Track5-Two As One
※ラノベっぽい文章注意
※長めの文になっております
・前回までのあらすじ
信詩の襲撃から一週間。芦川と茨乃はともに暮らし始め、二人は日常生活へ戻りつつあった。そんな中芦川はインターネットで茨乃について調べ始めるが、収穫はゼロそんな中、芦川は茨乃と週末に遊びに行く約束を取りつけた。
一方茨乃と芦川を狙う『チーム』が水面下で活動を再開し始めるのだった
週末
一週間の終わりで次の週に向け英気を養い、休養を取る土曜、日曜日の事を日本では一般的にこう呼ぶ
今日はその『週末』その中の土曜日だった
「フフーフ、今日は色々付き合ってもらうよー」
芦川の横をムフフと笑いながら茨乃が歩く。今日の彼女の服装はは白のパンクシャツにネクタイ、黒のズボンにチェーン、そしていつものヘッドホンを首からかけている
ボーイッシュかつスタイリッシュな茨乃には男女関係なく見惚れるところがあり、先程から茨乃を見て振り返るものが何人か居る
因みに何か誤解でもされたのか、リュックを背負ったやせ気味の男性に
「りあじゅうしね!」
と芦川は呟かれた。どういう意味かは分からないので、今度狗飼あたりに聞いてみようと思う
「にしても、人多いな……」
芦川はあたりを見渡す
人、人、人、人!人しか見えない
「駅前だもん、人が多いのは当たり前だって!」
「いや、まぁそうだけどな。なんか押しつぶされそうで」
芦川と茨乃は七石市の中心部に位置する『七石駅』の駅前にやってきた。数日前、芦川は茨乃と週末に遊びに行く約束をして、今日がその日というわけだ
時刻は午前9時ちょっと前、それなのに駅前は人でごった返していた
茨乃は一応女の子のようで、服装や髪型(とは言っても髪は短めだから、バリエーションは少ないのだが)に気合を入れているようだが、芦川はいつも家で着ているシャツにパーカー、ジーンズと洒落っ気の「しゃ」の字もない服装だった
(はたから見れば豚に小判ってところなのかもな……)
次に遊びに行くときはもう少し身なりを整えよう、と芦川は心に固く誓った
「そういえば、行きたいところがあるって言ってたよな? どこなんだ?」
芦川が尋ねると茨乃は「フッフッフ」と笑って歩きながら、チケットのようなものを芦川に突き出した
「じゃんじゃかじゃーん! 駅前映画館の映画ゆうたいけーん!」
茨乃は突き出した手に確かに「シアターマーズ駅前店、優待券」と書かれたチケットを二枚持っていた。芦川は一枚取って見てみる
七石駅前の映画館で有効期間内なら好きな映画をひとつ見られる、というチケットらしい。
「どうしたんだ? これ、普通に生活してりゃ貰わないだろ」
芦川は首を傾げるが、彼女がどこからこの優待券を入手したか大体の見当がついていた
「鮫島の親方からー。バイト終わって帰ろうとしたときにね『デートにいくならコイツを持っていきな、あおちゃん!』って言われて渡された」
「やっぱりそうかい……」
鮫島で遊びに行かないか?と茨乃に持ちかけたとき、茨乃が了承してれくれた直後、それまで何も言わずに黙々と仕事をしていた親方が
『おお、デートじゃんそれ。あおちゃんモテモテー』
と芦川達を囃し立てたのを思い出す。年齢の割りにやる事が子供じみているのだ、あの人は
「そういえばこれってデートに入るのかなー?」
茨乃がくるっとターンするように芦川の左側から右側に移動し、首をかしげる。本当によく動く子だ
「いや、言わないと思うぞ、ただ遊びに来ただけだし」
芦川はデート、と聞いて一瞬顔がニヤつきそうになるが、しかめっ面に無理やり移行し
動揺を悟られないようにする
だが、突如腕に絡みついた感覚が、そんな芦川のしかめっ面の顔を一気に驚きの表情に変える
「何をしてるんだ、君は」
「抱きついてるんだよっ、腕に」
茨乃が右腕に、自分の両手を絡めていた。よく恋人がやるアレだ
芦川が一度も体験したことのない領域のお話、芦川の顔が分かりやすく耳まで真っ赤になってきた
「……離れてくれませんかね」
「だが断るよっ!」
速攻で断られた。茨乃にどういう意図があるかは分からない。だが、この擬似恋人体験を味わえていられるのなら文句は言うまい、と芦川は下心を前面にそれ以上の追求はしなかった
「……ところで蒼?」
「なぁに? マイデューティー」
「さっきからどんどん加速していってませんか?」
歩く早さが、だ
茨乃が腕に絡みついたあたりからどんどん歩調が早くなり、今は若干茨乃に引っ張られているような感じになっている
「きのせいきのせいっ! ほら早く行かないいい席とか取られちゃうよ!」
「やっぱり急いでるんじゃないかお前!」
ついに早歩きになり、芦川が突っ込んだころには駆け足にスピードアップしていた
「さぁーって、若者の町の薄暗いシアターにライドオンするよ!」
「ちょ、まった走るな、せめて腕をはな――そげぶっ!」
腕をつかまれたまま引っ張られているので芦川は茨乃について行けず、足をもつれさせ大きく転んだ
しかし、茨乃は片手で芦川の腕をつかんだまま走り続ける
「あつっ!顔がっ、腹がっ! 蒼ストップ! 走ぐばはっ!」
芦川はまるで引き回しの刑にでも処されているかのように、走る茨乃に引っ張られる。顔とひざがコンクリートの地面と擦れて痛い
「盗んだチャリではしりだすぅ~♪」
「走る前に俺を離してぇぇぇ!!」
結局、芦川は映画館に着くまで茨乃の(本人は自覚なしだが)『七石駅前引き回しの刑』に処される事となった
「いい席が取れたねっ、真っ」
「そーですね……」
映画館から芦川と茨乃が出てきた。茨乃の全力疾走により、ほかの誰よりも映画館に入ることができ良い席を予約することに成功はしたが、早く来すぎて劇場が会場する時間までかなり空きが出来てしまった
そのため、それまでどこかで暇を潰そうと一度二人は映画館から出てきたのだが
「……」
茨乃があたりをキョロキョロ見渡す。なにか探しているのだろうか
「どっか行きたいところでもあるの?」
芦川が尋ねると茨乃はハッっと芦川のほうに向き直り、恥ずかしそうに俯いて上目遣いで芦川を見る
「げ、ゲームセンターにいきたいなぁ……と」
「ああ、ゲームセンターなら近くにあったはずだから……行く?」
茨乃はズボンのポケットに手を突っ込んで、はにかみながら頷く
芦川はそれを見ると「ついてきな」と言って少し先を歩く。そんなに恥ずかしい事だろうかと芦川は思う。茨乃くらいの年齢ならゲームセンターに行くのは別段変なところはないし、金銭的にもまだ茨乃にはゲーセンでゲームをやるくらいの余裕はあった筈だ
ふと、芦川は自分のパーカーを何かがつかむ――というよりは「つまむ」というような感じがして立ち止まって振り返る
「あ、えへへ……」
振り返ると茨乃がパーカーの端を指でつまんでいた。まるではぐれないように親鳥の後に続く雛鳥のような弱々しさだ
(さっきまでの威勢の良さはどうしたんだよ……)
芦川は彼女を振り払わずに、そしてはぐれないようにゆっくりとゲームセンターまで歩いた
ゲームセンターに入った芦川の耳を各ゲーム機から流れる爆音と、流行のガールズロックグループ「アルタイル」の曲が容赦なく突き刺してくる
「アルタイル」は一年前に女子高生四人で構成され、世に出たバンドグループでここ最近は街の至る所で流れている。ゲームセンターでも流れている事を鑑みると、相当流行っているのだろう
もっとも狗飼は「ナンセンス!!ありえない! 音楽への冒涜だ!」とあまり好きではないようで、この流行も好ましくないようだった
茨乃も曲に気づいたらしく芦川のパーカーから手を離し、店内のBGMに耳を傾ける
「最近この人たちの曲、いろんなところで流れるねーボク結構好きだよー」
「歌もいいけど、メンバー全員女のロックバンドってのも、日本じゃ珍しくなってきたから、注目されるのかもな」
それに女性のみのグループにも関わらず、アイドルのように媚びる事が無く、常にサバサバとした感じが彼女達の人気を上げているのでは、というのが芦川の推測だった
「はーあー、なんかこうこういうバンドの人たちが、自分のためだけに曲とか作ってくれたり、自分一人のために演奏してくれたらなーとか、よく思ゆ」
「思ゆってなんだ思ゆって。まぁそれは同感だ」
そんな取り止めの無い会話をしながら二人はゲームセンターの中を練り歩く
ふと、芦川が歩みを止めた
「ふにゅ? 真これやるのー?」
茨乃が芦川の背からゲームを覗き込む。音符が表示される画面の前に電子ドラムセットのような筐体がドン、と置いてあるゲーム
いわゆる「音ゲー」のドラム版の前で芦川は、歩くのを止めたのだ
「あーうん、ちょっとやっていってもいいか?」
「勿論、ボク後ろで見てるねっ」
芦川は「あんま期待はしないでくれ」と苦笑しながら百円玉を筐体に入れ、ドラムセット型のコントローラーの前に座ってスティックを握る
ランダムモードを選択するとすぐに曲が始まる。譜面はZebraheadの『his world』だ。ノリは良いがテンポが速く、難易度は高めの曲だが――
「ヘイ」
そっけなく気合を入れた後、芦川はドラムセットを乱打し始める
否、乱打ではない。きちんと譜面通り叩いている。だが、傍から見るともうなにをしているのか分からないほどスピーディーにビートを刻んでいた
後ろで見ていた茨乃は口を半分開けてポカン、とするばかりでその叩きっぷりにはついていけないようだった
「っと! こんなもんか」
ゲームが終了し筐体にスコアが表示される。フルスコア、パーフェクトだった
「す……」
ずっと後ろで見ていた茨乃が言葉を搾り出すように発する
「す?」
「凄いよ! 真凄い! こんな特技あったの知らなかったよ! なんで教えてくれなかったの?!」
「いや、聞かれちゃいないし言う必要も無いだろ」
芦川はスティックを元の位置に戻し、ドラムセットから離れる。茨乃が突っ込んできそうなの手で静止しつつ続ける
「中学の時、吹奏学部にいてさ。そこで覚えた」
「はー意外だなぁ。てっきりサッカーとかやってるものかと思ったよ」
「運動は苦手……今でも苦手だけど。それに楽器は学校が貸してくれるから吹奏学部は金が掛からないんだ」
茨乃はなるほど、と手を打った後すぐに考え込む
「うーん……ここまで活躍されちゃうと、こうボクもこうカッコイイところ真に見せたいなぁ」
可愛い、の間違いじゃないの?と突っ込みたくなる衝動を芦川は何とか抑えた
急に、ゲームセンターの一画の人だかりから歓声が上がる
「なんだろ、アレ」
芦川は興味を示し、何があるのかと背伸びをして人の壁の向こうに何があるのか見ようとする
「あ、もしかしてダンラパかも!」
「ダンラパ?」
茨乃が芦川の手を取り「見たほうが早いよ」と言って、人だかりの方へ引っ張っていく
出来立てホヤホヤのトラウマ『七石駅前引き回しの刑』を彷彿とさせたさたが、今回はさすがに茨乃も走らなかった
「なんだこれ」
芦川の初見の感想はこれだった
「どう? なんか新しいでしょ」
茨乃が自分のことを自慢するかのように胸を張る
芦川と茨乃の前には少し変わったアーケードゲームの筐体が鎮座していた
約2.5メートル四方の正方形のステージにが二つ、並べてありその間に画面とコイン投入口がついているスピーカーが置いてある
ステージは人が乗るとライトアップされ、足を置いた場所が光るようになっていた
だが、それほど派手でもなく、ただ場所だけとってしまいそうなゲーム筐体にしか見えなかった
「これはダンシングラッパー、略してダンラパ。今滅茶苦茶人気のゲームだよっ」
彼女が説明をし始めると二人組みの男女がスピーカーに100円を投入し、スピーカーの脇に置いてあるインカムを装着する
「あのインカムはマイクで歌声がアレで大きくなるの」
「歌声? もしかしてこれ歌うのか?」
先ほど茨乃が『新しい』と言っていたが、歌って遊ぶゲームは確かに新しい
だが茨乃は「チッチ」と舌を打ち、首を振って否定する
「半分正解だよ、でもこのゲーム歌うだけじゃなくて踊ったりもするんだよっ!」
「はぁ?! 踊るぅ?」
「うーん口で説明するより見てみたほうが早いよ」
二人が話しているうちに、先ほどの男女は二つあるステージにそれぞれ乗って、何かを待ち始める。するとまもなく中央のスピーカーからドンドンドン、とバスドラムのビートが鳴り始め、テクノポップスのような曲調の音楽が流れ始めた
だがスピーカーについている画面は『1P 0point 2P 0point』点数だけを表示し、ほかは何も表示しない
普通の音ゲーなら、何かゲームに関係のあるものが表示されるはずなのに
『ok!! Player1 start!!』
スピーカーからDJ風の音声が流れると、急に男の方がステージで踊り始める
男はステップを踏み、時々「ハッ!」やら「カマンッ!」等、よく分からない台詞を入れつつ踊り続ける
『stop! You are great!! ok! Pleyer2 start!!』
スピーカーからまた音声が流れると男のほうは踊りをやめ、今度は女の方に集まった人々の目が向く
「キミとであえーたきせきーに。私の伝えきれぬほどのありがとう♪」
しかし女の方は派手には踊らず、手を多少動かしながら歌うだけだった
歌が終わると中央の画面に点数が表示された
『P1 260point P2 150point』
若干男のほうの点数が上だったようである
「もしかして……歌と踊りで点数競ってるのか?」
「その通りだよ真!」
茨乃が説明するには、この音楽ゲームにはお手本のようなものが無く、基本の音楽以外は流れずに後はプレイヤーがアドリブで踊ったり、歌ったりして点数を稼ぐらしい
「なんか点数の基準曖昧だな……」
「うん、ボクもそう思う。でも踊りが滅茶苦茶上手い人とか歌が上手な人とかがやると1ラウンドで1,000点は稼いだりするんだよ」
先ほどの男女ペアの1ラウンドの点数が100台だとすると、その高得点を出したプレイヤーは一体どんな踊りや歌を皆の前で披露したのか、芦川には想像出来なかった
どうやら先ほどの勝負は男のほうが踊りで点数を稼ぎ、女の方に打ち勝った
芦川や他の見物人も「テクノポップスで『出会いをありがとう』はねーだろ」と、女の方の敗北を予想していたのだが
「ねぇねぇ、真」
「断る」
茨乃が芦川の服の袖を引っ張って何かを言おうとしたが、芦川は即却下、手を振り払う
「まだボク何も言ってないのに!」
「言わなくてもわかるっつーの。どうせ一緒にコレやろうとか言うんだろ?」
芦川は目の前にある「ダンラパ」を指差す。すると茨乃は顔に手を当て、信じられないというような顔で芦川を見る
「す、凄い……なんで分かったの? もしかして、真ってドラムが叩けるエスパー?」
「ウェポン使いに凄い、って言われてもなぁ」
短い付き合いではあるが、茨乃の考えそうなことが最近芦川にも分かるようになってきた。多分このゲームセンターに連れてきたのもコレが目的だろう
(悪いな、蒼……流石にこんなに人が集まる中、歌ったり踊ったりする胆力は俺にはねぇや……)
「ねぇ、まことーやろうよー。これ二人でやるやつだから、ボク今まで出来なかったんだよ……」
茨乃は上目遣いで芦川をじっと見る。その目は出会った時と変わらずに青く、透き通っていて気を抜くとその目に引き込まれそうだった
「い……」
「い?」
芦川の中途半端に発せられた声に、茨乃は首をかしげる
「い、一回だけだ! ワンプレイやったら終わりだからな!」
芦川はやけになって、茨乃にひとさし指を突きつける。すると茨乃の顔は見る見る笑顔に変わり、芦川に飛びついた
「ふふー! 流石真ー!」
「ええい! 暑苦しい!離れろ!」
頼む。それ以上密着されると、色々と誤魔化せないから
そしてまた芦川の背後から「りあじゅうばくはつしろ」とわけの分からない呪文が発せられた
芦川と茨乃は『ダンラパ』のステージの上に立って、音楽が流れ始めるのを待った
「言っとくけど、やるからには負けないよ」
スピーカーの向こう側から茨乃が芦川を挑発してくる
「お手柔らかに頼む」
対して手をひらひらさせながら芦川は、挑発を受け流す
ステージの周りは先ほどと同じように野次馬が続々と集まってきた。芦川は緊張を抑えるように何回か深呼吸する
もし芦川が勝ちに行くとしたら、踊りはある程度あきらめた方がいいかもしれない。大男との戦いや信詩との戦いでは茨乃はロケットランチャーを担いだり、ゾンビ相手に格闘するなど、全国の体系に悩める女性が怨恨で殺しに掛かられそうなほどスリム(胸は無いが)な体で、想像もできないアクションを見せ付けてきた
ダンスにはセンスが問われるが、やはり体力が基本だ。運動が苦手な芦川では手も足も出せまい。芦川が勝負を出来るとすれば歌になる
『ok! Pleyer1 start!!』
少しパンチの効いたロックがスピーカーから流れ始める。それにあわせて1Pステージの茨乃にスポットライトが当てられる
茨乃は右手の人差し指を上に高く上げたあと、華麗にステップを踏み始め歌いだした
「オーケイ? ゲッタシングエブリワン! アイムインザハウス! トデイ、ルッカーダンスアンドミュージック モアスタイリッシュ!ヘーイカマン!」
英語かよっ!しかもでたらめじゃねぇかっ!
だが芦川たちの周りに集まるオーディエンスは、少女の歌うエセ英語のラップに乗せられテンションMAXだ
ここで芦川一人がダサいパフォーマンスをしてしまったら、晒し者(この時点で酷い晒し者だが)になってしまう
(ちくしょう……こうなったらどうにでもなれ!)
『ok! Pleyer2 start!!』
芦川のプレイの番になった。芦川をピックアップするようにライトが光、横のステージで茨乃が期待を込めたまなざしでこちらを見てくる
芦川は身構えた後、力強く音楽に身を任せ踊り始めた
「いやー楽しかったー!」
「……ああ」
デジャビュだなぁ、この光景と芦川は呟いて、茨乃とゲームセンターを出る
結果は惨敗。歌いながら踊る、というのは体力を相当損耗するもので芦川の最後の方はもう足がろくに動いてくれなかった
一方茨乃はとてもスタイリッシュなパフォーマンスを披露しオーディエンスを沸かせ、店内ハイスコアを更新するに至った。少女の皮を被った本場生まれのダンサーじゃないかと芦川は本気で思う
「あ……」
茨乃が顔を上にあげる。それを皮切りに、空から水滴が落ちてきた
雨だ、それも結構強めで、雲も切れ間が見えない。通り雨では無さそうだ
「あちゃー……曇りって言ってから大丈夫かと思ったけど……」
芦川は茨乃の方を見る。彼女の今の服装は決して厚着とは言えず、雨に当たれば風邪を引いてしまいそうだ
「よし、ちょっと100均で傘買ってくる」
芦川はパーカーのフードを被って走り出す。バイトも始めたばかりなのに風邪でも引かせたら大変だ
それに芦川も楽しみにはしていたが、茨乃もこの週末を楽しみにしていたようで、昨日なんか「たのしみだねったのしみだねっ」と寝るまで言っていた
そんなに楽しみにしていたのなら、芦川はあまり嫌な思いはさせたくない
「あ、待っ――」
茨乃が何か言いかけた気はしたが、芦川は気にせず駆け出した
「あ?」
十数分後、芦川は買ってきた安物の傘を差しながらゲームセンターの前に戻ったが、茨乃の姿は見えなかった
(待ちきれなくなって映画館まで行ったか……?)
茨乃のことだ、映画が楽しみで芦川を置いていったのかもしれない
芦川は映画館まで足を運ぶ。しかしそこにも茨乃の姿は無かった
(ちくしょう……あいつ何処に行ったんだよ……)
他にも駅の中、ゲームセンターの付近も探し回ったが何処にも見当たらない
「まさかとは思うけど……」
先に帰った、という考えが芦川の脳内をヒンヤリ包み込む。まさか、彼女に限ってとは思うが……
「まてまてまてまて、よく考えろ俺、アイツが行きそうなところだ……アイツが行きそうなところを考えろ」
だが必死に考えても彼女が行きそうな場所が思いつかない。精々音楽好きな彼女の性格を考慮してCDショップといったところか
途方にくれる芦川がうなだれたときに、ポケットの中に入っている携帯電話が振動しはじめた。まさか、と思い芦川は急いで携帯電話を取り出す
だが、表示画面は北条となっていた。そもそも茨乃は携帯電話を持っていないので、連絡が取れるわけが無い。芦川はそれでも少し期待をしてしまった
そんな考えの自分にうんざりしつつ、芦川は電話に出る
「もしもし……」
『もしもしーあおちゃんはあずかったー』
「は?」
今北条は「蒼と言ったのだろうか。芦川は自分の耳を疑う
『駅前ビルのスタジオに私と一緒にいるから。迎えに来てあげな?』
北条の言うとおり芦川がスタジオに駆け足で行くと、タオルで頭を拭くびしょ濡れの茨乃とギターケースを持った北条がニヤニヤしながらこちらを見てきた
茨乃に至ってはこちらを見るなり、泣きそうな顔になってしまった
「うっ……まっ……まこっ…まっ……」
「迷子になっちゃってたんだって。傘を買いに行った芦川君を追いかけたら、何処にいるのか分からなくなって。それで私に保護されました」
まともに喋れない茨乃の代わりに北条が状況説明する。買いに行く直前の茨乃の呼び止めを聴いて置けばよかった、と今更ながらに芦川は後悔した
「うぇっ……ごめっ……ごめんなさっ……ボク心細くて……ひぐっ……でもボク……方向音痴だかっ、ぐぅ」
「あー分かった分かった! こっちこそゴメンな、置いていって」
芦川は茨乃の頭をポンポン、と撫でてやる。それがスイッチのように茨乃はついに涙腺が決壊したかのように泣き始めてしまった
「うぁぁぁぁん! まこっ……さび、さびしかったぁよぉ!」
芦川は急に泣き始めてしまったのに驚き、茨乃の頭から手を離してしまった
「あー泣かせた泣かせたー」
「だ、だまらっしゃい!」
茶化す北条は、おたおたする芦川の変わりに茨乃に抱きついて頭を落ち着くまで撫でてやる。まるで母親のような行動だった
「まったく、芦川君は女の子置いて行っちゃダメ! 分かった?」
「はい……」
芦川は北条の説教に素直に頷く。あの時ほんの少し止まって「濡れるから待ってて」と言えばこんな事にはならなかっただろう
「そして、あおちゃんも分からない場所に無理に行こうとしない、また迷子になっても私助けて上げられないから」
「ふぁい……」
落ち着いた茨乃も素直に返事をする。その様子を見た北条は満足そうな顔で何回か頷いた後、茨乃から離れ右手をを上へを挙げる
「よし! それじゃあ気を取り直して遊びに行こう!」
「え、北条も?」
「文句を言える立場かなぁ? 芦川くぅん?」
北条は人差し指で芦川のほっぺをぷにぷに押してくる。今回は何をされても流石に芦川の口からは文句は出なかった
「ボクはノープロブレム! 遊ぶ人は多い方がいいよっ」
すっかり立ち直った茨乃がニコニコしながら手を上げる。北条もそれに合わせて二人仲良くハイタッチ。いつのまにそんなに仲良くなったんだ、お二人方
「まっ、これもいいのか……」
今日の予定を勝手に立て始める茨乃と北条を横目に、芦川は誰に向けて言うのでもなく呟いた
スタジオが入っているビルから外に出ると、雨はやんでいたが曇り空は依然広がっていた。だがそんなことより芦川と茨乃の目を引く人物が、まるで芦川達を待ち受けるかのように立ちはだかっていた
スラリと背が高く、黒く、長い髪は後ろでひとつにまとめてある。切れ目が特徴的で歳は芦川達よりも2、3歳上と言ったところか。狗飼風に言わせれば「日本刀とか剣道の防具が似合いそうな女性」だ
だが、目を引いたのがその女性の着ている服だった
忘れもしない、以前戦った大男や信詩と同じ服装、黒く学ランでもあり、マントのようでもあるコートを着ていた
おそらくこの女性は『チーム』のメンバーだ
「真……」
「分かってる」
茨乃と芦川は短く頷いた後、北条を後ろに隠すように前に出る。北条は何が起こっているのか把握できずにおろおろする
「え? ふ、ふたりともどうしたの?」
芦川は女性の耳元を注視する。赤い耳掛けタイプのヘッドホンを付けている。もしウェポン使いなら今すぐにでもウェポンを出せる、と言うことだろう。女性が口を開く
「茨乃 蒼君に芦川 真君だな? 安心してくれ後ろにいる君たちの友人には危害は加えない」
凛とした通る声で彼女はまるで、空気すら切り裂きそうだった
彼女はまもなく、ウェポンを発動させる。およそ1メートルはあるであろう長さで、適度な細さ
それはシース(鞘)に納まった現代的な持ち手の日本刀だと、芦川は判断する。マジで日本刀かよ……と芦川は心の中で毒づいた
「え?なにこれ、どっきり?」
「北条! ここから急いで逃げろ!」
「甘いっ!」
芦川が北条の方を見るや否や、その隙を突くようにチームの女性が芦川めがけて飛び込むように突進してきた。今からでは、とても音楽プレーヤーを出せないっ――!
「真っ!」
茨乃は叫んだ後自分の首に掛けてあるヘッドホンの再生ボタンを押す
すると、ヘッドホンから盛大に曲が「音漏れ」し、その音楽がしっかりと芦川の耳まで届く
「ウェポン!」
「だぁーっ!」
芦川を切り伏せるように抜刀した刀を、芦川はすんでのところで、右腕に出現したアームブレードで防ぎきった
「ちっ!」
芦川が反撃しようとする前にチーム所属の女はバックステップで下がり、距離をとる
次第に通行客が野次馬として集まり始めるが、映画やドラマの何かの撮影だろうと、特に避難するわけでもなく、こちらをチラチラと見るだけである
この状況は非常にまずい、相手は芦川と茨乃以外に手は出さないと言ってきたが敵の言葉ほど疑い深くなるものは無い
自分達だけに注意を向けるように茨乃が挑発をする
「ボク達の名前は知ってるのに、そっちの名前をボク達が知らないのっておかしいんじゃない?」
茨乃は二挺拳銃を出現させ、腕をクロスさせながら構える。芦川も自分の音楽プレー
ヤーを取り出し、イヤホンを耳に付ける
「私の名か?」
彼女はゆっくりと鞘から刀を抜く。その刀身は光さえも吸収してしまいそうな黒で、刀だと言うのに何一つ写りこまない。その刀を彼女はその場で二、三回振った
「私の名前は陣川 喜姫。不本意だが君達の命、頂戴させてもらうよ」
陣川、と名乗った女性が、先ほど抜いた刀をゆっくり鞘に戻す
そして、キンと刀と鞘が当たって音が鳴った瞬間
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「うわぁ……凄く嫌な予感」
芦川達の後ろから大きな地鳴りのような音が聞こえる
芦川、茨乃、北条がゆっくり振り返ると
先ほどまで自分達が中にいた、スタジオが入っているビルが『切れていた』
Xのような大きな切込みが走り、そしてゆっくりとビルは倒壊していった
To be next Track!!