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Track7-Breaking The Habit

※長めの文章注意


・前回までのあらすじ

襲ってきた陣川に窮地に追い詰められる芦川。だが茨乃が陣川のウェポンの能力に気づき、ウェポンの特性を活かし近接攻撃の陣川を打ち破る。だがそこに現れたのは『チーム』のウェポン使い黒栖(くろす)とチームのリーダーと思しき人物だった。黒栖は陣川と芦川の連携で撃退するが、茨乃がリーダーとの戦いに敗れ重傷を負う……

 なんでこんな事になっているのかは自分でも良く分からない

 強いて言うなら些細な事がきっかけだった


 人から言わせれば些細な事じゃない、とのことだったけど自分の中で大事にしたくなかったから、それを軽んじていたんだと思う

 だけど、いざ気づいてみるとそれは――


 芦川がゆっくりと顔を上げる、無機質な壁

 せわしなく動き回る白衣を着た医師や看護師たち

 横には北条が座っていて、俯いたまま何も喋らない

 芦川と北条は七石総合病院という七石市では一番大きい病院に来ていた

「処置、いつ終わるのかな……」

「いつだろうな」

 芦川と北条は処置室、と書かれた部屋の前のベンチに並んで座っていた

 茨乃が駅前でチームのリーダーに負傷させられた後、北条が警察に連絡してくれたかどうかは分からないが、すぐに救急車が来て芦川と瀕死の茨乃を乗せこの七石病院まで来た

 パニックになった芦川は北条と狗飼に連絡、二人はすぐに駆けつけてきてくれた

「おーい、ジュースを買ってきたぞよー」

 その狗飼がペットボトル飲料を三つ抱え、待合室の方から戻ってくる

「あ、わり……」

「フフーフ、今日は特別に240円で売ってあげるぞよ」

 狗飼は茶化すように言ったが、芦川はボーっとしたまま自分の財布を取り出し始めた

「ヘイまこまこ、冗談だ。きぃしっかりもてや」

 狗飼が芦川の頬をペチペチと叩いて、芦川の膝の上にペットボトル飲料を置く

 芦川はゆっくりとした動作でそれを取り、中に入っているスポーツドリンクを少しづつ飲み始めた

 それを見ると狗飼は満足そうに頷き、北条にまるで汚物を見るような視線を向ける

「で、くそったれギター侍にも買って来てあげましたよ」

 狗飼は嫌々そうに買ってきたペットボトル飲料を差し出す

 北条も少し顔を上げ、ペットボトルを受け取り一気に煽る、が

「ブーッ?!」

 北条はそれを一気に噴出した。どうやらとても不味かったようだ

「な、な、な、な、な、にこれ?! ワンワン何私に飲ませたぁ!」

「ハーッッハッハッッハ、フーン!! かかったな!アブリルラヴィーン気取りのエセシンガーが!!」

 狗飼は腰に手を当て、まるで鬼の首を取ったような高笑いし始める

 その笑い声は病院じゅうに響き渡り、不治の病に冒されこの七石病院に入退院を繰り返し、生きる事を諦めた中学2年生の女の子に「笑うってすばらしい!」と生きる意味を与え、手術を受けると事を決意させ、無事退院

 その後、その女の子が悩める若者達うを笑ってサポートする教師になる、というどこぞの暮れなずむ先生もびっくりのストーリーが始まるのだがそれはまた別のお話

「ガチムチ製薬からの新発売乳酸菌飲料『ウホホホンヨーグルト!!』濃厚な飲料ヨーグルトで、天下の病院様じゃ言えないところで大人気だ!」

 直後、通りすがりの看護士さんの持つカルテの角が狗飼の頭を狙い撃ちし、それ以上話すとPTAから苦情が来そうな内容の発言をストップさせた

「芦川さーん、入っても大丈夫ですよ」

 処置室の中から看護士さんの声が聞こえ、芦川がハッと顔を上げる

 北条と狗飼は「一人で行ってこい」との事なのか、動かない

 芦川は立ち上がると足取り重く処置室の中に入っていった


「簡潔に言いましょう、命に別状はなし。助かったわ」

 袖のところに血がついた白衣を脱ぎつつ、30代後半の女医さんがそう芦川に告げる

 短い髪にメガネをかけていて学校の保健室にいたらさぞ人気だろう

 処置室にはベッドが三つ並んでおり、茨乃もその内一つに横たわっていた

「ほ、本当ですか?!」

「落ち着いて聞きなさい、まだ終わってません」

 女医は腰を下ろすと数値が書かれた書類を芦川に見せてきた

「なんですか? これ」

「茨乃さんの血液の種類を表した紙だ。普通ならここにAとかBとか出るはずなんだが……」

 彼女が指を指した場所には『error』とある

「これ、どういうことですか……」

「英語は苦手なのかな。エラー、と書いてある」

「いや、それは分かるっすけど……普通はAとかBなんですよね」

 女医さんはため息をつき、後ろ頭をかく

「私も不可解なんです。彼女はもしかしたら『ボンベイ・ブラッド』かもしれない」

「ボンベイ?」

 聞きなれない単語に芦川は聞き返してしまう

「人間の血液型は大きく区分すると4つなのは知っているな? A、B、AB、O」

 女医さんは指折り数えて説明し、最後に残った小指を芦川の前に出す

「だが、中にはそれらの区分に当てはまらない血液型がある。俗に言う『稀血』です」

「茨乃がそれだと?」

 女医さんは芦川の質問に肯定も否定もしない

「だがボンベイ等の稀血も一応は検査で分かるんです、でも今回は完全にエラー、もしかしたら……」

 女医さんはそこで言葉をにごらせた

「ま……こ?」

「蒼……」

 ベッドで茨乃がわずかに手を動かした。芦川はそばに座りその手を握る

「わりぃ……助けられなくて……」

「ま……いるんだね……」

 茨乃はうわ言を言ってすぐに目を閉じた

 芦川は泣きそうになるのを堪え、手をゆっくりと離した

(10年たっても変わってないじゃないか……)

「さて、確か保険証がないんでしたね」

 芦川が女医さんの言葉で現実に引き戻される

 記憶がなく、チームに捕らえられていた茨乃に身分証明書などあるはずもなかった

「医療費全額負担ですよね……」

「一週間は入院してもらうことになりますね」

 現実は厳しく芦川達にあたるのだった


「まぁ、入院費ならオレも出すから、落ち込まないのまこまこ」

「そういうわけにもいかねぇよ……」

 芦川は病院の待合室の椅子で、処置室の前にいたときよりも深くうな垂れなる

 病院での一週間分の入院費が芦川の財布で賄えない事ぐらい知っていた

 いっそこの場で「コイツなんか知りません」と言えばそれまでなのだが、芦川にはそれがどうしても出来なかった

「とりあえずさ、詳しく話してもらえないかな? 今芦川の周りで起こっていること」

 北条が顔をしかめながら提案する。彼女は先ほどの飲んだ不味いジュースの余韻がまだ残っているようだ

「分かった、今から話すことが……俺が知ってる事全部だ」


「なぁ、ちょっとやりすぎなんじゃないか?」

 大男、神崎が腕を組みながら入り口に立つ黒栖に文句を言う

 チームがアジトにしているプールバーは今日も薄暗く、明かりもわずかについているだけだ

「あらぁ? 神崎ちゃんはお仕事に連れて行ってもらえなかったからむくれてるのぉ?」

 神崎はまるで子供に接するような口ぶりで神崎を挑発する

 彼女はお気に入りのビリーヤード台の上に座り、携帯電話を取り出し操作を始めた

 神崎の話には興味がない、とでも言いたげだ

「違う、『殺しすぎ』とゆうておるんじゃ」

 神埼はカウンターの隅においてある小さなテレビの電源をつける

緊急特別番組が流れていて、ニュースキャスターが駅前で慌しく原稿を読んでいた

『今日昼ごろ、七石市駅前でガス災害があり付近にいた市民や観光客、および……』

 テレビの中ではブルーシートで駅前のデッキなどが覆い隠され、立ち入り禁止のテープがそこかしこに貼ってある

「あら、ガス災害? お気の毒に」

「冗談はその奇抜な服だけにしてくれんかのぉ」

 キャスターは続ける

『七石市の発表によりますと、今回の集団ガス中毒は、10年前起きたガス事件のものとは無関係で、昨今日本やアメリカ政府に対しテロを行ってきたテロ組織の犯行との見方を……』

「ハッ! 政府はビビッておるのか。全部わしらの仕業じゃと言うのに!」

「あんた、本当にあたし達の味方なの?」

 黒栖の突っ込まれ、バツが悪そうに神崎は咳払いをする

「ともかく、この虐殺……おぬし等が芦川とかいう小僧と戦う前にやったこのなのじゃろう?」

 神埼が顔をしかめるのを見ると、黒栖はとても楽しそうに笑ってビリヤード台から降りる

「あらぁ? 貴方だってガキを炙り出すために殺したじゃなぁい?」

「お主らは殺しすぎるとゆうておるんじゃ。信詩もそうじゃった、必要最低限に傷つけ、わし等のの存在を誇示する。それが本来の理念だったはずじゃ」

 黒栖は神崎に近づき彼の顎を指で優しくなぞる

「神崎ぃ? 私たちは変わらなきゃダメなのよ」

 神崎はその手をさっと払い除ける

「ふふっ、助けを求めて、手を指し伸ばさない奴は刺し殺す。行動理念は変わってないわ、安心なさい?」

 黒栖は「じゃあ、私少し休むわ」といってバーの奥の方へ向かった

 チームがアジトにしているこのプールバーは多少改造されていて、メンバーが奥で寝泊りできるようになっている

 黒栖の姿が見えなくなったのを見計らい、神崎はコートのポケットから一枚の写真を取り出す

 そこには10年前の神埼、信詩、黒栖、リーダー、そしてその後ろで白髪交じりの男性がにこやかに微笑んでいるというものだった

 一見すると子供に囲まれる父親、といった感じだ

「大志のため、か。中途半端な革命家じゃ。わしは」

 その写真を眺めながら、神崎は一人呟いた


「っと。これが『DANDANバーガー』から駅前までに起きた事すべてだ」

 芦川は話に区切りをつけた。一応、自分が記憶している限りで起こったことすべてを話したつもりだ

 茨乃と会った事、大男、チーム、ウェポン、陣川

 何か口を挟まれるかと思ったが、北条も狗飼も最後まで黙って聞いてくれた

「なるほど、大体の話は分かったよまこまこ」

狗飼は腕を組んで頷く。北条は一度ウェポンを見た事があるため、話もすぐに理解できたようで同じく「オッケー」と小さく言った

「狗飼、なんならお前にも見せるか? その……」

「あーいいよいいよ。手放しで信用するのも親友ってもんじゃないかい、まこまこ!!」

 親友だからこそ、咎める所は咎めようぜと芦川は言いたくなったが、ここは狗飼の好意に甘える事にした

「でもさ、変だなって思った」

 北条が口を開き、疑問を口にする

「いやぁ、カナの顔は前から変でしょ」

 茶化した狗飼が北条の持ったギターのフルスイングを頭に綺麗に喰らい、鼻血を出しながら綺麗に吹っ飛んで行った

「で、何が変なんだ、北条」

 芦川は狗飼を無視しながら、北条の質問を聞く

「うん、なんかその『チーム』って人達の目的がわかんないじゃん」

 芦川は押し黙る。確かに彼らの目的がいまいち分からない

 当初は捕らわれていた茨乃が彼らの資金を持ち出して逃げたため、その報復と思った

「だけど、報復の割にはだいそれてるよなぁ……」

 芦川はイライラを隠さずに髪の毛を掻く

「その疑問には私が答えられそうだ」

 騒がしい病院の待合室に、凛とした声が響く

 芦川と共に黒栖と戦った陣川だった。いまは髪は下ろし、チームのコートも脱いでラフな格好だった

 陣川も負傷していたためこの病院で治療を受けたのだろう。だがその足取りからは負傷している素振りは何処にも見られなかった

 よく見ると陣川は何か頭のようなものを持っている

 鼻から血を出している間違いなく狗飼の頭。残念な事に首から下の体も健在だ

「さっきそこで転がっていた。芦川君、君の知り合いか」

 陣川がそう言った途端、死体のように見えた狗飼は急に動き出し、あろうことか陣川の太ももに絡みついた

「あぁん! お姉さまアイツらなんかしりませぇん! うっは、すげぇやわらけぇっす!!」

 狗飼は気持ちの悪い声を上げながら、陣川の太ももに頬擦りし始める。ここまでやったら基本的に通報ものだが――

「? うごはっ!」

 陣川はコアラよろしく脚にしがみついていた狗飼を引き剥がし、床に叩き付けるという非常にバイオレンスな報復を行い、彼を許した

「話を戻そう、君達が『チーム』と呼ぶ連中はウェポンの『集約』が目的らしい」

「集約?」

 北条の疑問符に陣川は頷いて話を続ける

「芦川君や茨乃君、そして私が使うウェポンはどうやら一つのキーではないか、と奴らは考えている」

「俺達のウェポンが、キー?」

「彼らの見解だと10年前の実験の産物、ウェポンは個々では不完全だが特定のウェポンの因子を組み合わせると真の力を出せるらしい」

「その因子ってやつが俺達って事ですか」

 芦川は質問したが陣川は答えない。しばし沈黙が訪れる

「もしかして陣川さんも詳しくは知らないの?」

 突然ひょこっと顔がぐちゃぐちゃになりつつある狗飼が出てくる

 今度は自分の番かと芦川は拳を握ったとき、以外なことに陣川が頷いて肯定した

「すまない、偉そうに講釈したが私もそれが本当の理由か分からないんだ」

 陣川によると今の話も以前戦ったことのある、信詩と黒栖の会話を盗み聞きしてきいた情報だそうだ

「だがひとつだけ分かっている事がある」

 陣川は一呼吸置いて仕切りなおす

「チームは我々を狙ってはいる、だが我々が倒れればおそらく奴等はこのウェポンを悪しき道に使い七石に住む人、いや日本中の人間を不幸にするだろう」

 芦川も同意見だった。少なくとも『DANDANバーガー』での大男の殺戮行為、信詩の人を道具のように扱う様、そして今日の陣川の弟、ワタルの殺害

 待合室にはテレビもあり、そこでは駅前のガステロのニュースが流れている

 だがあれも嘘っぱちだろう。おそらくチームが仕業の虐殺をああやって隠蔽しているのだ

 このままだと、チームはもっと多くの犠牲を出すであろう

「我々が生きていれば、誰かを巻き込む。だが、その悲しむを少なくするために芦川君、私と協力してチームを一緒に倒さないか?」

 陣川が座っている芦川の前に、手を差し出してくる

「ま、待ってくださいよ!」

 それを見た北条が急いで止めに入る

「芦川君は今まで普通の、一般人だったんですよ?! なのに急に『戦え』って、酷なんじゃないですか?」

 陣川は押し黙る。確かに一般人の目からすればこの光景は異常なのだろう

 実際、陣川もバツが悪そうに手を引っ込めた

「いや良いんだ、別に」

 その気まずい空気を壊すように芦川は立ち上がった

 北条が反論しようと口を開くが、その前に芦川が喋りだす

「北条が反対する気持ちも分かる、でも俺にも理由があってここまで色々やってきたんだ」

「理由って?」

 芦川は一度口を開くが、躊躇って答えなかった

「……意味わかんない」

 北条が呆れたように悪態をついて、一人どこかへ歩いていく

「にゃっはっは、困ったねまこまこ?」

 その姿を見送りながら狗飼は肩を竦める

 彼女の計画通りに自分の身だけ守ればいいのかもしれない。だが芦川にもチーム戦いたい理由があった

「狗飼わり……なんつーかもう引き下がれないところまで行っちゃったんだわ。だから……その」

 芦川が言いにくそうに口をもごもご動かしていると、狗飼がやれやれとばかりに掌を天に向ける

「やれやれ、フォローしろってことだね?」

「今の俺じゃ、北条は話を聞いてくれないだろうから」

 芦川は苦虫を噛み潰したような顔で北条が歩いていった方向を見る。入り口付近には小学生ぐらいの男の子の退院を祝っている家族がいた

「あういう笑顔を消さないため……ってのにDANDANバーガー1セット」

 狗飼が芦川の肩を数回叩いた後、入り口の方へ通り過ぎていく

「オレはさ、真」

 狗飼は振り返らずに芦川達に背中を向けたまま語り始める

「音楽は神聖なものだって考えてる。だからジミー・ヘンドリックスもマキシマムザホルモンも好きじゃないよ。下品な言葉を吐きながらギターに火つけるのは最低だと思うのさ」

 全国の彼らのファンが聞いたら集団リンチをしかねない暴言を狗飼は吐く

「だけどね」

「だけど?」

 狗飼が首から上だけ動かし、芦川と陣川を見る

「その神聖な音楽を『武器』にする奴がオレはもっと嫌いなんだと思う」

 芦川は狗飼の目に先ほどのおふざけの時とは違う光が宿っているように見えた

「やるからにはキッチリやろうよ、まこまこ」

 そういうと狗飼はいつもの人懐っこい笑顔に戻り、北条を追いかけるべく走ってその場を去った


 狗飼を見送った後、陣川と芦川は茨乃の病室に来ていた

 主治医によれば

「綺麗な切り傷だから、跡を残さないようにするのも簡単だったよ」

 とのことだ

 病院にはチームの襲撃に巻き込まれた一般人が多く運び込まれていて、茨乃のベッドの周りにあるベッドも茨乃と同じくらいの女子や歳を召したお婆ちゃんが寝ている

「ありがとう、まずは感謝する」

「いえ、多分これから俺陣川さんに迷惑掛けちゃうと思いますから」

 茨乃は時折、怖い夢でも見ているのか体を強張らせていて、芦川が茨乃の手を握るとそれが少し落ち着くのだった

「茨乃君のために、君は戦うのか?」

 ベッドの向かい側から陣川が問う。芦川は重々しく口を開いた

「それもあります、でも他にも考えはあるんです……」

 芦川は息を落ち着かせる。緊張で口の中が乾燥してしまう

芦川は意を決したように立ち上がり陣川の前に立つ

「陣川さん、無茶を承知でお願いしたい事があるんです」

「なんだい?」

 芦川は綺麗に頭を下げる

「陣川さん! 俺を――」


 翌日失恋から復活した脇田が芦川達のクラスに入ってくる

「さて、一週間以上いなかった分の遅れを取り戻すぞー。出席を取るぞ、芦川!」

 名前のあいうえお順で、あ行の芦川が一番最初に呼ばれるが返事が無い

「?……珍しいな、あいつが欠席とは」

「センセー、アイツがなんで居ないか知りたくないですかー?」

「あー乾―」

 脇田は狗飼の分の点呼を飛ばして次の出席者の点呼を取る

「先生オレの出席も取ってよぉぉぉ!!」

 今日は珍しく狗飼が授業にキチンと出ていた。出席ギリギリの彼にしては珍しくノートまで広げている

 脇田はめんどくさそうに狗飼のほうを見る

「で、なんで芦川は休みなんだ?」

「オレの出席も取ってよー!」

「いぬ『い』といぬ『か』い、なんだからボクの方が出席先でしょ」

 狗飼の隣の席の乾君が、冷静な突込みを狗飼に浴びせた

「三度目は聞かないよ。狗飼、芦川の欠席理由は」

「修行」

「次、内田―」

「全力スルーされたぁぁぁぁ!!」

 狗飼の魂の叫びが教室にこだまするが、誰一人その言葉を信用しなかった


「あ、カナっちー」

 茨乃がベッドから少し体を持ち上げる。突然の見舞い客に少し戸惑いながらもいつもの笑顔を見せる

「にっ、おはようごぜーますだ」

 北条がその見舞い客で、ベッド脇の椅子に座り背負ってきたギターケースを壁に立てかける

「なんの本読んでたの?」

 カナは茨乃の上に開いた状態で置いてある雑誌に目が向く。表紙には人気バンド『アルタイル』のボーガルのアップバストアップだ。脇には赤いギターも写っている

「なんか音楽雑誌、これとスポーツドリンクが置いてあった」

 茨乃は突然むすっとして、北条から視線を外す

「真、これだけ置いてすぐ行っちゃうんだもん……学校とかあるのは分かるけどさ……」

「んー芦川君なら、今日学校来てなかったよー」

 北条は特に気に掛ける事も無くサラリとそれを告げるが、それを聞いた茨乃は首をひねるばかりだった

「うー? じゃあ、なにしに行ったんだろ……」

「そうだ、蒼ちゃんその雑誌見せて」

 北条は返事を聞かずに雑誌を取って表紙を眺め始める

「あ、カナっちも『アルタイル』好きなのかな?!」

 怪我人であるはずなのに、蒼は前のめりになって北条の方へ寄ろうとするが、点滴のチェックにやってきた看護士に無理やり寝かしつけられた

「うーん……好きっていうよりは……」

「あれ? カナっち硬いバンドは嫌い?」

「嫌って言うわけじゃないの、ただねぇ……これ、写真映り悪いかなって」

 北条が雑誌を返し、茨乃もその言葉を確認するように雑誌の表紙を見る

 ボーカルの長髪が綺麗に写っていて、茨乃にはとても魅力的に見えた

「あー……でもそんな事無いと思うけどなっ、ボクは」

 それでも北条は納得できないようで、首を横に振って否定する

「そうかなー、私写真映り昔から悪くてさ。この写真もちょっと自信ないんだ」

「そんな事無いって! これカッコ可愛く取れてると思―――」

 茨乃が笑顔のまま止まってしまい、次の瞬間

「わ、わ、what,s happen!! うひ」

 茨乃は叫びまたまた看護士に頭を叩かれ制止するが、それでも興奮は収まらない

「え、あ、いや、確かに高校生がボーカルやってるって聞いたけど、そ、そ、それががが」

「ほら、こんなものも」

北条は壁に立てかけていたギターケースからズルリとギターを取り出す。それは雑誌の表紙で『アルタイル』ボーカルと一緒に映っている赤いエレキギターだった

「ふぇ、フェイク! ダウト!」

「残念、モノホン」

「え、えぇー……」

 茨乃はにわかに信じられず、苦笑いする

「む、信用してないなぁ……あ、メンバーのベースの子呼ぶ? 暇―ってさっきまで言ってたし」

「いや! 本当に来るとボクの心臓がもちそうに無いからやめてっ!」

 茨乃は点滴の針が刺さっていない方の腕を北条の前にかざし拒否する

「ぬふふー……まっこれでおあいこにしてもらえないかな?」

「ふぇ?」

「蒼ちゃんの素性とか、『うぇぽん』っていう武器の事とか、芦川君から聞いたんだ」

 北条が言いにくそうに俯く。芦川から事の真相を聞いたときに、芦川が心底辛そうに話していたのを、北条は思い出したのだ

 無理に聞き出すべき事じゃなかったのかもしれないと、今は反省しているようだ

「べ、別にいいのに……」

「なんか、私一人だけって知ってるのもアレだしさ。隠し事はロックじゃないし」

 北条は恥ずかしそうに笑う。表紙に映っているボーカルは長髪で、北条は短髪だ。ライブやテレビに出る際にウィッグをつけたりしているがその内「切った」ということにしてしまいたかった

「あうー……衝撃の事実で頭がオーバーヒート……」

「あ、蒼ちゃん?!」

 茨乃は頭を抱え、体をくらくらさせた後に「ボフッ」っと音を立てながらベッドに倒れこんだ


 放課後、狗飼は足を引きずりながらとある場所へ向かっていた

「ちっくしょ、あの三十路教師めっ! オレにばっかり当てやがって……っ!」

 狗飼は今日、久しぶりに学校に顔を出した事をいいことに、教師達からの「狗飼、コレを答えろ」攻撃に晒されたようだ

「いつか復讐してやるんだ! プンプン!」

 今までサボってきた事の反省はしていないようだった

「とうちゃーく、あの二人はどうなった事でしょうー」

 狗飼が入っていったのは廃校になった小学校だ。近々新しく建て替えられるらしく、今はもぬけの殻だ

 そんな誰も居ないはずの学校の敷地から声が聞こえる

「スピードが落ちているぞ! もっと早く走れ!」

「はい!」

 狗飼がグラウンドの方へ足を運ばせると、仁王立ちの陣川とグラウンドを走るジャージ姿の芦川が居た

 芦川は相当走りこんでいるようで、その顔を汗が伝い、息は完全に上がっていた

「ん? 君かどうした」

狗飼に気づいた陣川が振り向く。夕日をバックにした彼女は普段よりも魅力を上げている

「学校をサボってまで修行に打ち込む友人を生暖かく見守りに」

「なんなら君も走るかい?」

「謹んでお断りします」

 陣川は少し微笑みながら狗飼を見るが、芦川に視線を戻すとあっという間にその表情を曇らせた

「しかし……」

「あいつ、運動神経ないでしょ」

 陣川は重々しく頷く。今日一日芦川を鍛えてみたが、体力がそもそも無くこうやって体力付けに励んでいるのだった

 狗飼はニヤリと笑って陣川の横へ近づく

「ただ、ガッツはあるでしょ、あいつ」

 陣川はチラリと狗飼を見たが、その表情は硬かった

「それが良いのか悪いのか……私には良く分からなくなってきたよ。芦川っ! 今日は終わりだ!」

それを合図に芦川が減速し始めるが――

「ぼへっ」

「あ」

 体力の限界が来たようでその場に崩れ落ちた


「うっ……わりぃ」

「まー困ったときはお互い様ぜよ、まこちん」

 芦川は狗飼に手伝ってもらいながらベンチに腰を下ろす

 一日中続いた鍛錬で足は震え、体のあらゆる部位が痛みという方法で悲鳴をあげていた

「滅茶苦茶疲れた……」

「オレも疲れた。聞きなれない授業を聞いてノート取ってさ」

 狗飼はノートを芦川に手渡す。彼が今日まじめに授業に出ていたのは、陣川に修行を頼んだ芦川の変わりに授業を聞くためだった

 芦川がノートを開くと、ノートに授業内容がびっしりと書かれていた

「ホントわりぃ……借りるよ」

「ふっ、まこちん。オレをそんなに軽く見ないでほしいなぁ」

 狗飼は不適に笑い、次々とノートを芦川に押し付ける

「全部あげるよ、朝にでも返してくれればその日も書くから」

「狗飼……お前……」

「なぁに、これからクソ野郎共をぶちのめしに行くヤツに、退屈な授業の再現なんてさせられないよ」

 狗飼はなんでもない、とばかりに威張って見せる。そんな狗飼を芦川は頼もしく感じてしまった

「はぁ……なんか優しくされっぱなしだよ、俺」

芦川は肩を落として派手に落ち込んだ

それを慰めるように狗飼は肩を叩く

「いいじゃん、いいじゃん。今こうやって出来そうな事からやってるんだから」

 芦川はそれでも釈然としないようだった

「てか、よく他人のために戦おうと思うよね。オレはムリノスケ」

 狗飼が漠然と聞いてくる。北条の言い分どおり、多少解せないところがあるようだ

「おーい、二人とも出来たから来てくれー」

 校舎の方から陣川が呼んでいる。どうやら夕飯を作っていたようで、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる

「ひゃっほう! 綺麗なお姉さんが作ってくれた晩御飯っー!」

 狗飼は芦川の返事を待たず、跳ねるように立ち上がり陣川のほうへ駆けて行った

「どうして……か」

 芦川は茨乃を助け、何故チームと戦うのか。その根底になった出来事を思い出す

古い映画のようにセピア色に色あせた、古い思い出だ


 10年前、芦川は親戚の家に厄介になっていた

「ねぇ、一体誰が引き取るのよ、結局」

 まだ幼い芦川の鼻に蒸したキャベツのような臭いが入り込んでくる

「けどもさ、この子でき婚の子だべ、うちで面倒見る義理もねーべ」

 今度はタバコだ、タバコの臭いがする

「施設っていってもさぁ……今爆発で孤児いっぱいって話じゃない。何処も入れられないわよ」

 今度は化粧品の臭いだ。キャベツおばさんにタバコおじさん、さらに極めつけは化粧おばさん

 三者三様で面白い。だが話してる内容が非常に笑えない事はまだ社会に出た事のない芦川にでさえ分かった

「おいおい、俺のところは勘弁してくれ。息子が受験なんだ、そんな大事な時期にアイツらの子供なんかひきとれねぇよ」

「だったら私のところだって――」

「勝手なことばっか言うなや、俺さとこも――」

 この個性豊かな臭いをかもし出す三人の男女は、誰が扶養者に

 正確に言うなら、ガス爆発災害で両親を失った芦川を誰が引き取るか、という話だった

 かれこれ3時間、三人の言い合いは続いており、当事者の芦川は少々イラついていた

「外にいってきます」

 小さく大人達に告げるが三人とも返事をせず、自分のところでは引き取れないと声を張り上げるばかりだった


 芦川が外へ出ると、雨がポツリポツリと弱く降っていた

 芦川は軒下でズボンのポケットから父親から貰った大事な音楽プレーヤーを取り出し、慣れない手つきで操作する

 流れてくる曲名を見るが英語で書かれているため、どんな意味かはさっぱり分からない

 ただ、それを歌っている人が「ディラン」という名前だという事を芦川は知っていた。父がよく「ディランは良い! 真も良く聞いとけ!」と『ディラン』の歌をよく聞かせてくれたため、彼の歌声を覚えてしまった

「……」

 普通ドラマや映画ならここで父の面影を思い出して子が号泣、と感動を誘う場面なのだが芦川の目は涙どころか水滴すら出なかった

 自分の身の回りに起きた事にリアリティが無さ過ぎて、どう反応したら良いのか分からないようにも見えた

 だが、とても切なかった。爆発の後、周りの人に助けを求め誰も足を止めてくれなかった時と似ている感覚、ようは孤独感だ

自分だけが一人ぼっちな気分に芦川はなる


 芦川が雨の降る知らない街の様子を見ていると、ビニール袋を持った『お兄さん』と『おじさん』の境目あたりの男性がヨタヨタとこちらへ歩いてきた

「よっとっと、うへぇ靴が濡れたぁ。てか遅れたぁ」

 彼は一度芦川を見ると「よっ」と短く挨拶し、先程まで芦川が中にいた家に入っていく

 芦川がその様子を怪訝に見てから数分後、家の中からは怒号と何かが割れる音が響く

しばらく音がやんだ後、緑色の缶ジュースを二本持った先程の『おじおにいさん』がヘラヘラと笑いながら家の中から出てきた

「ほっぺた、切れてるよ」

 芦川が『おじおにいさん』の頬を指差す

「知ってる、ちょっと痛い。でも絆創膏はくれなかった」

 彼は芦川の横に座り缶ジュースの方の一本を芦川へ差し出す

 だが芦川はすぐには受け取らず、音楽プレーヤーが入っていた方とは反対のポケットからクシャクシャのハンカチを取り出し、それを彼の腕に掛けてから缶ジュースを受け取る

「絆創膏じゃないですけど」

「ありがとな、ありがたく使わせてもらう」

 彼がハンカチを頬に押し当てている間、芦川は缶ジュースの蓋を開け一口飲む

 サッパリしていてどのジュースにも区分しがたい、そんな味の炭酸飲料だ

「マウンテン・デューっていうんだ、美味いだろ? 中にいるキャベツおばさんに『下品な味』って言われたけど」

「あ、やっぱりあの人キャベツの臭いしますよね」

 芦川が言った後、しばらく沈黙の後

「「あっはっひっはイッヒあっははひっひっはっはっはっわっがっわあわ!!」」

 二人は同時に笑い出した。中にいる大人たちが「うるせぇ!」と怒鳴るまでずっと笑っていた

「自己紹介が遅れた、君の親戚のおじさんだよろしく」

「苗字は?」

「スミス」

 彼――スミスは大真面目な顔で答えた後、ハンカチを一度頬から離す。ハンカチには大きな赤い染みが出来ていた

「世間は冷たいな。いや、大人が冷たいんだな」

 スミスは悲しそうにハンカチを握り締める

「今降ってる雨だって冷たいです」

「その下手な突っ込みは母親似だな」

 スミスはどこか懐かしむような目で芦川を見た

「そうだなぁ、君のお母さんの親戚、だな俺は。ただ君のお父さんの親戚からも、お母さんの親戚からも憎まれてる」

「母は親戚の話、したがりませんでした。僕が原因だっていうのも知ってます」

 芦川は母の教育のおかげか、それとも不躾な父反面教師のおかげか、非常に礼儀正しくスミスに対して受け答えを行う

「酷い話だ。なぜ俺たちばかり苛められなくちゃならない。なんで助けてもらえない」

 スミスは片手で器用にマウンテン・デューの缶を開けると、まるでビールでも飲むかのようにゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干した

「でも君は誰にも助けてもらえないのに、俺にハンカチを差し出した。俺を助けたわけだ」

「人に優しくするのは当たり前って、母が言ってました……」

「だけど、それを出来ない人のほうが圧倒的に多いんだ。悲しいな」

 だがスミスの顔はまったく悲しそうではない

「ならせめて俺たちは人に優しくありたい、そう思う。そうしたいと思わないか」

 スミスは立ち上がってマウンテン・デューの缶を思いっきり投げた、そしてタバコおじさんがここまで来るのに使っていた車に当たった

「俺は君を引き取ることにした。有効期限は君が住んでいた七石が復興するまで」

 スミスは芦川を見ずに続ける

「君がその後も困っている人をパッっと助けられるような男なら、その後も飯代くらいは出してやるよ」

 スミスはニッっと笑い「俺は負けないぞぉぉぉぉぉ!」と叫ぶ

 その雄たけびはイヤホンを耳につけていた芦川の耳にもしっかり届いた


「芦川君、早く来てくれないかな!」

 陣川の声で芦川は我に帰る。長い間ぼーっとしていたようで日は既に落ちていた

(手をさし伸ばせる人間……ね)

 芦川はその後スミスの経営するボロ下宿で暮らした後、約束どおり七石しが復興した途端追い出された

 今も連絡は取り合ってはいるが、ウェポンのことは伝えていない

「助けたいけど、力まだたりねぇんだよ……」

 誰に言うでもなく、芦川は呟いて痛む体を立ち上がらせた

                  To be next Track!!

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