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第一話 ジャスティス・エッジ



 仰げば、青く澄み渡った空。


 見渡せば、人の群れ。


 そこは活気に満ちた街並み。商いに精出す露店の軒の連なりに喧騒は絶えず賑やかで、異国の旅人や街に住む人々の忙しい往来が目につく。その群集の波を掻き分けるように進む一人の少女――シェラ・サウザードは辺りをしきりに見回しながら、何かを探しているようだった。


 ふと、露天に並べられた商品の中にあった鏡が彼女の出で立ちを映し出す。


 毛先に軽い癖のある薄い紅の髪は肩にかからぬほど短く、空を映したかのような透き通った青い瞳ははっきりとした力強い意志を帯びている。鼻筋の通った美しい顔立ちには似合わない、飾り気のない質素な外套(マント)の下に革の胴着を身に着け、腰元には短刀(ダガー)を吊るしていることから、少女がこの街の人間ではなく異国の旅人であるのを示していた。


 だが自分が探してるのは鏡などではないと、流すように視線を逸らす。


「いったいどこにいるの」


 焦る気持ちが、小さな呟きに変わって漏れた。


 彼女はとある人物を探しているのだった。心が急くのも無理はない。ずっと探し続け、ずっと旅をして来たのだから。


「――あの赤い髪は!」


 群集の波間に赤毛をした人影を見出し思わず駆け寄ろうとする。


 ところが彼女は無理に通りを横断しようとしたせいで前方を歩いていた男の背中に思い切りぶつかってしまう。


「あっ」


「うおぉっ!?」


 黒い長外套に身を包む男は一声叫ぶと石畳の上に派手に倒れた。


 驚いた犬が吠え、街の娘たちが小さく笑い合う。その隙に人影を見失ってしまった。シェラは立ち止まると、困ったように顔をしかめた。面倒なことになりそうだ、と苦悶するような表情が物語っている。


「き、貴様ぁ、どこに目をつけている!」


 彼女の読みどおりだった。


 男は素早く立ち上がるや否や怒りを露わにした。頭巾の下に隠された表情は読めないが、痛みや怪我がどうということではなく、無様に転倒したのを怒ることで誤魔化しているのだ。


「え、顔、ですけど?」


「なななんだとっ!」


 言ってから、しまったとシェラは小さく舌打ちした。


 自慢にもならないが悪気なく人を怒らせてしまう才能が彼女にはあった。言い訳になるが、早く目的を成し遂げたいという気持ちのせいで集中力が欠如していたのも要因だ。


「おのれ、いい度胸だ、小娘……俺を、魔術師を侮辱したこと、末代まで後悔させてやる!」


「ちょ、ちょっと待ってよ! こんなところで争いは」


「《グァラ・ミダ・ナカェメナ・スァジカ――》」


 慌ててシェラが制止するが無駄だった。


 すでに男は、恐ろしく早口で奇妙な韻律を持った言葉を呟き、魔の力が込められた呪文を詠唱している。彼らが自在に操る魔法は常に破壊的であり不道徳的――概して術者は傲慢。


「《疾走する黒き(バラーダ・グナド・フィズ)》!」


 まるで黒き月を思わせる魔力の刃。


 空間を震わせるように反響する言葉と共に、突き出した手のひらから禍々しい黒い瘴気が生まれた。


 それは弧月の形を成し、投擲された剥きだしの白刃のように空気を切り裂きながらシェラへと殺到する。その邪悪な死の刃の前では盾や鎧など無意味。物質を透過し直接肉体を切り刻む。


「まったく、これだから魔法使いって嫌いよ――」


 愚痴るように吐き捨て、シェラは身構えた。


 破壊魔術への防御法は三つ。非常に高価な代物である守護の護符(タリスマン)を身につけるのと、魔術師にしか使えない対抗呪文(アンチ)を唱えるのと、単純に素早い身のこなしで物理的に回避すること。


 しかしシェラがとった行動はそのどれでもない。


 彼女は腰元に吊るしていた短刀を手にして、目に止まらぬ程の素早い動きで殺到してくる魔法の刃を全て切り払った。本来なら物質が干渉できるはずがない――しかし魔力は霧散し無力化(キャンセル)された。よく見ると短刀の刃がうっすらと青白く輝いている。


「なにをした……?」


 男は怒りも忘れたように茫然とシェラを見つめていた。


 騒ぎに気付き二人の周りに人だかりが集って野次馬できていた。不安そうに見届けるのではなく、楽しみ眺めるようにして。


(見世物じゃないわよ! ああ、まったく。なるべく目立ちたくないのに)


 シェラは慌てるようにして身を翻し人込みに紛れる。


 まさかその人だかりのなかに、探し求めていた人物がいたとは気付かずに――。



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