第十六話 ソリチュード・スケアクロウ
「や……やめ……?」
放心するアルベールは、腰を抜かして座り込んだ。
――生きている。体を見るがどこにも穴は空いていない。
はっとして顔をあげると、自分の前に立ちふさがる聖騎士がいた。こちらに背を向けているが、状況はすぐに飲み込めた。彼が盾となって全銃弾を受け止めてくれたのだ。
「これがお前たちの自信か」
アルベールはぎょっとして聖騎士を見やった。
どうやら生きているらしい。とんでもない――化け物だ。アルベールは素直にそう思った。救ってくれたことへの感謝など微塵もない。
がちゃがちゃと惨めな音を立てて、聖騎士の鎧が剥げ落ちていく。
やはりあれだけの銃撃を受けて無事では済まなかったらしい。アルベールがいなければ避けることはできただろうが。
「なんなんだ、こいつは!?」
兵士の一人が絶叫する。
鎧が落ちると、現れたのは生身の体ではなかった。鉄屑や、がらくたを寄せ集めたような、黒い骨組みが露になっていた。例えるなら烏除けの案山子――印象はそれに近かった。
不意に聖騎士の姿が消えた。
悪夢が終わったのか? アルベールは希望を持ちつつ、そんなことを考えた。
だが聖騎士は消えてなどいなかった。一瞬で少年の目の前に現れている。少年は少々驚いたような表情を見せたが、すぐに余裕たっぷりに笑みを浮かべた。
「これはすごい。賢者たちはどこまで技術を隠しているんだ?」
「!? 賢者を知っているのか」
少年の言葉に今度は聖騎士が驚きを隠せないようだった。
賢者――何だそれは? 賢者。智者。言葉の意味としては"知識を究めし者"を表すが、それだけではなんなのかわからない。少年はまだ何か隠しているらしい。
「あなたは、あのときの騎士……ウォード・バズラッシュなの?」
それまで状況を傍観していた娘が言葉を発した。聖騎士と面識があるらしい。
「いかにも……お譲ちゃん、探していた弟はこの子だったのだね」
娘が頷く。
張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。聖騎士の殺気が薄れたのだ。
「もう私にはどうすることもできん。だから聞いてくれ。悲劇を繰り返してはならない……戦争をすれば無関係な人間も巻き込む。そしてまた、お前たちのように復讐を果たそうとする者が生まれる……これは愚かな連鎖なのだ。お前たち人間は、そう愚かではないはず」
聖騎士の孤独な叫びに、誰もが口を閉ざした。
それは正しいのかも知れない。彼の言うとおり、人間はずっと戦争を繰り返してきた。そのために無駄な犠牲もあった。だが、とアルベールは口を開いたが、後を続けたのは少年だった。
「人間は愚かな生き物さ――それでいいんだ。全てを奪われた悲しみは、怒りは、そんな理屈で抑えられるものじゃない」
まさしくアルベールが言わんとしていたことだった。
ただし、自分の場合は建前に過ぎない。兵士を動かすために必要だった。実際には戦争で肉親や友人を失った経験がないのだから。
「アリス……」
聖騎士が口にしたのは反論でも賛成でもなかった。
祈るように、女性であろうと思われる名前を口にしただけだった。アルベールはその名前に心当たりはない。そして、それが墓標のように立ち尽くす彼の最期の言葉となった。