小悪魔の接触
翌日になると、散々荒らされた教室はあちこちが破壊されていながらもおおよそ元に戻っていた。
サラと翔子は昨日と同様に隣同士で着席していた。勢いで交際宣言をしたこともあり、机の下では手を繋いでいた。まだ慣れていない翔子は、たったそれだけのことで心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。
何を話そうか迷っていると、サラの方から口を開きはじめる。
「すごいわね。教員か何かが元に戻したのかしら」
サラが言っているのは、昨日暴れ倒した教室が元通りになっていることだった。ゲームならまだしも、一晩経って何事も無かったかのように教室が元に戻されているのは不思議な光景だった。
翔子はサラの疑問に答える。
「わたしが来た時から、すでにこんな感じだった。毎日喧嘩が起こるから、元に戻すのもここの習慣になっているみたい」
「そう……」
サラはそこで言葉を失う。一般人と比べたら相当に特殊な経験をしているサラでも、ここまで異様な場所は見たことがないのだろう。
始業時間付近になると、ゾロゾロと生徒が教室へと入ってくる。監獄のような場所ではあるものの、決められた時間に教室へと来るぐらいの倫理観は持ち合わせている者もいるらしい。それとも単にやることが無いだけなのか。
「なんだか本当の学校みたいね」
「サラちゃん、一応ここは学校だよ」
「いや、ここって刑務所でしょ」
「そうとも言うけど……」
軽口を叩き合いながら、二人で手を繋いだまま幸せな時間を堪能する。お互いにとって、少し前まではこのような時間すら存在しなかった。
この日は珍しく朝から喧嘩をする者が誰もおらず、教師が一般的な学校と同じように授業をしてから去っていった。ほとんど小学生レベルの授業ではあったが。高校生レベルの授業なんてしようものなら、それこそただの嫌がらせにしかならない。
不良たちも昨日のサラを見たせいか、暴れることもなく授業中は眠りこけているぐらいで特に問題のある行動は起こさなかった。
「何も起こらずに一限が終わったわね」
「そうだね」
「なんか、逆に調子が狂う感じ」
サラがそう言うと、翔子は思わず笑った。なんだかなんだ、サラも殺伐とした空間にいる方が通常運転なのかもしれない。
と、そんな時に聞き慣れない声がした。
「ねえ翔子ちゃん、ちょっといいかな?」
サラは何も言わずに、不機嫌そうに顔を顰める。せっかくの幸せな時間に、一人の女子が割って入ってきた。
ピンク色のツインテールで小悪魔的な顔立ち。身長は小柄で150cmぐらいだが、逆にその小ささが男の庇護欲を刺激するというか、もう少し言えば手を出したら危なそうな匂いのする女があざとさ全開で微笑んでいた。
ボタンが三つ空いたピンク色のブラウスに、だらしなく垂れ下がったリボン。一目見て嫌いなタイプだと悟ったせいか、サラは心の中でパー子師匠とアダ名を付けた。
「あんた誰?」
不機嫌そうに訊くサラ。その顔には翔子との時間を邪魔された不快感が思い切り出ていた。不穏な空気を察知した翔子が慌ててフォローを入れる。
「あ、サラちゃん。このコは田宮美瑠ちゃんって言って、ここのクラスメイトだよ」
「そうだよ~。あたしのことはミルミルって呼んでいいぞ」
「それで、私たちに何の用があるっていうの?」
「いや、別に用があるのは翔子ちゃんの方で、サラサラなんかじゃないんだけど」
いきなり妙なアダ名を付けられたサラは、呼ばれてすぐ険しい顔に変わっていく。そんな殺気も知ってか知らずか、美瑠は勝手に話を続ける。
「別にいいじゃない。あたしの方が先に翔子ちゃんと知り合っていたんだから。ね?」
「そうなの、翔子?」
サラからの呼び捨てで訊かれ、翔子には嫌な汗が出てくる。まるで夫の浮気に勘付いた妻のようだった。
「うん、まあそうなんだけど。……でも美瑠ちゃん、わたし達ってそんなに仲良くなかったよね?」
「そうだけど、別に今から仲良くしたっていいじゃん。昨日に翔子ちゃんが守られているのを見て、ああ、なんかかわいいっていうか、もっとお近付きになりたいって思ったんだよね」
「はあ……」
昨日はサラのせいで意図せず悪目立ちしたので、それまで認知されていなかった翔子の存在がクラス中に知れ渡ってしまった。それまでは何日持つかも分からない地味な陰キャだったはずが、反社勢力をイジメ倒した東雲賢承の娘と分かったのもあり、翔子の注目度は急上昇していた。
「ダメよ。翔子ちゃんは私と付き合っているの。あんたなんかに入ってくる余地はないわ」
「そんなにつれないことを言わなくたっていいじゃん。ねえ、翔子ちゃん。何もあなたを取って食おうとしているわけじゃないんだよ? 一人のお友達として、仲良くするチャンスをもらえないかな?」
「う~ん、まあ、それならいいんじゃない?」
「ちょっと、翔子⁉」
想定外の返事が出てきたので、サラは目に見えて狼狽した。翔子は動揺するサラに向かって口を開く。
「たしかにサラちゃんは強いけどさ、だからってここで一匹狼になる必要はないと思うんだよね。美瑠ちゃんはクラスの中でも人気のある女子だから、仲良くなっておいた方がいいかなって」
「考えは分かったけど、本人がいるんだからもうちょっと打算は隠しなさいよ」
「あ……」
しまったという顔で見ると、美瑠は怒るでもなくニコニコと笑っていた。どこか不気味さの拭えない笑顔ではあったが。
「大丈夫だよ、翔子ちゃん。ここは有名な鬼哭開成高校だから。逆に打算も計算も無いピュアな友情って言われた方が信用出来ないよね」
そう言いながら美瑠はいやらしい笑みをサラに見せる。嫌味のつもりらしい。
サラは考えを巡らせる。
たしかにここ鬼哭開成高校は何もかもが弱肉強食過ぎる。登校初日にあれだけの大立ち回りをしておいて、ほとんど同じような毎日が続くのかと思うと気が滅入る。そう考えると、クラスの人気者を引き入れて防波堤にする考えも悪くない。
「分かったわ、ちょっとだけよ」
「わーいサラサラありがとう。それじゃあ、先っちょだけにしておくからね?」
サラは最低なセリフを残すと、翔子の手を引いて屋上の方へと向かった。
「……やっぱり、油断ならないわね」
一人残されたサラは腕組みしてひとりごちる。
思えば、転入生の自己紹介で翔子の姿がたまたま目に入っただけだった。ろくでなしだらけのこの教室で、まさに掃き溜めに鶴といった一人だけ輝きの違う女子がいた。だからこそ惹かれたし、初対面の人間にはまず話さないであろうことも腹を割って告白することが出来た。
その時に思った。きっと翔子は、運命の人なのだと。
世界中から拒絶された時、サラは孤独だった。誰も仲間などおらず、周りからは否定や罵詈雑言ばかりが飛んできた。そういった背景を持つ中で、自分のことを理解してくれるのは翔子だけのように感じられた。
「そのせいで、私も束縛心が強くなり過ぎたのかもしれないわね」
サラは誰にともなく言う。
あの不気味なピンクツインテールのことはイマイチ信用ならないが、少しぐらいは見守ってやろう。自分にそう言い聞かせて、サラは静かに待つことにした。




