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美緒と翔

掲載中の学園ラブコメのサイドストーリー。熟年カップルとその友だちを描きます。天然翔と脳内暴走マドンナ美緒はどうなっているのか?


カランコロン、とドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ。……あら、翔くん」

カウンターの奥、お馴染みのエプロン姿で笑顔を浮かべたのは、サフランの新しいママ、美緒だ。

去年、惜しまれつつも高校の教員を定年退職した彼女は、七十八歳になっていよいよ隠居を決めた先代のマスターから、この店を正式に譲り受けた。先代が四十四年間守り続けてきた大切な城と、数え切れない常連客との絆――そのすべてを背負った美緒は、今や立派な「一国一城の主」である。

「お疲れ様、美緒さん。今日も漫画読みにきたよ」

白髪交じりの頭を掻きながら、翔がいつものカウンターの端の席へと滑り込む。老眼鏡を取り出し、四十四年前と同じように最新号の週刊少年漫画雑誌を開く姿は、完全に実家に帰ってきた子どものようだ。

美緒は手慣れた手つきでアイスコーヒーを淹れ、翔の前に差し出す。

「はい、どうぞ。お仕事ご苦労様、教授」

「ありがとう。……ん、やっぱり美緒さんの淹れるコーヒーが世界で一番美味しいな。僕、死ぬまでこの店に通うって決めてるから」

そう言って、来年には退官を控えた六十四歳の大学教授は、現役の学生たちを怯えさせるインテリな素顔をどこかへ置き忘れ、ふわりと穏やかに微笑んだ。

その瞬間。

グラスを磨いていた美緒の動きがピタリと止まり、六十六歳になったはずの彼女の耳の裏が、二十歳のあの日と全く同じ温度でカッと真っ赤に染まった。

(し、死ぬまで通うですって……!? 私がお店を引き継いだのをいいことに、『これからは仕事中でも合法的に毎日私の顔を見にこられるぞ』という職権乱用システムを構築する気ね……っ! 恐ろしい男、大学で講義をしている裏で、私を一生サフランに監禁するための外堀を無自覚に埋めてくるなんて……っ!!)

胸の中で激しくジタバタと、四十四年前から何一つ成長していない脳内暴走を繰り広げながら、美緒はトレイを胸に抱きしめ、ツンと顔を背けた。

「な、何言ってるのよ、この人たらし教授は! 毎日毎日、家でもお店でも私の顔を見て飽きないわけ!? さっさと飲み干して、二階の自宅に帰りなさい!」

「ええ? 飽きるわけないじゃない」

老眼鏡の奥で、翔はまたしても天然100%の極上プロポーズを上書きしてくる。

「だって僕たち、子どもがいない分、ずっと新鮮な夫婦なんだから」

「〜〜〜っ! このサイコパス天然タラシが……っ!!」

四十四年経って夫婦になっても一ミリも変わらない、怒声の皮を被った美緒の熱い照れ隠しが、今日もサフランの店内に心地よく響き渡るのだった。

週末に投稿します。本編とともによろしくお願いします。

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