第十話 ワー・ウルフ
「んで――なんであんたがいるわけ?」
呆れにも似た声色で、シェラはうめく。
言いながら手足を縛る縄がどれほど固いか確かめた。当たり前だが少女がもがいたところで抜ける代物ではない。
「…………」
向かい合うようにして壁にもたれ座る魔術師の姿も、彼女と似たようなものだった。
ただし、猿ぐつわが追加されており疑問に答えることはできないようだ。魔法を使われては困るからだろうと、当たり前のことを思う。
(……ああ、最悪。まったく、処刑部隊が聞いて呆れるわね……おまけに何故か、あの魔術師まで同じ部屋にいるし。頭と背中は痛いし。最悪の最悪ね)
シェラは今、望みどおりアルベール公爵邸にいた。
だが歓迎された様子など微塵も無い。背中と後頭部に一撃を受けて、負傷している。まさか騎士も思いもしなかっただろう、少女が宵闇に紛れ屋敷に侵入しようとするなどと。
だが甘さゆえ、使命を達成させることは出来なかったが。
悔しさはあったものの、誰も殺さずに済んだことに安堵していた。殺さなくて本当に良かった。正直なところ、自分の甘さに感謝すらしていた。
(でも――いくらなんでも、警備が固すぎる……何か、あるの? この貴族の館に)
言い訳にしかならないが、苦々しく毒づく。
奴は自分の存在に気付いたのだろうか。
もうここにはいないのだろうか――と思索しているうち、扉の向こうの廊下からこつこつと規則正しい足音が聞こえてくる。
見張りの交代だろうか。
そう思っていると、扉の鍵が外されて新しい顔が現れる。
「ご機嫌麗しゅう。寛いでいるかね?」
背中まで伸びた銀髪の青年。
その芝居臭い台詞と、必要以上に整った眉目は、彼が見張りの兵などではないと容易に知れた。
この館の主、アルベール公爵に間違いないだろう。
「……寛ぐも何も、こうもきつく縛られると苦痛以外の何物でもないんですけど」
シェラは堪らず不満を貴族にぶつけた。
「ふむ。忘れているようだから教えてあげよう、君が何をしたか。不法侵入は立派な――立派ではないが、犯罪だ。しかも我が配下の数人に暴行を加えてしまっている。本来なら即座に自警団に突き出してしまうところだよ」
哀れむような眼差し――つまり完全に見下した目で、アルベールは言う。
「ご親切にありがとう。じゃあ早くその自警団にでも連れて行ってもらえる?」
シェラはあからさまにアルベールを挑発した。
「言ったはずだよ。本来なら、とね。君をここから出すつもりはない」
ちぃ、とシェラは内心で舌打ちした。
何しろここは、警備の固さが自警団の比ではない。あちらへ行ければ脱出の手立てもあろうに。
「君はそこの魔術師――ジャッカルを助けに来たんだろう?」
「は?」
思わぬ的外れな詰問に、シェラは間抜けな声を上げた。
勘違いでこんなところに閉じ込められているのなら本気で堪ったものじゃない。
「ち、違うわよ! 私はあの子を――」
「戯言はもういい。君たちの処分は後で下す。私は忙しいのでね。では、失礼するよ」
待って、と言いかけたがアルベールはすぐに姿を消し、扉は固く閉じられた。
ぐずぐずしてられないと言うのに!――シェラは苛立ちを隠せず歯噛みした。と、向かいに座るジャッカルと目が合う。
「…………」
「何よ、もうっ。あんたのせいなんだからね。あの子が見つからなかったら――殺されたら」
意味のないことだとわかっていても、八つ当たりをしてしまう。
それほどに、彼女にとっては重要なことだった。
「……っ」
「え?」
ジャッカルは何かを伝えようとしているらしい。
顎を上下にしたり横を向いたり、何らかの仕草をしている。些か滑稽な動きだが、まさか遊んでいるわけではあるまい、とシェラは考える。
「……あ、なるほどね」
ある答えに合点がいき、ぽんと手を叩く。縛られているので、気分だけだったが。