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第十四話 パワー・ゲーム



 戦争が勃発した。


 騎士と騎士の剣が鍔迫り合い、戦車が哀れな歩兵を轢き殺し、幸運を味方にする女帝は老獪なる賢者を制す。


 それは、白と黒に彩られた盤面に広がる小さな戦争だった。


「チェックメイト」


 成すがままにした砂色の長髪はやや癖があり真っ直ぐは流れていない。浅黒い肌の男の瞳は紫がかった青。鍛えられた鋼の肉体は上質な絹の衣服に隠れているが、その野性味のある風格は隠しようもなかった。彼は勝ち誇ったように口の端を上げる。


「ふん、たかがチェスだ。お前など、それで満足していればよい」


 勝負に敗したほうの男は、憮然として言った。


 単なる負け惜しみとも取れるが、彼は実際には勝利者であり負け惜しみなど縁のない話だった。


 砂色の髪は同じでも、こちらは髪用の油で撫で付けられ整えられていた。肌の色も同じだが瞳は完全に紫に染まっている。体格は対照的に細く、神経質な印象を受ける。実際、彼は神経質だった。


「眠れないから相手をしてやったが、やはり不毛だったな」


 吐き捨てるようにそれだけ言うと、彼は立ち上がり部屋を出ていこうとする。


「ほう、お前でも眠れないこともあるのか? ザラスシュトラ」


「…………」


 魔帝ザラスシュトラ――大陸の殆どを手中に収め、その残虐な戦いの功績から恐怖の代名詞となった男。


 彼は何も答えず、ただ、気の弱い者ならそれだけで死んでしまいそうな冷たい視線を投げかけ部屋を後にした。彼がいなくなって空気までが軽くなったように感じる。自分より知能も体格も劣る男は、たった一声で彼を殺せた。


「だがお前には、俺を殺すことはできん」


 誰もいなくなった部屋でツァラトゥストラは呟く。


 実際には彼の弟は絶対的存在の帝王であり強力な魔術師でもある。権力でも魔力でも、殺そうと思えばいつでもできた。だが、今でも彼を生かしている。


 何故だ? 血の繋がった兄だから――唯一の肉親だから?


 まさか、奴はそんなものを重んじる心はない。奴は自分の両親を殺した。奴は魔に魅入られ、心を悪魔に売ってしまったのだ。奴は俺を憎んでさえいる。いや、奴は世界の全てを忌み嫌っている。


「お前はいつまで経っても子供のままなのだ。あの時から、お前の時間は止まっている」


 ――奴にも幼い子供だった時代があった。その話をしよう。


 まだ魔法が異端とされ廃絶されていた頃。魔力の才能をもって生まれたザラスシュトラは、自

ら魔法のことを学んでいった。王家に仕える騎士の家では特に風当たりが強かったが、金には困らなかったことが災いした。ザラスシュトラは魔法使いが貴族に奪われた文献を金で買い集めたのだ。


 そんなザラスシュトラの評判はすこぶる悪かった。


 まだ若いため処刑と同義である異端審問にはかけられなかったものの、貴族の少年たちにしょっちゅう虐められていたものだ。見かければ助けてやったが、あの時はもう遅かった。


 ついに、やってしまったのだ。


 ザラスシュトラは殺人の魔法を使ってしまった。貴族の少年が一人死んでしまい、大問題となった。誰もがザラスシュトラに極刑を求めたが、何故か断罪はなかった。庇ってやっていたのも要因かもしれないが……いや、本当は別の理由がある。だが今は、それを話す時ではない。


 結局、ザラスシュトラは生き、人々から畏れられる存在となった。貴族の少年たちも近寄ろうとはせず、姿を見つければ逃げたくらいだ。


 それに味を占めたのだ。奴は。


 力は人を屈服させる――そんな当たり前のことを奴は知ってしまった。


 好奇心で魔法を学んでいた少年はいつの間にか、より強い力を狂い求める魔術師となった。彼も成人すると、父や俺に倣って騎士となった。王に忠誠を誓ったが、そんなもの建前に過ぎなかった。


 或る日、ザラスシュトラは何の前触れもなく王を殺害した。


 王を守ろうとした側近も、彼を捕まえようとした兵士も皆殺しだった。彼は王国を乗っ取ったのだ。殺した側近の中に母がいたこと。殺した兵士の中に父がいたこと。それを知っていながら、彼は王座に就いた。俺は何もしなかった。もし奴に刃を向けていれば、あっさりと殺されていただろう。俺は無駄死にするつもりはなかった。臆病者と呼ぶなら呼べばいい。だが……。


「この世は、力こそ正義」


 皇帝の駒を手の平で弄びながら、ツァラトゥストラは再び、口の端を吊り上げほくそ笑んだ。




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