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Track4-Tom punks

※ラノベっぽい文章注意

※一章が長めです


・前回までのあらすじ

夜の公園でウェポン使いの集まり『チーム』のメンバー信詩しんじに襲撃された芦川と茨乃。一度は彼の死者を操るウェポンの能力に圧倒されるが、それを打開し、彼を倒すまでに至った。だが、それは戦いの始まりでしかなくて……

 諸兄はきっと三つ指ついて自分を迎えてくれる若妻、のようなものにあこがれている人も居ると思う。

 だが宣言しよう、実際いたら反応に困る。素直には喜べない

「おっかえり真っ、ボクにする?ボクにする?それともボ――」

 芦川は無言でドアを閉める

 芦川が住んでいるのは芦川や狗飼、北条が通う学校から1キロほど離れたところにあるボロアパートだ。

 ただボロとは言えど風呂はついているし、トイレも共同ではない。ただ日当たりが悪く、得たいの知れない何かが『出る』という噂もあいまって、若者に人気の町にしては安い家賃になっている

 芦川は学費と生活費、家賃のおよそ70%を親戚からもらいながら『一人』で暮らしていた

 そう過去系だ。芦川は再びアパートの玄関を開ける

「うーひどいと思うよー」

「やかましい、あんなパフォーマンスはラノベの中だけで十分なんです」

 芦川は中でむくれている茨乃を尻目に、アパートの自分の部屋に入り、ドアを閉める

 廊下にキッチンがあり、その後ろにトイレと風呂がある。その奥に人が三人も入ったら満員になってしまいそうなリビングがあり、二年くらい貯金して買ったテレビとフリーマーケットで買った小さいテーブルが置いてある。それが芦川の部屋の全てだった。ここに五年芦川は住んでいる

「そうだ、バイトの面接どうだった?」

 芦川は制服のブレザーをハンガーにかけ、壁に刺してある釘にかける

「ちょっとーそういうのもやるってばー」

「自分でやってこそ、なんです。で、どうだった?」

 茨乃はちょっとの間むくれていたがすぐに笑顔になる

「親方即決だったよ! 『あいつが薦めるなら大丈夫だろ』って!」

「食品扱う仕事してるならもうちょいちゃんと管理しようぜぇ!?」

 芦川は今ここにいない元上司に叫んだ


 時間は一週間前、信詩との戦いの後に遡る。公園の騒ぎにかなり遅く気づいた警察のパトカーや

ら、野次馬やらを押しのけるように公園を離れた芦川と茨乃

 芦川の勧めで近くにあったファーストフード店に入り、少し落ち着くことにした

 芦川はびしょぬれになったブレザーを脱ぐ。水を盛大に被ったおかげで、こびりついた血は取れたが、風邪を引きそうだった

「ふぃーカプセルホテル開いてるかな……最悪ネカフェでもいいかな……」

 コーラを飲みながら茨乃がぼやいた。彼女は記憶喪失で、かつウェポン使いのチームから逃亡中の

身、更にチームから奪った資金も尽きかけ。ろくなところには泊まれないことが伺い知れる

「あの……それで提案なんだが」

「ほえー」

 茨乃は脱力し、テーブルに顎を乗せ芦川のほうを生気のない目で見る

 芦川はしばらく押し黙っていたが、勇気を振り絞るように口を開く

「バ、バイト先紹介するって約束したし、その給料入って部屋借りられるくらいになるまで俺の部屋来ていいぞ、狭いけど」

 芦川はちらりと茨乃の方を見る。案の定、唖然とした表情を茨乃は浮かべていた

うっわ、やっちまったうっへぇ、芦川は頭を抱える。これは引かれた確実に引かれた。「キモッ! いきなりそれはないよ!この犯罪者予備軍!」みたいな罵倒も甘んじて受けようじゃないか、なぁ全俺。そう思いつつ、涙をうっすら目元に浮かべたときだった

「いいの?! 本当?!」

 茨乃がテーブルから乗り出すように聞いてきた。芦川は少し身を引く

「あ、うん。蒼が嫌じゃなければの話だけど……」

「ヤッフー! 屋根のあるところで寝れるー!」

 そこまで喜ぶか、と内心呟いたが芦川は思い出す。彼女は普通の女の子じゃなかった

 自分の命を狙う敵に拳銃をぶっ放し、口汚い外国のスラングを吐くような子だった事を


 ファーストフード店から出た後、茨乃が荷物を入れていたコインローッカーに寄って、荷物を全て持ってから、芦川のアパートの部屋に帰った

「はー!安心して寝転べるって幸せだねーまことー」

 蒼は荷物の入ったボストンバッグを下ろすと、狭い部屋でごろごろ転がる。普通あったばかりの男の人の家で安心して寝転ぶ人はいないんですよ、と言いかけたのを芦川は飲み込んだ

「でもさー真親切すぎるよー、この後が怖いくらいだー」

 自覚はあるんだ、と思いつつびしょぬれになったブレザーを洗濯籠に押し込む

「まぁ、昔色々あってさ。それからはなるべく人に親切にって心がけてる」

 これは本当の事だった。茨乃は「ふーん」と言うと急に正座になって

「えー慣れないところもあると思うけど、よろしくねっ」

 と、にっこり笑いながら首を傾けた

 芦川は顔を真っ赤にしながら茨乃の方を見ないようにした。この先平常心を保ちながら生活できるだろうか。芦川は心に不安を残しつつ、茨乃との生活を始めたのだった


「カモンカモン、誘惑のない遊びなんかつまらないから~」

 小さい台所で芦川は歌を歌いつつ野菜をきざみ、フライパンに落とした後肉と一緒に炒める

 一人暮らし生活が長いため料理も上手く、かつインスタント食品よりも安く作れる自信が彼にはあった

「料理も手伝わせてくれたっていいのにー」

 壁に寄りかかりながら茨乃がむくれながら料理の様子を見てくる

「キッチンは俺のテリトリーだから、ああでもそろそろ箸とか並べたりしてくれると助かる」

「イエスマム!」

「口を開くときははじめと終わりにサーをつけなっ!」

「サーイエスマム、サー!」

 茨乃は二人分の箸と水が入ったコップ、リビングまでトテトテと運ぶ。戻ってきたと思ったら、炊飯器から二人分のご飯をよそって、またリビングに運んでいった。最初こそ不安があったが、二人の共同生活は思ったよりも上手くいっていた

 芦川は皿に野菜炒めを盛り付け、茨乃の待つリビングに運んでいく

「今日のディナーは特売の豚肉の野菜炒めになります」

「イェー! 今日もご飯が食べられることをファッキンクライストジーザスに感謝!」

「「いただきます!」」

 二人で同じ皿の野菜炒めをつまみながらご飯をかきこむ

「美味しいよ、真! マザファカーブッダも思わずお父さん掘っちゃうくらいに!」

「それはそれは、でも食事中にスラングはやめようなー」

 茨乃は遠慮なしに野菜炒めを口に運ぶ。その様子はどちらかというと少女、というよりは小学生くらいの、育ち盛りの男の子と言ったところだ。そういう所もあるから、芦川は変に意識することもなく生活できているように感じる。それに――

「あ! ちょ、俺の分も残せよお前!」

「サー箸を止めているほうが悪いのですサー!」

「それはもうやめていいから!」

 おかずの量は半減するが、賑やかなのがなにより芦川には嬉しかった


 だが、そんな生活でも芦川がまだ戸惑うことがひとつある

「真、今日先にお風呂入っていいー?」

「え、あ、うん良いぜ」

「ヤッフー!じゃあ先はいりますねー!」

 茨乃はジャージと下着を持って風呂場に駆けていった

 そう、茨乃と住み始めてからこの時間が。芦川にはこの時間が何より苦痛、いや正確には煩悩の時間となった

「あーいかんいかん、余計なことを考えるな、芦川 真!」

 芦川は座禅を組んでじっと耐える。己の左肩辺りから聞こえる「覗いちゃえYO!」「バレなきゃオッケー!」という悪魔の囁きを必死で押しのける

 風呂場のほうからサカナクションの「ネイティブダンサー」を歌う茨乃の声と水音が聞こえてくる。なぜだか非常に生々しい

茨乃はあまり女らしい、という体格ではなかったがその裸体を想像すれば、芦川の頭がオーバーヒートするには充分だった

「ま……まこ……まことー!」

「は、はいっ?!」

 いつの間にか茨乃は風呂から上がっていて、ジャージ姿で芦川の背後に立っていた。まだ髪は微妙に濡れている。が、芦川は彼女がキチンと髪を乾かしたり、普通の女の子のように手入れしているところを見たことがない。そんな感じだから毎朝「頭がメルトダウ

ナー!」と寝癖だらけで起きる

「うわぁ?! びっくりさせちゃった? えと、お風呂あいたよー」

「あ、あうん。じゃあ俺入るわ……」

 芦川はぎこちない動作でパジャマを持って風呂場へ向かう


 芦川は湯船にどっぷりと浸かる

 信詩との戦いから一週間、その後は特に敵の襲来もなく、のんびりと過ごしていた。まるで何もなかったかのように

 数日間は芦川も家の近くに敵が来ていないか、と神経を張り巡らせたがそんなことはなく新聞の勧誘がしつこいくらいだった

 だが、茨乃の話ではまだ信詩達ウェポン使いの『チーム』に人がいるらしく、いつ襲われてもおかしくはないらしいとの事だった。

茨乃が前に捕まっていたアジトはもうもぬけの殻らしく、チームに攻め入ることは出来ないらしい。

 もっとも攻め入ったとしても、たった二人では返り討ちが関の山だろうが。かといって警察に言っても信用してもらえないことは確実だった

 先日の信詩との戦いの後では、緑化公園におびただしい数の死体が転がっている状況になり案の定警察も出動したが、テレビ等では「数百人規模のネットで呼びかけられた自殺OFF」ということで片付けられていた。いくらなんでももうちょっと捜査するだろ、とは考えたが思えばもう警察がどうこうできる問題ではない、もはや国家とか政府とかのレベルのお話だったのを失念していた

 そもそも数百人の死体(しかも斬られたり、銃で撃たれている死体の)が転がる状況から犯人を捜せ、というのは無理難題だ

今回の件も国の中の誰かが隠蔽しようとしていたら、そう考えると恐ろしいものに首を突っ込んだなぁ、と芦川は肝を冷やす

 かといって自分からはどうすることも出来ない。ただ事態が変わるのを待つしかな

い、というのがもどかしかった

 ふと、芦川は思い出す

(そういえばこの湯船、蒼が入った後なんだよな……)

 そう考えてしまったが最後、芦川の顔が真っ赤になる。意識しないようにしていたのに真面目なことを考えていた反動でついつい、邪まな妄想に走ってしまう

「まことー」

「は、はいっ?!」

 風呂の曇りガラスのドアの向こうから茨乃の声が聞こえる

「今からテレビで『地球最後の女、ディレクターズカット版』があるんだけど見ても良い?」

どうやら茨乃はテレビで放送する映画を見たいようだった。特に問題はないので許可する

「ああ、良いけど……」

「ありがとー!」

 茨乃は嬉しそうにその場から離れていった。芦川は自分に対し、あきれたように呟く

「ぜんぜんこの生活なじめてないじゃん、俺」




 言葉で言い表せないほどに、体が熱い

 何とか目を開けて、横転した車から這い出る

 ほかにも気にかけることがあった筈だったが、自分の体を案じるように本能のようなものが彼を突き動かす

 だが、目に入ったのは地獄のような光景だった。赤く染まる空、燃え広がる炎、そして形を失っていく自分達の町

 周囲は逃げ惑う人々の怒号と悲鳴で溢れていた

「……真?」

 自分が先ほど這い出た車の中に、自分を呼ぶ声がする。父親だ

「おとうさん! ……っ」

 なかなか動かない体を必死に動かし、這って車の運転席の窓まで移動する

「ははっ……いやぁ遊園地まだやってるかなぁ……」

 父はうわ言のように呟く。真には涙を必死にこらえつつ、首を横に振ることしかできなかった

 父はゆっくり助手席に目を向けた後、苦笑いする

「困ったなぁ……真、お母さんとお父さん、ちょっと動けそうにないんだ」

 父は額から血を流しつつ、なんとか右手を動かし、何かを取り出して真に差し出す

「ほれ……今日遊園地いけなかったお詫びだ」

 真は父が差し出したそれを手に取る。それは父が使っていた音楽プレーヤーだった。ホイール式の2年前のモデルの音楽プレーヤー

「とうさん、早く車からでようよぅ」

「遊園地ごめんな……ごめんな……」

 父はそれだけを壊れたレコードのように繰り返し呟く

 何とかしなければ、何とかして父をひっくり返った車から出してあげなければ

 真は傷む体を必死に使って立ち上がり、運転席のドアを開けようとする。だが、開かない。車の一部がひしゃげていて、ドアが開かなくなっているのだ

子供の力ではどうにもすることが出来ない

「だれか……だれか手伝ってください!」

 真は声を張り上げて、助けを求める。だが、真の周りで逃げ回っている人々の耳には届かない

「おとうさんが出られないんです! たすけてください!」

何回か叫んで、何人かはこちらの声に気づき立ち止まったが、すぐに走り去ってしまった。当たり前だ、今真の周りにいる人々も自分が逃げるのに必死なのだから

「だれかっ! だれか助けてくださぁぁぁぁい!」

 あらん限りの声で真が叫んだ瞬間、真の体が突如吹き飛んだ。爆風にあおられたのだ

 真は消えいく意識の中で爆発し、炎に覆われる父達の乗った車の姿を捉え、そして意識を手放した




「……っ!!」

 芦川は布団から飛び起きて、あたりを見渡す。照明を消した自分の部屋だ。町は燃えても居ないし、死に掛けの父が乗っている車も見当たらない。先ほどの地獄絵図のような光景は夢のようだった。ガス爆発災害直後の自分と父、それが夢になって現れた

横には予備の布団に寝ている茨乃がいる。とはいっても、掛け布団がかかっておらず、とても寝相が悪い。まるで少年のような寝姿だ

 時計を見ると時刻は午前三時だった。茨乃と映画を見て11時くらいに寝てからまだそんなに時間はたっていなかった

(なんて夢を見てるんだ、俺……ゲームの主人公じゃねぇんだから……)

 芦川はもぞもぞと布団に入りなおし、目を閉じる。が、先ほどの夢を思い出すとなかなか寝付けない。しぶしぶ枕元に置いてあった、父からもらった音楽プレーヤーを手にとりランダムで適当に曲を流す。先頭に来たのは宇多田ヒカルの『Devil Inside』だ

 父のお気に入りのアーティストだったのを覚えている

(なんか最近こんな夢ばっかだな……)

 先日教室で居眠りした際も、爆発災害に巻き込まれる直前の思い出が夢になった

 芦川は音楽のボリュームをあげた。嫌な夢に上書きするように


「あーあいいなぁ。ボクもいきたーい」

「行ったところで退屈だろ、多分」

 芦川は玄関で靴を履きながら、ぶっきらぼうに答える

 茨乃はここに来てから学校に行きたがっているが、こればっかりはどうしようもない。どんなに頬を膨らまされても連れて行けないものは連れて行けない

「てか、今日から早速バイトだろ?」

 それを言われた茨乃はタコのように膨らませた頬を、穴が開いた風船のようにしぼませニコニコとした表情に戻る

「あ、そだねーボクにもやることあった! 頑張るよ!」

 茨乃はヘッドホンから音楽を流しながらクルリと周り、ガッツポーズを決める

 本当に大丈夫か?と芦川はなかば不安になったが、こうみえても彼女が色々考えていたり、しっかりものだということはこの一週間でよく理解していたつもりだった

「じゃ、いってきます、鍵は合鍵使って締めておいてくれ。バイト頑張れよ」

「おー! 真も学校頑張ってね!!」

 芦川は家を出るときに少しだけ振り返った。そこで目に入ってしまったものは、ドアの閉まろうとする隙間から寂しそうにこちらを見る茨乃の顔だった

(とりあえず、出来ることありそうだな)

 芦川は昨日までの考えを少し改め、学校に早く着けるように走り出した


 芦川が少し早めに学校に行って、真っ先に向かったのがコンピューター室だった。普段生徒への開放はされていないが、芦川は『家庭の事情』という名目で先生からコンピューター室の鍵をもぎ取ることに成功した

 早速適当な一台を起動させ、自分のIDとパスワードを入れインターネットブラウザをスタートさせる

「まずは、あいつの名前からかな」

 そこからお気に入りに入っている検索サイトで『茨乃 蒼 捜索願』と打ち込み検索ボタンを押す

 だが、ヒットしたのはわずか数件で、一応そのページも閲覧してはみたが、芦川の知っている茨乃に関する情報ではなかった

 普通彼女ぐらいの年の女の子が行方不明になれば、親、友達、バイト先などから捜索願が警察に出されていそうなものだが、当てが外れた

「捜索願がでてないのか……じゃあこれなら」

続けて『茨乃 蒼 家出 プロフ』と検索してみる。彼女が記憶を失う前、普通の女子高生であれば、携帯電話のプロフィールSNSあたりには登録してそうだし、急に居なくなれば友達がその手のサイトで話題にするだろうと芦川は考えた

ところが今度はヒットすらせずに『該当ページなし』とむなしく表示されるに至った。その後も何回か違う言葉で試していったが

「だーっ! 何もでてこねぇ!」

 ほかの教室よりも座り心地の良い椅子に、思い切りもたれかかる

 結局めぼしい情報は見つけることが出来なかった。少なくともインターネットの中には彼女を探す人や、彼女がどこで何をしていた、という痕跡はなかったという事だ。あと考えられる手段は

「実際に足を使って探す、か」

 ネットでは話題にならなくても、現実世界で人が居なくなればそれ相応に話題にはなるはずだ。ただ七石市は都会であるためにそういう話は腐るほどあり、その中から茨乃の情報を引っ張り出すのは苦労しそうだ

 その手の与太話、噂か路上ライブをよくやる狗飼が詳しそうだが、既に茨乃と狗飼は会っていて、事実関係を誤魔化すのに苦労しそうだ

(そういえば……)

 ふと気になって、キーボードに指を走らせる

「ウェポン……七石っと」

 これまで一切世の中に出てこなかった「音楽武器」ウェポン、でもネットの大海原にだったら、その片鱗くらいはあるのでは?と芦川は考えた

(最近は政府とかの機密がネットにアップされてたりするって、狗飼言ってたしな……)

 半ばお遊びだが、出てきたら面白そうだ。芦川は検索ボタンをクリックする

 すぐに検索結果は出た。わずか14件のヒット

(でもやっぱり少しはヒットするのか)

 興味本位でその結果の中で一番上にあったページをクリックしてみる。どうやら小説投稿のコミュニティサイトのようで、そのサイトに投稿されたの長編小説一部だったようだ

「閲覧数1……ってことは俺がはじめて読む人って事か」

どうやら人気の無い小説のようで、サイト内ランキングの項目も65245位、と高くは無いようだった

とりあえずスクロールして読み進めてみる


『「きゃわぁ!(;>_<)ノ」そのとき生意気なあの女が日本の剣をぶんぶんふってきたの!!しんぢられない!!あたしはひょひょひょいってよけてVサイん(^^)v』

 

「これは酷い」

 それ以上の感想が出てこなかった。芦川自身に小説の書き方などは分からないし、投稿サイトの作品なら文が砕けててもしょうがない、と思えるがここまで砕けると論外のような気がした

「やっふー、まことん朝から調べものディスかー?」

 狗飼がいつの間にかコンピューター室に入ってきていた。相変わらず重そうなギターケースを片手にヘラヘラ笑っている

「お前、なんでここいるの?」

普段サボりで出席のギリギリの狗飼がこんなに早い時間に学校にいること自体が珍しかった。何か企みでもあるのか、と芦川は勘繰る

「いやーまことんの匂いを嗅ぎ付けま――」

「聞いた俺が馬鹿だった」

 狗飼が気分屋な事を芦川は失念していた。いかんいかんと頭を振るう

「で、なに見てたんだお?」

狗飼が芦川の後ろから覗き込むように、パソコンのディスプレイを覗き込む

「うっは、なんだこれ。小説に顔文字はないべー」

「それは俺も同感。なんか調べ物してたら変なのヒットして、これが出た」

 狗飼はすぐに離れてうんうんと頷き、壁に寄りかかって座りながらギターを取り出し始めた

 芦川は少し意外そうに狗飼の方を見て聞く

「何調べてるんだー?とかは聞かねぇんだ」

 狗飼は視線を自分のギターに向けたまま、少し笑って答える

「聞いてほしかったかい? あ、俺もまことんに聞きたいことがあったんだ」

「ノーコメント」

「聞く前からクエスチョン禁止令ですか?!」

 狗飼の聞きたいことなんて長い付き合いでなんとなく分かるようになってしまった。多分、茨乃について聞きたいのだろう

「あのヘッドホンかけたボクッ娘――」

「ダウト」

「用法が違うと思うけど、以心伝心ってことで結城嬉しい」

 きもちわりぃ、と小さく呟いてから芦川はブラウザを閉じ、パソコンを終了させる

「てかさぁ、ただでさえオレとまことんは女友達少ないんだから、あういう変わった子でも大事にするべきだと思うんだよね」

「あいつは別に変わった奴じゃないよ、普通だ」

「ダウト、ただでさえ友達は少ないのに友達思いなのは、まことんの良いところでもあり悪いところでもある」

 狗飼のニヤニヤ顔を見たときに「嵌められた」と気づくには少し遅すぎた

「なーあー、ぶっちゃけあのボクっ娘の事ねらってるんでしょー? まことーん」

 狗飼が立ち上がりくねくねと芦川に近づく

「うるさい、後お前ほんとっっっうに人の呼び方安定しねぇな!」

 この間までは『まこときゅん』、いまは『まことん』と来た

 芦川はしっしと手で追い払う狗飼を払う、がそんなことではやめない狗飼であることも芦川は重々知っていた。次の面倒な質問にどう切り返すか考えた

「デート誘えば?」

「は?」

 考えたが質問が唐突過ぎて答えられなかった。回避失敗

「だーかーらーデート遊びにでも誘いなよ。せっかくのチャンスなんだから活かさなきゃ損だって!」

 損、と言われても一緒に住んでるからなぁ。芦川は悟られないように心の中でぼやく。とはいえよく考えてみれば彼女もバイト以外は実質テレビくらいしかない部屋にずっとひとりで居て退屈な筈だ


『あーあいいなぁ。ボクもいきたーい』


 朝の茨乃の一言を思い出す。普段から小学生男児みたいに快活だから、彼女も自分たちと同じくらいの年齢の女の子だということを忘れがちになっていた

 あの言葉はちょっとしたSOSだったのかもしれない。だとすれば、狗飼の提案も案外良いかもしれないと芦川は思い始めた

「前向きに検討してみよう、今度の週末とか」

「え?」

 今度の疑問符は芦川ではなく、狗飼から出たものだった。狗飼の方を見ると鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見ていた

「なんだよ、お前が提案したんだろ」

 狗飼はギターを少しかき鳴らしニッっと笑う

「いや、気にしないでよ。頑張ってね!」

「へんなやつ」

芦川は苦笑いしつつ、自分の荷物を持ってコンピューター室から出よう出口に近づく。

「待ってよまことーん」と狗飼も慌てて来るかと芦川は考えたが、狗飼はギターに夢中のようでこちらには目もくれない。芦川はそのままドアを開けると、その音で気づいたように狗飼が顔を上げた

「あ、北条はこれから収録とかで忙しくなるからこれなくなるってさ」

それだけ狗飼は再びクラシックギターを愛でる様に弾き始めた

 りょーかい、と小さく呟いて芦川は廊下に出て、コンピューター室を後にする

 廊下を歩く芦川の背後からは、狗飼の弾くギターの音が泣くように響いていた



 七石市の地下にある、もう廃業してしまったプールバー跡地、棚が空のカウンターや置きっ放しのビリヤード台などがあり、わずかに照明がついている

そこには茨乃が『チーム』と呼ぶ二人の男女『黒栖』『神崎』と一週間前、彼らの『リーダー』になついていた小学校低学年ぐらいの男の子が居た。

――ただし男の子の方は手錠を右手首につけられ、もう片方を柱に固定され拘束されている。顔や腕には痣や火傷の跡があり、暴行を受けているのを顕著に表していた

 突然、古びたビリヤード台に座っていた黒栖が、黒く長い髪を揺らしながら立ち上がる。今日の彼女はチームが着る黒いコートではなく、ゴシックな雰囲気の黒いドレスだった

「やったぁ! ほらほら神崎! 私の小説に読者がついたわぁ!! 初めての読者よ!」

 黒栖はきゃっきゃきゃっきゃとはしゃぎながら、携帯電話の画面をカウンター席に座って雑誌を読んでいた神崎に突き出す

「ふん、きっと間違ってクリックでもしたんじゃろ。誰が好き好んでお前の落書きなぞ見るか」

 神埼は呆れたように笑い、そっぽを向く

「わかってないわねぇ! 少しでも興味をもってもらえれば私はそれでいいのよ!」

「顔文字だらけの落書きを見てしまえば、興味も半減じゃろうな」

「これが今流行の文体なのよぉ……」

 会話だけ聞いてれば普通の青年達のやりとりだ。小説書きが趣味の女性と、それを茶化す体育会系の男性

 だが、拘束されている男の子が出すうめき声が、そんな二人の会話を異常で。狂気的なものにしていた

 黒栖がふと男の子からする音の方に気がつく。すると彼女の顔は今までの上機嫌な笑顔から、醜悪な程に表情を歪めていった

「ぼうやぁ? なぁに逃げようとしているの?」

 今まで、自分の手首についた手錠を外そうと試行錯誤していた男の子が、黒栖からかけられたこえに気づく。するとこちらは黒栖とは正反対に、子兎のような怯えた顔に見る見る変わっていった

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうしませんから、ごめんなさいごめんなさい」

男の子は動くのをやめ、うずくまる様にその場で座ったまま頭を下げる

が、その頭を黒栖は思い切り蹴りつけた、男の子は「ぎゃっ」と短く悲鳴をあげながら頭を抱えて、丸くうずくまる

「これだからホントガキって嫌いっ! ぺちゃくちゃうるさいし、言うことは聞かないし!」

「ぺちゃくちゃうるさいのは黒栖、お前もじゃろうが」

 神崎は興味が無さそうだが、一応突っ込んだ。だが黒栖もそれはあまり気にせず、うずくまる男の子をけり続ける

「た……す……たすけ……っ……おねえちゃガハッ!!」

 強く黒栖が蹴り上げたため、男の子は最後まで言葉を発せずに、口から血を吐いて咳き込む

「お姉ちゃんの事は呼ばない約束だったわよねぇ? ……いい加減ウザイのよぉ!!」

 黒栖はより強く男の子を蹴り付ける。男の子は少し後ろへ飛び、動かなくなったが息はしているようでわずかに肩が動いていた

「あんまりやり過ぎて、殺してしまったら元も子もないじゃろうに……」

 瀕死の男の子を神崎は少しだけ見たが、すぐに雑誌へ目線を戻す。助ける、ということ自体しないようだ

 肩を震わせながら荒く息をする黒栖は、握っていた携帯電話の着信音がなっていることに気づく。表示は『リーダー』となっていた

黒栖は通話ボタンを押して電話に出る

「あ、リーダー?どうしたの?」

 リーダーという単語を聞いてか、神崎も黒栖の方へ顔を向ける。また新しい仕事だろうか、と勘繰る

 黒栖は短く何度か相槌を打った後に「それじゃあ、また」と言って電話を切った

「どうじゃった?」

 電話を切った瞬間、神埼が身を乗り出すように聞いてきた

「お仕事の話よ。でもざぁんねぇん、貴方は今回おるすばーん♪」

 しかめっつらになる神崎をよそ目に、黒栖は嬉しそうに続ける

「しかもぉ、リーダーと一緒にお仕事よぉ? 何着て行こうかしらぁ」

 彼女は早速、その「仕事」の日に着ていく服を選ぶために携帯電話を使って服を買い始める。先ほどまで執拗に蹴っていた男の子のことはもう頭に無いようだ

 しかめっつらをやめ、どこか諦めたような表情になった神埼が呟く

「本当に、わしらは狂っているな」


 夕暮れ時、学校が終わった芦川はまっすぐ家には帰らず、ある場所に向かっていた

 元自分の勤務地で、今は茨乃に紹介したお店だ。すぐに目的地に着いたようで、芦川は足を止めた

寿司屋『鮫島』。周りの建物に押される様に存在し、看板もこじんまりとしているため、隠れ家的な様相の寿司屋さんだ

学校から少し離れてはいるが、芦川の自宅からだとかなり近い場所にあり、芦川がバイトをしていた時はかなり通いやすかった

店の戸に掛けてある看板はまだ「準備中」となっているが、芦川は構わずに戸をあけた

(別に寿司食いにきたわけじゃないしな)

 店のなかを見渡す。座席はカウンターのみ、その向こうで親方が寿司を握ってバイトがその他色々な事をする。店の内装は和風テイストで、水が流れる置物などが所々置かれている。この店の店長、というか親方の趣味だ

 その狭い店内で、掃除をテキパキこなす茨乃を見つけるのは難しくはなかった

「うぇ? あれ、真?!」

「よ、冷やかしに来た」

 少しあわてる茨乃はすこし内股気味になる。彼女は普段のズボンにシャツ、パーカー等のボーイッシュな服装ではなく、ねじり鉢巻に、(おそらく改造と思われる)紺色のミニスカハッピを着ていた。ハッピの背には「鮫」と書いてあり、普段余り露出しない足彼女の顔と同じくは白くて、かつ全国何万はいるかと思われる女子高生が羨むような均整の取れた細さだった

「あ、あのっ! まだ準備中ですので、開店までもう少々お待ちくださいっ」

 茨乃は慣れない口調でマニュアルどおりに時間外に来た芦川に対し応対し、頭を綺麗に下げる。やはりちゃんと出来ていたようだ

「ああ、わりぃわりぃ、ちょっと気になったから寄っただけだよすぐに帰――」

「おお、芦川君またウチで働いてくれるのかな?」

 芦川が後ずさりし、店を出ようとしたところでドンと人にぶつかる

「あはは……親方……」

 芦川が振り返ると背が高く、壮年期に入ったような外見の男性が立っていた。この「鮫島」の店長、鮫島 勉だ。

茨乃と同じくねじり鉢巻を額に巻いているが、着ているハッピの色は黒で、改造でもなんでもなく普通のハッピだ。もちろん背中の『鮫』は健在

「やめたかと思えば、今度は女の子を紹介してくるし、お前もわからねぇやつだなぁ」

 鮫島親方は握りこぶしで芦川の胸を軽く叩く

「いや……まぁ色々ありまして」

 単に給料が安かったから辞めたのは、ここでは言わない。店も繁盛するときの方が少なく、普段はかなり暇なバイトだった

「まぁ、いいや。茨乃ちゃん、滅茶苦茶覚えも良いし、ガッツもありそうだから」

「えへへー」

 横で茨乃が照れてはにかむ

 芦川は何か思い出したように手を叩き、鮫島親方に「耳貸してください」と小声で要求する。親方の方も応えるように、彼の顔の高さまで顔を近づけた

「あのミニスカハッピ、前までなかったッスよね。どうしたんすか」

 芦川が茨乃には聞こえぬよう質問する。すると鮫島親方は誇ったようにドヤ顔にな

り、茨乃の方を見ながら小声で答える

「いやぁ、あっちのほうがお客さん受けするかなぁ、と思って。後は俺の趣味」

 いい笑顔で親方はグーサイン。それとは真逆に芦川はげんなり顔。そりゃバイトも来ないわけだ、と心中で呟く

「そうですか……ああ、後今日あいつ何時に帰れます?」

 芦川は二人が会話している間に、仕事に戻った茨乃を指差す

「ああ、今日は仕事覚えてもらうだけだったし、そろそろ帰すよ。給料日前だから、お客さんも入らないだろうし」

「んじゃ、店の前で待ってても良いですかね?」

 続けて質問すると親方は「チッチッチッ」と舌打ちして、芦川に肩を掛ける

「いやぁ、せっかくだからなんか作るよ? 俺からのサービスって事で!」

「……あいつの給料から天引きとか、そういう予感がします」

「ったく、いつの間にそんなに水臭くなったんだ? バイト居なくて混んだときとか大変だったんだわ。だから感謝って事で」

 芦川は少し思案するが、芦川の胃袋から大きい「ぐぅ」という音が鳴り、考えを改めた

「じゃあ、お願いします。いいすか、絶対無しッスよ?」

「わーってるって。その代わり、またバイトしたい子紹介してな、おーいあっちゃん。今日は終わりで良いよー芦川の驕りで寿司食ってけー」

 上手いなぁ、と芦川は思う。バイトの紹介という宣伝と芦川に恩を売る、というのを二つやってのけた。そこに大人のずる賢さのようなものを芦川は感じたが、今は気にしないことにした


「はい、日替わり盛り合わせお待ちっ」

 カウンターに座った茨乃と芦川の前に、6種類程のネタの寿司が乗った皿が二つ出される

 芦川の右隣に座る茨乃の服装は、カジュアルなパンツとシャツ、ジャケットで首には毎度お馴染みプレーヤー一体型ヘッドホンを掛けていた

「おおー良いの? 真の驕りで。結構高いんだよ?」

 茨乃は寿司を見た後に芦川に視線を移し、彼の懐具合を心配した。本当は親方の驕りなのだけれど

「うん、大丈夫。食っても良いよ」

「やたー!いただきますっ!」

 許可するや否や茨乃は箸を使わず手で寿司を取り、醤油をつけずに食べる

「にゃはーう、おいしいよぅー」

 至極幸せそうな顔で食べるので、こちらも笑みになってしまいそうになる。芦川も自分の皿にある寿司を箸を使って食べ始める

 さて、本当なら自宅で夕食の後にでも言おうと思ったのだが、こんな形で夕食になってしまったので、今ここで言っても構わないだろう

「あのさ、蒼」

「ふぁふぃ?」

 既に三個目の寿司を口いっぱいに頬張った茨乃が、芦川の方を見る。飲み込んでからで良いぞ、と付け加えたくなった

「あのさ、もしよければ週末遊びに行かないか? あ、いや、嫌だったら別に良いけど…」

 最後の方は若干尻すぼみになってしまった。

 茨乃は口に入っていたものを飲み込むと、ニコッと笑って答える

「うん! 良いよ!実はボクも行きたい場所とかあったんだ!」

 思ったよりもすんなりとオッケーを貰えた。「家でゴロゴロしてたーい」と言われたら、少し落ち込んでいたかもしれない

 芦川が心の中でガッツポーズをとると、カウンターの影で親方もガッツポーズを取っていた。何をしているんだいい年して

「たのしみだなー真とお出かけ」

 足を少し揺らし、微笑みながら残った寿司に手をつけ始める

 いつも一人で寂しく、何もやることがない週末は芦川はあまり好きではなかったが、ほんの少し、週末を好きになれた気がする。今週末が待ち遠しい


                       To be next Track!!



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