表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/37

第十七話 バトル・クライ



 何が何だか分からない。


 帝国から姿を消した弟を追って旅をして、ようやく彼を見つけたと思ったら、その弟は戦争を引き起こし帝国を転覆させようなどと、とんでもない事を考えていた。


 戦争によって全てを失う前、あの平和な日々をいつか取り戻せると思っていた。


 親も友達もいなくなってしまったけど、弟だけはそばにいてくれた。いや、いてくれるはずだった。しかし彼は今や、反乱軍の事実上の指揮官だ。貴族なんて飾りに過ぎない。


 自分たちから全てを奪った戦争を、己の手で再び起こす気なのか。


「ああ……もうっ!」


 苛立ちに耐え切れなかった。


 シェラは目の前に突っ立っていたアルベールを睨みやる。突然の事にアルベールは驚きを隠せず、美貌を引きつらせていた。


「き、君は確か……あの少年、カインと言ったな。彼の姉のシェラだったね。これは、その、愛情表現か何かなのか?」


「んなわけないでしょ!」


 八つ当たりでもぶつけようとして、やはり馬鹿馬鹿しくなってやめた。


 アルベールなど相手にしても何にもならない。しかしそれ以上に何もできない自分に嫌気が差した。


「姉さん、落ち着いて……今から戦闘が始まる。といっても、僕らは何もしないし、何も起こらない。ここにいれば全て終わるさ」


「そういうことだ。くれぐれも馬鹿な真似はしないように」


 馬鹿な真似をしようとしてるのは、どちらなのか。


 怒りで殺せやしないかと、きつく貴族の顔を睨み上げる。脇役は黙っていればいい。


「……あんな玩具で、帝国を潰せると思ってるの?」


 その問いにアルベールが口を開くも、それより早くカインが答える。


「玩具じゃない、あれは銃っていうんだよ。姉さんも見ただろう? あれの威力をさ――魔術師の魔法なんて目じゃないんだ」


 確かに、それはわかってた。


 魔法なんて陳腐なものに思えるほどの非情な武器。剣も盾も鎧も、必要ない。そして、自分たちさえも。


 本当の脇役は自分なのだ。死と隣合わせで手に入れた魔法に対抗する力。処刑部隊。それさえも、もう必要ない。それならば、自分たちがしてきたことはなんだったのか?


(あなたはそれでいいの? カイン)


 もう言葉にはできなかった。


 自分は何もできない。ウォードのように体を張って戦争を止めることも、アルベールのように戯言で民を動かすことも、カインのように知恵で帝国と戦おうとすることも。


 ――無力。


 どん、と空気が震えた。


 シェラたちはフィンツから馬車で半日もかからないうちに、神聖王国スクラドの首都ジールに辿り着いた。


 その街の手前、小高い丘の上から夜気に包まれた静かな街並みを見下ろしている。丘の上に兵士たちの姿はなく、街の入り口のほうで爆発が起こった。銃とは別の、手榴弾という武器によるものだ。


「始まった」


 それはカインの言葉か、アルベールか、わからなかった。


 残酷な殺戮の始まりを告げる言葉。そう、あの武器に対抗できるものなどない――これは戦争ではない。虐殺だ。


 まだ街は眠ったように静かだが、やがて聞こえてくるだろう。悲鳴、怒号、断末魔の叫び――

同じだ。帝国が始めた戦争と同じなのだ。結局は。


(また、あたしたちのような子が生まれるのよ。わかってるの?)


 姉の声のない叫びは彼には届かない。


 満足そうな笑みを浮かべるその横顔は、無邪気な少年のそれにしか見えなかった。アルベールのように冷酷な笑みでも浮かべてくれれば、憎むこともできたかも知れない。いや、例えそうだとしても、シェラは弟を憎むことなどできはしないのだろう。たった一人の家族なのだから。彼女自身、わかっていることだった。


「姉さん、どこへ行くんだ」


 呼び止められて気付いた。


 いつの間にか歩き出していた。丘を下ろうとしている自分。一体、何をしようとしてるのだろう?


「あんたが勝手な事をするなら、あたしだって同じ事をするわよ」


 相手の顔も見ずに憮然と言い放つと、決心したようにシェラは走り出した。


 呼び止める声がしたが構わない。自分を困らせたのだから、お返しをしてやるのだ。


 街までの距離はそう遠くなかった。全力で走り続けようやく外壁のところで立ち止まる。体力が限界だった。それもあるが、足が震えてそれ以上進めなかった。


「動きなさい、あたしの体なのよ」


 恐怖は忘れたはずだった。


 毎日毎日、酷い実験を繰り返され、殺るか殺られるかの戦いを強いられて、そして悪魔の力と戦う術を得た。


 なのに今は、死ぬほど怖い。


 やっぱり丘の上に帰ろうか? 悔しいが、自分は無力な小娘にしか過ぎないのは事実。


「きゃあああああああぁっ!」


 シェラは、はっと我に返る。


 この世のものとは思えない悲痛な叫び。それは以前も聞いたことがある。街を焼かれたとき、そこらじゅうで聞こえた断末魔の声。同じ悲劇を繰り返す気か――聖騎士の言葉が蘇る。


「やっぱり、こんなの間違ってる!」


 呪縛を解かれたように、体が動くようになった。


 シェラは再び走り出す。何ができるのか分からない。何もできないかも知れない。


 けれど、何もしないよりマシだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ