地雷系くノ一
「それで要約すれば、お前は転校生の女にボコボコにされた上に、やり返しもしないで俺に泣きついたってわけか」
校長室の執務机では、番長の八海内龍雲が眉間にシワを寄せている。ツーブロックの頭に筋肉の隆起した体は190cmあり、体重は103キロで体脂肪も一桁代しかない。
鬼哭開成高校に来る前は、15歳にして半グレグループのディープ・グレイを立ち上げ総帥を務めた。喧嘩で熊に勝ったことがあると言われており、いかつい顔を斜めによぎる爪痕は、その時に負った引っかき傷だと言われている。誰もが見た瞬間にそれと分かるラスボスのオーラ。八海内を目にすれば、まともな思考の持ち主であれば誰でも道を譲る。
「いえ、違うんです。これは、その……」
転入生をシメて舎弟にするはずだったが、見事に返り討ちとなったマレットヘア。大迫はこの先でどう生きていくか考えるのに必死だった。
「何が違うんだ、おい」
八海内の傍に立つ、オールバックで鼻に一文字の切り傷のある男が低い声で言う。
執務机の傍には、日本刀を持った榎本狂太郎が立っていた。榎本は剣道部出身だったが、顧問の教師がただ気に入らないというだけの理由で恩師を日本刀で斬り殺した超問題児だった。
顧問を星にしておきながら、国家権力のコネや弁護士の働きで「心神耗弱により責任能力無し」と判定され、事実上は何の罪にも問われていない。榎本は荒事を引き受けるナンバー2としてここへ呼び出された。
羅刹院サラに敗れた大迫は、その顛末を絶対君主の八海内に報告した。八海内の支配を受けない不穏分子の存在はいち早く知らせないといけない。だが、それは同時に自分が排除するべきはずだった相手に、しかも女子に自分が喧嘩で敗れたことを報告することでもあった。
ただ自分が恥をかくというだけの問題では済まない。負けは総帥の顔を潰すことなのだから。
八海内グループの看板に泥を塗っただけあって、「それなりの覚悟」が必要になるのは明白だった。だからと言って自分で羅刹院サラをどうにか出来るとも思わなかった。結果として苦渋の決断ではあるが、自らの敗北を正直に告白するしかなくなった。
「お前、自分が何をやらかしたか分かっているのか? お前はよりによって、女なんかに負けたんだぞ? 八海内さんの顔に泥を塗ったって分かってるのか?」
「それはもう……申し訳ありません。ですが」
大迫は必死だった。次に選ぶ言葉次第で、文字通りに人生終了となる可能性がいくらでもある。
「あの女……羅刹院サラは、バケモノでした。武器を持って一斉にかかったのに、意味の分からない動きですべてをかわして、信じられない攻撃力で俺の舎弟たちをあっという間に倒していきました。あれが同じ人間だとはとても思えません……!」
「ほう、そんなにか。だけどな、大迫。口だけ番長のお前が言ってもそれほど説得力はねえな」
「いや、榎本よ。その名前なら俺も聞いたことがあるぞ」
絶体絶命の状況で助け舟を出したのは、意外にも八海内だった。
「たしかアレだ。オリンピックのボクシングに出る選手で、圧倒的な強さを見せた女子選手がいたが性別検査で男だと判定が出て、世界規模でバッシングされた話があっただろう。お前は知らないか?」
「言われてみれば、そんな奴がいたかもしれませんね。その後にどうなったかまでは知りませんが」
「そいつの試合映像なら俺も見たことがある。なるほど……」
スマホで羅刹院サラを調べだした八海内は笑いを漏らす。
「おい、大迫の言ったことはあながち間違いでもねえみたいだぞ」
「と、言うと?」
「あの女、たしかに人を殺している。男子とボクシングの試合をやってな」
「「は?」」
榎本と大迫が同時に訊き返す。それ見て、思わず八海内が笑いながら続ける。
「なんでそうなったかまでは知らんが、結局性別検査で男だと認定された羅刹院は男子との公式試合に出たらしい。それで一応はレフリーストップ勝ちだったらしいが、レフリーの静止を振り切って相手を殴り続けたら対戦相手が死んじまったんだとよ」
そこまで言って、八海内はM‐1グランプリの決勝でも見たかのように爆笑した。榎本も含み笑いをしているが、大迫は笑いのツボがどこにあるのか分からなかった。
しばらく笑い続けた後、八海内はようやく話を再開する。
「はあ、ふぅ……はっ、油断するとまた腹がよじれそうになるぜ。とにかくだ、その羅刹院っていう女は本当に強いらしいな。お前みたいなカスがどうにもならなかったのも納得は出来るぜ」
「ええ、まあ……」
フォローされたのか貶されたのか分からず、大迫はリアクションに困りながら耳を傾ける。
「じゃあどうしようか、こいつ。仲間に引き入れてもいいけど、榎本はどうする?」
「ご希望なら、この刀の錆にしてやってもいいところですが」
榎本はその場で日本刀を振り回す。以前に剣道部の顧問を斬り殺した時にも使った刀。目の前の怪しく光る刀は、本当に血を吸ったことがある。
「お前は人を斬りたいだけだろ? まあ、いいんじゃない。それでお前の気が済むなら」
「その役目、このあたしに任せてもらえませんか?」
ふいに場違いな少女の声が校長室に響いた。どこにも少女の姿が見えないので、榎本と大迫が戸惑い気味に周囲を見回す。
「美瑠、盗み聞きとはいい趣味だな」
「あ、やっぱりバレちゃってましたか」
八海内の視線の先にあった壁が捲れると、そこからピンク色をしたツインテールの小悪魔系少女が現われた。さっきまで気配も何も無かったので、榎本と大迫は驚いた。
田宮美瑠――くノ一の末裔であり、八海内の配下で動く一年生の女子生徒。身長は153cmと小柄ながら、その小ささを活かして隠密活動や破壊工作を手掛けるのを得意としている。
美瑠はわざとらしく左右に首を振りながら口を開く。その手には棒付きのキャンディがあった。
「もしかしたら、はじめから気付いていたんですか?」
「いや、最初からじゃない。アメの匂いで分かった。ここにいる三人は甘党じゃないからな」
「あーそれは不覚」
テヘっとでも言うように、美瑠は自分を小突く。あざといつもりだろうが、実際には見る者をイラつかせる効果があった。
「それよりですよ、八海内様、ちょっと聞いてくださいよぉ」
「なんだ、今は忙しいんだぞ」
「まあまあ、その羅刹院サラに関する情報を仕入れてきたんですから」
「そうか、それは何だ」
八海内は少々面倒そうに話を促す。
「あの羅刹院サラはですねえ、どうも女の子が好きみたいでして」
「……まあ、本当の性別は男なんだろう? だったら不思議でもないけどな」
「そうなんです。それで、アトムくんが鉄腕でボコられた時に、サラちゃんがこう言ったんです。『翔子ちゃんに手を出す奴は、死あるのみよ』って。あ、翔子ちゃんって言うのは、この前に転入してきた東雲翔子のことです」
美瑠はサラのモノマネを披露しながら、その時のセリフを再現した。
「これって、逆に言えばこういうことですよね。つまり、東雲翔子が羅刹院サラの弱点になるっていう」
「なるほどな。それで、どうするつもりなんだ?」
「ここであたしの出番になると思うんですけど、あの二人が百合カップルってことは、わたしが誘惑したら翔子ちゃんも『落とせる』可能性が高いってこと」
「ああ、まあ、たしかに」
「そこで、あたしにその役割を任せてくれませんか? こう見えてもあたし、色んな人たちからお金を巻き上げて『いただきミルミル』って呼ばれていたんですから」
美瑠は誇らしげに胸を張る。
「それじゃあ試しにお前が行って来い。上手くいったら……」
そこまで言って、八海内がフリーズする。これという成功報酬が特に思いつかなかった。
「はいはい、上手くいったら八海内様とのデートがいいですっ!」
「……そうか。なんか知らんけど、まあ一回ぐらいならいいぞ」
「やった! ワクワク……!」
「ああ、もう分かった。お前は面倒くさいからさっさと行ってこい」
「は~い♡ それじゃあ行ってきま~す!」
煙が上がるとともに、美瑠の姿は忽然と消えた。
「……本当にくノ一なんだな」
八海内は感心したように呟く。自称ではなく、本当にくノ一らしい退場の仕方で美瑠は消えていった。
「大丈夫なんですかね、あいつ」
「さあ、俺もよく分からない」
榎本に質問に、八海内はそっけなく答える。沈黙が部屋を支配しかけたところに、大迫が慌てて口を開く。
「そ、それじゃあこれで俺は……」
「ああ、そうだった。お前の処遇だけど、田宮が新しく出向くにしても、お前が俺の顔に泥を塗ったことは変わらない。それは分かるよな?」
「それは……」
「なあ榎本、こいつの始末は頼んだわ。俺はタバコでも吸ってくるから」
八海内は返事を待たずに190cmほどある巨体を執務机から持ち上げた。その言葉通りに、巨体をのっしのっしと動かしながら校長室を出て行く。
「そんな……」
大迫は言いかけて、目の前の光景に凍り付く。そこにいたのは、目を爛々と輝かせて日本刀を構えていた。
「あっ……」
日本刀の刃が迫ってくる。現実感の無い光景に、大迫は何も出来ずにただ立ちすくしていた。
校長室の中から絶叫が響く。八海内はその声を背後に聞きながら、表情を変えずにタバコに火を点けた。




