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第二一話 ジャガー・ノート



「どうしても駄目だと言ったら?」


「あんたを殴り倒してでもいくわよ、あたしは」


 決心は固かった。


 例え愛する弟だろうと、自分を止めるつもりなら容赦はしない。

 こんな姉を弟はどう思っているのだろうか。馬鹿だと嘲笑っているのか。哀れだと蔑んでいるのだろうか……邪魔だと疎んではいないだろうか。


「おやおや、今度は喧嘩か? まるで恋人同士だな。お、うまいこと言ったか?」


 アルベールが間抜け面を引っさげて来たので、シェラは話を打ち切った。


 どうせ話しても無駄なのだ。今度も勝手にしてしまえばいい。ただ、カインと衝突してしまうのは本心ではなかった。


 自分だって好き好んでやっているわけではい。しかし、血の繋がった姉弟なのに考え方がまるで違っていた。


(どっちが悪いの?)


 そんなことを考え、すぐに馬鹿馬鹿しいことだと気付いた。


 善も悪もない。


 極論だが、生物は生きるために別のものを犠牲にしなければならない。物言わぬ草木でさえ、大地から養分を吸収している。犠牲が厭なら石ころにでもなるしかない。


 でも、とシェラは思う。


(無意味な犠牲は、悪。それは間違いない。間違いでなくちゃならない)


 そう決断してから――意味のある犠牲があるのだろうかと自分に問いかけた。


 しかし答えは出そうにない。少なくとも、戦おうとする者を自分では止められない。それが現実だった。


「また高みの見物ってことね」


 皮肉気にシェラは言い放った。


 今度は丘の上ではないが、彼女たちは軍の衝突が予定されている場所からはだいぶ遠い位置にいた。


 その戦場となる荒野の上だけは、平和な青い空が広がっている。しかし空は見ていただろう。かつてここで帝国軍の侵略戦争があり、大地を抉り取った罪を。そしてまた、その大地に骸を埋めようとしている。どこまで自分勝手なのだろう、人間は。


「誤解してはいけないな。役割が違うのだ。我々は指導者であり、戦士ではない。この先の聖戦を導く大儀があるのだよ」


 聖戦。


 貴族が軽々しく口にした言葉がいちいち耳につく。


 争いを美化しようとしているのだ。この男は。いくら聞こえがよく言っても、殺人は殺人だ。それも、多くの命が奪われる。それを言ったら彼は得意げにこう返すだろう。戦場で命を落とすのは、兵士も本望なのだ、と。そんなわけない。誰だって死にたくはないはずだ。戯言などで殺人を美化して、兵士を勇者に祭り上げ、洗脳しようとしている。


 考えるよりも早く、シェラは口を開いていた。


「あんたがいなくなったって、何も変わらないわよ」


「なっ――!?」


 突きつけた言葉は、思いのほか効果を上げたようだった。


 侮辱された貴族は顔を真っ赤にして今にも暴れ出しそうだった。しかしシェラはそんな姿を愉快そうに眺める。


「図星だったのかしら?」


 止めが効いたらしい。


 アルベールは懐から小型の銃を取り出す。


 あの魔術師――ジャッカルを殺した銃だろう。シェラは冷静にそんなことを思っていた。


「この小娘……! 言わせておけば!」


 絶対的な死が眼前に突きつけられる。


 いくら死と隣り合わせの訓練を続けていても、邪悪な魔法を封じる力があっても、あの小さな銃から放たれる弾丸から逃れられる術はないだろう。どこかの魔術師のように惨たらしい死体を晒すだけだ。


 人の運命なんて、御伽噺のように綺麗には終わらない。


「アルベール!」


 カインが叫ぶが、貴族は銃を下げない。


「最初から思っていたのだよ。なんで君がいるのか、とね。我々は邪悪な帝国を討つという世界にとって最重要な使命がある。それを邪魔するのならば君も悪だ。それに……君のような小娘一人が死んだところで何も変わるまい?」


 シェラの挑発をそのまま返すアルベール。


 こんなところで死ぬつもりはないが、引けなくなったシェラは貴族を睨んだまま動かない。緊張が広がり、空気まで凍りついたように固まる。殺すほうも、殺されるほうも動けない。


「変わるさ」


 均衡を破壊したのはカインだった。


「アルベール、姉さんを殺してみろ。死より恐ろしい苦痛を与えてやる」


 少年は短刀を握っていた。


 薄っすらと青く光る刀身。本来なら魔法を打ち砕くための希望の光。そんなもので銃を持つアルベールを倒せるとは思えないが、少年の眼は本気だった。


「……やめよう、こんな下らないことで時間を無駄にしたくない。兵士の士気にも関わる」


 カインに恐れをなしたのか、それとも本心か。


 アルベールは銃を下げ懐に仕舞うと居心地悪そうに二人の元から離れた。彼の大事な手駒である兵士のところにでも行くのだろう。


「姉さんも、意地を張るのはよせよ。僕より先に死んだら――絶対に許さないからな」


「え……」


 いつもの彼ならそんなことは口にしない。


 それは純粋に姉を想ってのことだったのか。本来なら歓ぶべきのはずのことなのに、何か別の意思を感じて邪推してしまいシェラは自己嫌悪に陥る。


「弟を信用できないなんて。姉として、家族として失格ね」


 戦闘の指揮のために去り行く弟の背中を見送って、シェラは贖罪するように呟いた。




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