間違いだった。


「さて、どこまで聞いたのか知らないけど……念のために殺しておこうか」


 独り言のように呟く少年。


 しかしそれが自分に向けられている死刑宣告なのだと気付いた頃には、遅かった。




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