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第二二話 デス・サイズ



 自暴自棄になって突撃か? 大人しくしていれば長生き出来たものを。


 赤茶けた荒野を土台に、フィンツの反乱軍と帝国軍が衝突した。帝国軍の背後には占領下にある街があり、反乱軍はそこを攻略の拠点にするつもりであるのは明らかだった。


「虫けらどもめ、後悔させてやる」


 魔術師レガスは思わず呪いの言葉を口にした。


 言葉では殺せないが、呪文を詠唱すれば本当の呪いが敵の命を貪る。


 その魔法がまだ異端とされ取り締まれていたころ、彼は弱者だった。仲間が次々と異端審問にかけられて酷い処刑にあったのを今でも覚えている。次は自分だろうかと部屋の隅で震えていたものだ。


(しかしどうだ、今の俺は。百という兵を従え、何をやっても許される免罪符がある。魔術師というだけで!)


 彼に逆らえる者はいなかった。


 少なくとも魔法を使えない人間は。それは皇帝のおかげだった。だが、感謝の念はない。


 奴は気付くのが早かっただけだ。俺にも本当はチャンスがあった。無能どもは殺して黙らせればいい、そんな単純なことに早く気付くべきだったのだ。


(まあ、いずれ奪ってやるさ。皇帝の座をな)


 今は忠実な僕を演じる。


 そして、今日は帝国軍の将軍として反乱軍を始末する。ただそんな簡単なことでいい。きっと功績を認められ地位はさらに上がるだろう。そうすれば同じ魔術師でも逆らえる者は少なくなる。


「で……どうなんだ、前線は」


 暇を持て余し妄想に耽っていたレガスは、ようやく現実に戻った。


 傍らにいる近衛兵が斥候の伝令を受けているところだった。将軍として一応、戦況を確認しなければならない。


「ええと、押されているようです。我が軍が」


「何だと?」


 しどろもどろに話す兵に苛立ちを覚え、レガスは睨みやった。


「は、はい。奴ら、何やら弓とも槍ともつかぬ強力な武器を使い、歩兵では足止めにもならないようで……」


 意に介せないのは近衛兵も同じなのだろう。


 何だそれは? 魔法を使えないとはいえ、歩兵も帝国軍の訓練された戦士。寄せ集めの民兵で構成された反乱軍などに引けをとるはずがない。


「ちっ、役立たずどもめ。もういい、魔術部隊に号令をかけよ」


 切り札、というわけではないが歩兵で駄目なら出すしかない。


 出し惜しみをしていたわけではない。反乱軍など魔術部隊を出す必要すらないだろうと高をくくっていたのだ。


 しかし実際には歩兵が押されている。何が起こってるのか分からないが、魔術部隊さえ出せば全て終わる。帝国軍の恐怖の源となった力を味あわせてやるのだ。


 しばらくすると斥候がやってきて焦った様子で直接状況を伝えた。


「ま、魔術部隊が全滅っ、反乱軍はこちらへと前進しています!」


「……俺の聞き間違いか?」


 それは有り得ないことだった。


 魔術師は盾も鎧も関係なく、騎士だろうと英雄だろうと、彼らの前では等しく死が存在する。


 つまり、絶対的勝者である。


 確かに、魔術の才がある者には限りがあり魔術部隊の構成人数は多くない。だが、そんなものは関係がないのだ。部隊が複数同時詠唱を行えば魔力はより増大し、竜巻を発生させることもできる。地面を割ることができる。自然すら操ってしまう――不条理で卑しい、最強の力だ。


「敵の姿が見えた途端、魔術師たちが次々と死んで」


 斥候の言葉は続かなかった。


 操り人形の糸が切れたように、突然崩れ落ちた。彼を助け起そうとした近衛兵も胸から鮮血を噴き出して死んだ。


 慌てて前方に視線を移すと、確かに弓とも槍ともつかない奇妙な武器を携えた反乱軍の姿が見える。しかし、まだ距離があるはずだった。だが、ばたばたと彼を守っていた歩兵たちが倒れていく。


 ダン、ダンと空気を割る、不気味な音が近づいてくる。


 姿のない死神の行軍する音か。


 弓や槍でこんな殺戮が行えるはずがない――魔術師が倒されるはずがない。魔法よりも強力で、魔法より不条理な力があるはずがない。


「ひ、ひゃあああ」


 我ながら情けない叫び声だった。


 殺される。そう悟った瞬間、逃げ出していた。


 皇帝の座などもうどうでもいい、とにかくここから逃げるのだ――いや、あの武器を報告しなければ!


 報告を思いついたのは口実に過ぎない。魔術師が敵の前で逃げるなど許されない恥ずべき行為だからだ。しかし。


「ぎゃっ」


 足に何かが当たった。無様に転倒する。


 熱した鉛でも当てられたように熱い。動かそうとすると激痛が走る。何かが足の中に入って内から食い破ろうとしてるような、そんな痛みだ。


「動かないで、殺されたくなければね」


 女の声がした。


 動くなと言われてそちらを見ることができないが、手足を縄で縛られているのがわかる。そのうえ、口まで猿ぐつわで封じられる。捕虜にでもする気だろうか。


「死にたくなければそこでじっとしてるのよ」


 そう言い残して、気配が遠ざかる。


 それを確認してから声がしたほうを見やると、若い娘が縄を持って走り回っている。そして、まだ攻撃を受けていない兵士を殴り倒すと彼と同じように縛り上げた。


(何をしてるのだ? あの娘は)


 何から何まで、まったく訳が分からない。


 いや、ひとつわかることと言えば――最強の帝国軍が寄せ集めの民兵に敗北したということだけだった。




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