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プロローグ

 美しくも残酷な、銀の軌跡。


 鋼鉄の剣が銀色の軌跡を描いて振り下ろされた。


 その太刀筋は鎧の空隙から肉を食らおうとしていたが、咄嗟に構えられた盾によって阻まれ、悲鳴のような甲高い金属音を残して弾かれてしまう。攻撃を阻止された騎士は体勢を崩し、慌てて後退するが、もう遅い。反撃と言わんばかりに槍が飛び出して、彼の顔面を貫いてしまった。


 そう、一瞬後でさえ命の保障はない。緑広がる平野には、馬に跨った鎧姿の騎士たちが剣と槍とを交え命の削り合いを繰り返し大地を赤に染めていった。


 いつ始まったのか――忘れてしまった。


 いつ終わるのか――考えたこともない。


 永劫とも思える果てしない剣戟と怒号が飛び交う、そこは激しい戦場の真っ只中であった。


「愚かな……兵の数はこちらが倍もある。この侵攻はただの無謀な突撃に過ぎないのか?」


 懸念を噛み潰すかのような低い声。


 その声の主は剣士の王国アクレアンの総大将ルードヴィッヒ。彼は冷静に――というよりも、戦場に居るにしては、あまりにも緊張感のない様子で戦況を吟味していた。


 前線ではすでに激しい戦闘が始まっているが、後方に陣取る彼の周りはまだ待機しており静かなものだ。何しろアクレアンの剣士はそこらの王国の戦士とは別格だった。王国秘伝の剣技<薫風>は肉体力学を最大利用して鉄の鎧を叩き壊す程の破壊力を生み出すし、剣技<月光>は特殊な太刀筋により相手の思考を鈍らせ勝利を約束する。


 考えるまでもない。


 幾多の戦を経験して来たが、アクレアンの剣士が敗れたことはかつてないのだ。自分が出る幕は今回もないだろう――ルードヴィッヒは確信し、いつもの如くつまらなそうに戦線を眺める。


「辺境である北方の小国に過ぎなかったティルナノーグの王、ザラスシュトラ……しかし今ではラクサ、ブール、ディムスンの三国を手中に収めています。ただ暴走しているだけだとは思えません。何か姑息な策を弄するつもりではないでしょうか」


 不意に上がった言葉にルードヴィッヒは声の主を探す。


 独白に答えてしまったのは哀れな側近の近衛兵だった。ルードヴィッヒはおもむろに口を開く。


「……我が国が――この私が、田舎者の王なんぞに敗れると? まして、奴は謀反を起して成り上がった賊らしいじゃないか」


「い、いえ! 決してそのような! 我が国の勝利は」


 近衛兵の言葉は突然、止まってしまった。


 ルードヴィッヒが抜き放った剣で首を刎ね飛ばされてしまったからだ。地面に転がった彼の首はまだ何かを語ろうと呆けたように口を開いていた。


「私の部下に臆病者はいらん。他に斬られたい者はいるか! ――いなければ、全軍突撃せよ!」


 高みの見物を決め込むつもりであったが、痺れを切らし一気に敵を殲滅させるつもりでいた。


 角笛が戦場に重く鳴り響き、百という兵士の雄たけびが敵軍を圧倒する。敵の士気は無残にも崩され戦闘は一方的なものになろう、ルードヴィッヒはほくそ笑む。


 だが――


「《ネスペト・デァクトラ・ダマス・トェマスダ……》」


「なんだ?」


 風に混じる、不気味な声。


 絶叫のような雄たけびと絶え止まない剣戟の騒音の中、何故かその奇妙な声だけは不気味なほどはっきり聞こえていた。まるで魂を奪わんとする夢魔の囁きの如く。


 ルードヴィッヒは声のする場所を見定めた。


 敵軍の兵士の後ろに、黒い影が伺える。それは鎧ではなく長外套(ローブ)を着込んだ奇妙な集団の姿だった。頭巾(フード)で表情を覆っているため、顔に当たる部分は黒い空洞のように見え一瞬ぞくりとする。


「《赤き巨人の息吹(ドグラ・デガ・ブーラ)》」


 合唱のような声たちは、より力強い一節を唱えた。


 すると穏やかだった風が突如として激しい突風になり、竜巻が戦場の中心で発生した。


 竜巻は回転するごとに熱を帯びると火炎の渦になって、邪悪な意志を持ったかのように騎士たちを吹き飛ばし或いは焼き尽くしながら、凄まじい速度でルードヴィッヒの部隊のほうへ向かってきていた。


 目の前で起こった、あまりにも突然の非現実。ルードヴィッヒは呆然と立ち突くし、我が運命を受け入れる。


「ぐぎゃあぁぁぁぁぁ!!」


 間もなく――熱風がルードヴィッヒの皮膚を焼き、火炎が彼の肉体を完全に消し炭にしてしまった。


 やがて各地で同じ熱風が吹き荒れ、千の軍勢は一瞬にして戦場から姿を消してしまう。緑に溢れていた平野が黒ずんだ焦土と成り果て、奪われた運命の慈悲のなさを物語る。


「塵どもに相応しい死に様よ! フハハハハ!」


 戦場を見下ろせる丘の上に、馬に跨った人影があった。


 黄金の甲冑を身に纏う騎士……いや、禁忌の法である魔を操つりしティルナノーグの大将――後に魔帝と呼ばれ畏怖される、ザラスシュトラの邪悪な哄笑が虐殺の終わりを告げる。


「……これでは、ただの虐殺だ」


 哄笑するザラスシュトラの背後から呟きが生まれる。


 歪んでいた表情を冷たく凍てつかせ、ザラスシュトラは振り返った。そこには、自分と似た銀の甲冑を纏い佇む騎士の姿があった。彼は臆することなく、それどころか挑むような視線を投げかけている。


「せいぜい後ろでほざいていろ。俺はこの世を手中に収めてみせるぞ。それは貴様にはできぬ――兄上殿」


「…………」


 魔人に兄と呼ばれた男――ツァラトゥストラ。


 彼はそれ以上口を開こうとはしなかった。しかし鋭い眼光だけは消えていない。


 かくして――アクレアン王国、さらに多くの国々が陥落し、ティルナノーグの支配下に置かれた。


 圧倒的な破壊の力を持つ魔の利用価値を見出したザラスシュトラは、資質のある者を集め自国の兵器として利用したのだった。人外の力である魔は異端とされ排除されていた時代……それはあまりにも突然の革命による悲劇であった。




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