第二三話 リベンジャー・ソウル
俺たちは勝った。帝国に勝利したのだ。
やはり銃の前では帝国さえも無力だった。何が起こったのかも分からず倒れていく魔法使いたちのあの様といったら! 本当に爽快な気分だった。
こちらは被害もなく――いや、一人いた。あの娘……シェラとかいう女だ。
「自業自得さ」
青年はその話題を鼻で笑った。
ここは元帝国軍占領下の街。今は解放軍の戦略拠点となったわけだが、その街の酒場で兵士たちは勝利の祝杯に酔いしれていた。
「ジョッシュの言うとおりだ。そもそも女が戦場にいるのがおかしい」
酒場は大盛況。
テーブルは全て埋め尽くされ、店員は大忙しだった。そんな中、青年――ジョッシュたちもひとつのテーブルに陣取り酒の肴に花を咲かせている。
「問題はそこじゃなくてだな。敵を助けてたってとこだろう」
「うん、俺もそう思う」
ジョッシュは頷いた。
あの娘は敵を、あの帝国軍を助けていたのだ。縄で動きを封じた兵士には攻撃しないで欲しい――戦いに出る前に娘が言っていた言葉だ。まさか本当にやるとは思わなかった。
「しかし、なんであんなことしたんだ?」
当然の疑問にジョッシュも考えてみる。
敵を助けて何か得でもするのだろうか。捕虜にしたって、何の意味もない。食い扶持が増えてしまうだけだ。じゃあ無駄な犠牲を抑えたかったとでも? そんなの偽善だ。そんな理由で命を張ってまで他人を助けるはずがない。何か意図があるんだろう。奴の素性は分かっていない。
「そんなのどうでもいい。余計なことしてくれやがって……俺たちの復讐を邪魔してるんだぞ」
「ああ、そうだ。帝国軍は許すわけにはいかん」
絶対に許さないさ。
酒を傾けながら、ジョッシュは故郷の街リシトを思い出していた。
今でも色褪せていない、ラックフィールド学院の仲間たち――お調子者のミゲル、母親思いのニコル、初恋の少女ステラ。そして姉のアリス。姉とはいつも喧嘩ばかりしていたが、今はそれもできなくなった。街も学院も仲間もみんな、帝国が焼いてしまったから。
「ちょっと、やめてください!」
「へへ、いいじゃねぇか。俺はこの街を救ったんだぞ」
「わ、私は男ですぅぅ!」
回想は小さな騒ぎに打ち破られた。
酔った兵士が店主に絡んでいるようだ。だが止める者はいない。ここには解放軍しかいないのだから。……いや、止めてあげろよ。
「おい、どこに行くんだ」
まだまだ飲み足りないらしい。
席を立ったジョッシュを赤ら顔の仲間が呼び止める。
「いちいち聞くなよ。上から飲んだら下から出すに、決まってるだろ」
そう適当にあしらってジョッシュは酒場を出た。
扉を閉めるとき喧騒が大きくなったが、酔っ払い同士の喧嘩でも始まったらしい。店主の悲鳴が聞こえたような気がしたが、どうでもいい。巻き込まれる前に出て正解だった。
「ふぅ……」
ジョッシュは夜空を見上げた。
彼の心に空いた穴のように暗い空にも、小さな星の輝きが見える。仲間にはああ言ったものの、実際はただ夜風に当たりに来たのだった。
思わず胸を手の平で押さえた。
街のことを思い出してしまい胸が焦がれるように苦しい。復讐を果たせて嬉しいはずなのだ。しかしこの苦しさは何だ?
「……あ」
「え?」
酒場の外に例の娘がいた。
薄紅の髪の女。絶世の、というわけじゃないが、美人の範疇には入るだろう。
そんな娘が蒼い月明かりを浴びて、外壁にもたれるようにして立っている。画に描いてみたくなるような、そんな幻想的な光景とも言えなくなかった。
アリスと比べて、どっちが美人なのかな。
そんなことを考えついて、ぶるるっと頭を振った。どうやら酒が回っているらしい。
「ええと、そうだ。傷、大丈夫なのか?」
黙ってるのも間が悪くなってジョッシュは声をかけた。
娘の左腕に包帯が巻かれている。戦場で流れ弾に当たったそうだが、弾は貫通して簡単な治療で済んだらしい。だが使えるようになるのは当分、先だろう。
「へーき、へーき。生きてるだけラッキーだもの」
娘は妙に明るく笑みを浮かべた。
確かに運がいい。流れ弾がわずかにずれていれば胸を撃ち貫いていただろう。そもそも流れ弾ひとつで済んだのが奇跡なくらいだ。
「なあ、なんで敵なんかを助けたんだ?」
思い切って疑問を問う。
本人の口から答えを知れば、はっきりするだろうからだ。それに、偽善ぶったことを言うなら罵声のひとつでも浴びせてやろうかと企んでもいた。
「犠牲を出したくなかったから」
ほら、やっぱりそうだ。善人面して偉そうな気にでもなっているのだ。
ジョッシュが口を開こうとするが、娘のほうが先だった。
「なんてウソ。本当は……何もできないのが悔しいだけ。偽善なのよ」
「…………」
先に言われてしまい、ジョッシュは言葉を失う。
「結局、救えたのも数人ってとこかしら? おまけに怪我までして……弟を困らせたいのかもね」
「おとう、と……」
ジョッシュの胸が高鳴った。
娘にアリスの姿を重ねてしまい、喉が詰まりそうになった。頭を振る。姉はもういない。
「ごめんね、何話してるんだろうあたし」
「……今日。俺は今日やっと、復讐を果たすことができた」
俺は何を言おうとしてるのだろう。
溢れだすように、言葉が勝手に滑り出る。ジョッシュは構わず続けた。
「それなのに、笑えねぇんだよ。どうしてだか、あんたなら分かるか――?」
突然の告白に、娘は目を丸くしている。
だがすぐに表情を元に戻した。しかし愛想笑いは消え失せ、真剣な眼差しを向けている。哀れみの欠片もない、冷たくも力強い瞳。怒り。ジョッシュに対するものではない――不条理な世界に対する怒りが込められている。
「失ったものは、そんなものでは戻らないからよ」
そうだ。
本当はわかっていたことだった。
しかし今日まで否定して復讐のために戦った。それがどうだ、痛みが増すばかりで今にも胸から血が零れそうだ。
「くっ……姉貴……みんな」
ついに堪え切れなくなってジョッシュの瞳から涙が流れる。
自分は間違っていたのかも知れない。
こんなことをして欲しいとは彼らも思っていないだろう。ジョッシュもまた、誰かの友を、家族を殺しているのだ。
しかしもう遅い。
始めてしまってからでは後戻りできないのだ。
失うものさえなくなった彼は武器を取り、復讐者になったのだから。