無双女子高生
不良生徒たちが羅刹院サラめがけて一気にかかってくる。
見たところ175cmぐらいで女子高生としてはかなり高身長のサラは、体を斜めに構えて、右手と右足が前に出るサウスポースタイルの体勢になった。その構えは隙が無く、ブレザーにプリーツスカートといった学生服を着ているのもあってか、奇妙な印象を与えた。
「死ねうらあああ!」
一人目の不良が正面から殴りかかる。パンチングマシーンでもやるみたいに、利き腕の右を思い切り振り抜いた。
だが、攻撃する時に声を出すなど愚の骨頂。それは「これから攻撃しますよ」と伝えているようなものだった。
サラは無表情で左方向へとわずかに体を沈めると相手の右ストレートが空を切るとともに左ストレートを振り抜く。バチンと派手な音がすると、強烈なリターンブローを喰らった不良は車にでも轢かれたみたいに吹っ飛んで気を失った。
「野郎……!」
パンチパーマとスキンヘッドの不良が並んでステップを踏む。サラはさりげなく机が背になる位置にまで移動して、背後からの攻撃が来ないようにしながら薄笑いを浮かべている。
「何がおかしいんだコラ!」
二人同時にカンフー映画よろしく飛び蹴りを放つパンチパーマとスキンヘッド。先ほど殴りかかった不良がパンチで倒されたので、蹴りで攻撃を仕掛けた方が安全だと判断したものと思われる。
「は?」
空中に浮いたままの二人が、同時に驚きの声を上げる。信じられないスピードで右方向に回りこんだサラは、空中で驚いたままのパンチパーマの顔面に右フックからのストレートを叩き込む。一瞬で放たれたカミソリのようなコンビネーションで、パンチパーマは気を失ったまま野次馬の生徒たちに突っ込んだ。
目の前から標的が消えたせいでただ着地するだけに終わったスキンヘッドは、態勢を立て直す間もなくサウスポースタイルからの右アッパー、そして右フックを叩き込まれる。
ガードの上から叩いたパンチにも関わらず、スキンヘッドは鼻と左目尻から出血が始まっていることに気付いた。
「マジかよ……」
思わず出る呻き声。ガードが無意味とばかりに肌を切り裂くパンチなんて聞いたことが無い。よく切れるパンチのことをカミソリパンチと表現するが、サラの放つパンチの切れ味は対戦相手にとって最悪の部類だった。
酷薄な薄笑いを浮かべるポニーテールのJK。その姿は邪悪過ぎる。ガードを下げて、いつでも来いと挑発している。花の女子高生が見せていい姿ではない。
生物的に、何もかも違い過ぎる――それが明らかでも、逃げるわけにはいかないのが不良という生き物だ。ましてやステゴロの喧嘩で女子高生に負けたなどといった不名誉な経歴が付けば、それを拭うのは一生かけても不可能になる。それはあまりにも耐えがたいことだった。
「う」目尻と鼻から血を流しながら、スキンヘッドの生徒が構えはじめる。
「うわあああああ!」
ヤケクソで声を上げながら、右を振りかぶって殴りにいく。こうなったら玉砕覚悟で闘うしかない。
刹那、サラが信じられないスピードで左ストレートから右フック、そしてさらに左ストレートを顔面にタタタンと打ち込んだ。あまりの速さに、それぞれのパンチは軽く触れた程度にしか見えなかった。だが――
その目から光の消えたスキンヘッドは、右の拳を振り上げたまま横倒しに回転して倒れた。仰向けになったスキンヘッドの顔は、鼻が潰れて顎もひどく歪んでいた。瞬く間に放たれたパンチが、哀れな不良の顔面を破壊しつくしていた。
「はい、次は?」
サラが煽るように言うと、金属バットを持った大迫の舎弟が殴りかかる。黒人の血が混じったハーフ顔の不良は、無言でサラの顔を破壊しにいく。相手が女だろうが、もうなりふり構っていられる場合ではなかった。
対するサラは冷静にバットの軌道を観察して、わずかに体の向きを変えるだけでバットの直撃を免れる。バットが床を打ち、激しい衝突音を発する。机の下に避難していた翔子は心臓が止まりそうになるぐらいに驚いて怯える。
恐る恐る視線を上げると、薄ら笑いを浮かべたサラの姿が映った。金属バットで殴られたら、その美しい顔も破壊されつくすに違いない。それどころか、命さえ落としかねない。
それなのにサラは嗤っていた。とてつもなく邪悪な微笑を浮かべて。
ハーフ顔の不良が、日本刀を持った侍のように金属バットを構え、ジリジリとその距離を詰めていく。勝負は一瞬で決まる。どうしてかその場にいたものは一様にそのような予感を覚えていた。
金属バットで突きの構え――と見せかけて、剣道のように浅い角度から顔面をとらえにいく。フェイント自体は悪くない。それでも今回は相手が悪かった。
サラはサイドステップで上段打ちの軌道から逸れると、一気に距離を詰めてから右構えに変わり、そのまま左フックから右ストレートを打ち込んだ。ハーフ顔はなんとか首をひねって直撃こそ避けたものの、ガラ空きとなった足にサラのカーフキックが入る。
筋肉や脂肪の少ないふくらはぎを狙うこの蹴りは、場合によっては一撃で相手を戦闘不能に追い込む。
ハーフ顔の不良は構え直そうとして、時間差でガクンと膝から崩れ落ちる。サラが追い打ちに放ったカーフキックは、ふくらはぎの筋繊維を一発で断裂させていた。
「あ、うそ、う……」
言い切る前に、サウスポースタイルからの左ストレートが口を塞いだ。最凶女子高生の一撃は、その意識を一撃で断ち切った。
血まみれのキリストみたいに床に転がった不良は、激しく胸を上下させながら気を失っていた。
「さて、使えない舎弟君たちはもう闘えないみたいだけど?」
サラがいたずらっぽく笑うと、マレットヘアの大迫は怒りで小刻みに震えながら口を開く。
「てめえ、こんなことをして許されると思ってるのか」
「許されるも何も、ザコが私に殴りかかって返り討ちに遭っただけでしょう」
「こんなことをして……八海内さんが知ったらタダでは済まないぞ!」
「誰よ、八海内って」
サラは呆れた顔で訊く。美しい指先は相手の返り血で濡れていた。
「とりあえずそんな奴は知らないわ。どうせその八海内って奴もろくでもない奴なんでしょ?」
大迫の方へサラが歩いて行く。モーセの十戒よろしく不良たちが大迫への道を空けていく。
「お、お前ら……! この、クソ! 誰か、あのクソ女を倒して来いよ!」
「あなたが闘いなさいよ。このゴミ」
殴る気満々で近付いて来るサラ。整った切れ長の目には、昏い光が灯っていた。
「うおおおおおお!」
雄たけびを上げながら、大迫が殴りかかる。どうして不良たちはこうも学習能力が無いのか。呆れながらサラは左ストレートから右フックを振り抜いた。ドッジボールを壁にぶつけたような音が響くと、構えたまま硬直した大迫が、時間をかけて横向きに倒れていった。
「終わったわ」
サラは机の下で呆然としていた翔子に手を差し出す。声は届いているのに、思考が完全に停止していた。目の前で手をヒラヒラと動かされると、ようやく思い出したように差し出された手を握り返した。
机の下から出てくると、教室は惨状そのものだった。今しがたサラに殴り倒された不良たちが、死体のように転がっている。翔子はその景色を呆然と眺めていた。
サラに助けてもらった礼を言うべきなのだろうが、声を奪われたみたいに言葉が出てこない。
「最悪の空気になったわね。気分転換に屋上にでも行きましょう」
今まさに教室を最悪の場所にした張本人は、どこ吹く風とばかりに翔子の手を引いて教室を出て行く。
その手を引かれる翔子は、とんでもない相手を友人に選んでしまったかもしれないと思っていた。




