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粘着質なマレットヘアー

 屋上から教室に戻って来ると、不良たちがニヤニヤとした視線をサラたちに向けてきた。サラはまったく意に介さず、先ほどの乱闘でひどい状態になった教室を見回した。


 少し前に大迫たちと大立ち回りをしたせいで、あちこちで机が倒れて、物が散乱している。喧嘩は日常茶飯事のはずだから、誰が直しているのだろうと思っていた。


「遅かったなあ。屋上に行って女二人でヤってたのか?」


 教室に響く下卑た笑い。先ほどにノックアウトしたはずの大迫亜斗夢が復活していた。傷だらけの顔にはガーゼやバンドエイドが貼られているものの、その目つきは血走って復讐に燃えていた。まだ懲りていないらしい。


 周囲から少しずつサラと翔子を囲っていく不良たち。さっきよりも数が多く、あちこちから増援部隊を呼んできたらしい。


「保健室の先生には優しくしてもらえたのかしら?」

「言ってろ。これからはお前が保健室に行くことになる。いや、救急病棟かな」

「大したギャグセンスね。救いようのないバカだとばかり思っていたけど」

「フン、いつまでそんな強がりが言っていられるかな?」


 大迫が目で合図すると、十人を超える不良たちがサラたちを囲む。


「お前らの会話で知ったが、その女は東雲賢承しののめ けんしょうの娘らしいな」

「盗み聞きとはいい趣味ね」

「抜かせ。あんな会話をわざわざ教室でするお前が愚かなんだよ」

「あら、救いがたいバカにそこまで言われたら私もおしまいね」


 大迫の顔が怒りに歪む。眉間から額にかけて血管が浮かんでいるが、なんとか怒りを抑えながら口を開く。


「東雲賢承っていう政治家にはな、家族も含めてだいぶお世話になった」

「でしょうね。あなたみたいなゴミを社会から消すために活動していた政治家だから」

「ちょ……サラちゃん、それ以上は……」


 怯えた翔子がサラの制服を手綱のように引っ張る。大迫に何を言われても、サラはすべての言葉を全否定で返している。周囲は高校生のラベルが貼られただけの犯罪者に囲まれている。そんな中でこれ以上マレットヘアの大迫を刺激したくなかった。


 大迫は抑えつけた怒りで、今にも発狂でもしそうな顔になりつつも説明を続ける。


「令和の治安維持を題目に俺たちを社会から排除しようとした政治家の娘がここに来ていたなんて、こりゃあ神の思し召しとしか思えねえってもんだ。今からその女を徹底的にいたぶって、犯してから捨ててやる」


 翔子は自分がターゲットになったと知って怯える。たしかに東雲賢承は暴対法に引っかからない半グレや不良を街から一掃するために尽力してきた。実際にそれで治安も良くなったはずだが、それがこんな形で逆恨みされることになるなんて思いもしなかった。


 鬼哭開成高校に「送られて来る」ぐらいだから、こいつら不良の家族や友人もさぞ愉快な仲間たちだったに違いない。彼らの送った苦難の日々を思うと、感動で涙が出そうになる。


 実際に大迫らを虐げたのは現場の警官を含めた国家権力だろうが、どうせバカだから手の届くところにいる標的にしか注意が行かない。不運にもその矛先は、政治とは無関係な翔子になったわけだが。闘犬と言うよりは狂犬病に罹った野良犬たち。目の前の不良たちは、誰彼構わず噛みついて傷付けることだけが目標になっている。


 狂犬、大迫が血走った目で吠える。


「さあ、羅刹院サラ、その女を渡せ! 俺たちが、東雲賢承の娘にケジメを付けてやるんだ!」

「ザコがゴチャゴチャ言ってんじゃないわよ」

「はっ……?」


 サラの一言で、教室の空気が冷え切っていく。止まった時を動かしたのは、くだんのオーバーキラーだった。


「さっき叩きのめしたと思ったら、懲りるどころか勝てる相手にターゲットを変えたってこと? ダサ過ぎてヘドが出るわね」

「あの……サラちゃん、それ以上は……」

「思いっきりぶん殴ったから一周して頭が良くなると思ったけど、どうやら開頭手術して脳ミソを見てもらわないとダメみたいね。どうせ脳ミソの一部分もすでにレクター博士に食べられてるんでしょうけど」


 ――あ、終わった。


 翔子の脳内に心の声が響く。ついさっきの一言で、大迫たちとの和平は完全に無くなった。不良ではない翔子にもそれぐらいのことは分かった。


 ここまで言われて矛を収めろと言われても、不良という立場上それは不可能だ。度を越した侮辱は血によってしかそそげない。矛盾しているように聞こえるが、それが不良たちの中にある暗黙のルールでもある。


 当のサラはまるで気にせず、冷たい目で大迫たちを睨んでいた。


「それに」地獄の空気を生み出した張本人はさらに続ける。

「翔子ちゃんはわたしと付き合うことになったの。つまり、彼女に手を出す者は例外なく万死に値する。あ、バカだから意味が分からないか。要は翔子ちゃんに危害を加える者は全員殺すわ、例外無くね」


 サラはその場で高速シャドウを始める。ゾッとするような速度と切れ味のパンチが、冷え切った空気を切り裂いていく。


 もう、いっそ好きなだけやってくれ――そう思わせるほどサラは火に油を注いでいた。大迫だけでなく、配下の不良たちまでが怒りで歯をギリギリと鳴らしている。すでに本日二度目のバトルは避けられない空気になっている。結局こうなるのか。


 ――今日はもう帰れると思ったのに。


 ほとんどぼやきに近い心の声。その声はこの修羅場にいる誰にも聞かれることは無かった。

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