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榎本狂太郎を追う

 最高に幸せな昼休みを終えると、サラと翔子は校舎へと戻るところだった。これからまたろくでなしたちの住む巣窟へと戻るわけだが、初めてここに来た時の絶望感はもう無い。


 今は愛しい人が近くにいて、その幸せのために生きていくことが出来る。世界中のどこにいても、そこを天国にするか地獄へと変えるかは本人次第だ。


 爽やかな風を心地よく感じながら、二人は手を繋いで芝生を歩く。


 これからはずっと幸せな時間が続いていく――そうは思いたかったが、胸に抱きかけた希望を挫こうとでも言うように、不穏な空気が流れはじめたのを察知した。


「なに、あいつら」


 サラたちの向こうに、いかにも番長らしい大柄の人間たちが悪趣味なヒーロー戦隊のように並んでいる。レッドの位置に立っているオールバックは、鼻筋のあたりに横一文字の傷があった。


 その手には竹刀――いや、鈍色に光る日本刀があった。レプリカからどうかはさておき、使い込まれた感のある汚れ具合は不気味だった。


 そのままUターンして帰りたいところだが、背を向ければ後ろから斬りつけられてもおかしくない。世間がどうあれ、法がどうあれここはそういう場所だ。


 怪しい五人のもとへ歩いて行くと、オールバックの男が自ら口を開く。


「羅刹院サラと、東雲翔子だな」

「誰なの、あんたら」

「俺は榎本(えのもと)狂太郎(きょうたろう)。鬼哭開成高校の副番長にして風紀委員。そして我らが総帥、八海内龍雲の右腕だ」


 一緒に並んだ4人の部下とともに、榎本はドヤ顔をキメた。どうせ昔の不良漫画にでも影響を受けているんだろう。自ら風紀委員を名乗る奴にロクな奴はいない。サラは冷ややかな表情で目の前の巨漢を眺めていた。


「私たちはこれから授業に戻るの。そこをどいてくれるかしら」

「授業に戻る、だと。笑わせるな」


 榎本は日本刀で目の前の空気を一閃する。その音を聞いたサラは確信した。これは模造刀などではなく、正真正銘の真剣だ。


「私たちに何の用なの、お侍さん?」


 真剣で脅されたからといって、サラは動揺など見せない。いつも通りの平常運転で、副番長のろくでなしを煽る。


「聞くところによると、お前たち二人は女子にも関わらず単なる友人を超えて恋人同士の関係を築いているそうだな」


 つい先ほどに翔子とイチャついていたことは把握されていたようだ。どちらにしても、恋人宣言をしたのだから後ろめたいことなど何も無いのだが。


 サラは鼻で笑って質問に答える。


「あら、それがどうしたの? あなた達だってこの学校ならどこでもハッテン場に出来るじゃない」

「言ってろ。俺たちは風紀委員であって、極めて健全な関係を保っている」

「この多様性の時代に何を言っているの? ツイッターでLGBTを差別して炎上でもしていなさいよ、ろくでなしのデカブツ」


 愛する二人の仲を悪しざまに言う相手に、サラは容赦無かった。榎本は冷静な表情だけは保ったが、額には大量の血管が浮かんでいた。


「そうか、やはり噂にたがわぬ問題児だ。よし、お前を連行する。風紀委員が直々に曲がった根性を叩きなおしてやる」

「断るわ。どいてちょうだい。さもなければ……」


 言い終わる前に、風紀委員の男たちがサラと翔子を取り囲む。


「さもなければ、どうするつもりだ?」


 榎本に訊かれた瞬間、サラは後ろにいた風紀委員の股間を蹴り上げた。ノールック金的をまともに喰らった大男は、銃で撃たれたような声を上げて倒れ込んだ。


「あなた達を残らず潰すわ」


 風紀委員の一人が怒声を上げる。


「卑怯者! 金的はあらゆる格闘技でも禁忌とされる卑劣な行為だぞ!」

「女二人を何人もの男で囲ったカスが偉そうに何を言っているのよ。今倒れた男子も、『たまたま』悪い場所にいただけよ。どっちにしても、私をどうにか出来る相手じゃない」


 サラが嗤うと、他の風紀委員がいきり立つ。


「てめえ、ぶっ殺すぞ!」

「こいつら、二人とも犯しちまえ!」

「生まれてきたことを後悔させてやる!」


 サラは榎本に向かって嗤う。


「さすが風紀委員ね。発言内容もご立派だこと」

「お前が挑発したからだろうが」

「沸点が低すぎるのよ、このサル」

「貴様、舐めるなあああ!」


 榎本が刀を横に一閃する。サラは怯える翔子の背中に手を当てて、一緒に伏せて身を低くする。背後に迫っていた風紀委員が日本刀の餌食になり、斬られた腕を押さえて叫び声を上げている。


「うあああ……! 痛ってえよ、榎本さん!」

「バカ、お前なに斬られてるんだよ」

「あんたが、やったんだろうが……」


 仲間割れ。想像していた以上に風紀委員たちは一枚岩になれていない。そもそもがごろつきの集まりなのだから、それも仕方のないことだが。


「ここでじっとしていて」


 翔子の耳に小声で囁くと、伏せた体勢から飛び出して、腕を切り裂かれた風紀委員にカーフキックを喰らわせる。ほとんど無防備な状況でふくらはぎを蹴られた大男はよろめき、膝をつきそうになったところで左ストレートから右フック、そして左アッパーの高速コンビネーションを喰らわせると気を失った。


「頭が悪いわね。同士討ちをするなんて」


 あっという間に三人になった相手をサラが煽る。翔子がいる分、標的が自分になるようヘイトを集める必要がある。複数人数に対して喧嘩を売ることが愚かなのには違いないが、待ち伏せされていた以上、バトルは避けられなかった。先ほどのわずかな会話で、サラはそこまで判断していた。


 組長であったサラの父は、一瞬の油断を突かれて複数名から暴行を受けて亡くなった。明らかに自分を殺そうとしている狂人を相手に和平を貫くのは難しい。むしろそれは自らの死さえ招きかねない。この場で生き残るには、襲いかかってきた男たちを速やかに倒すしか道はない。


 ひとまず囲まれてから三人同時の攻撃を許してはいけない。サラはトリッキーなステップを踏みながら、極力どの風紀委員にも背を向けず、かつ瞬間的にでも一対一に近いシチュエーションになるようなポジション取りをしていく。


 目の前で水溜まりのアメンボのように動くサラは、その動きだけで大男たちを圧倒する。変則的にカクカクと高速で移動する動きに、風紀委員たちは反応出来ていない。


 175cmの身長があるサラの動きには迫力があった。いかにもアスリート然とした体形の女子高生が素早く動き回るさまは、それだけで異様な迫力がある。


「はい、隙あり」


 一度サイドへと動いてからすぐ反対方向へのステップで戻ると、先頭にいた一人に死角からの右フックを叩き込む。


 テンプルを叩かれた大男は三半規管が揺れ、酔っ払いが踊るようにフラフラとよろめく。すかさず金的を蹴り上げ、ヒジを鼻に打ち込んでからアッパーで吹っ飛ばした。容赦ないコンビネーションで顎を砕かれた男は、あっという間に崩れ落ちて戦闘不能へと追いやられる。


 ――あと二人。


 榎本と名前も知らないリーゼントの風紀委員が身構える。榎本はともかくとして、リーゼントは膝が揺れていた。こんな規格外のバケモノと喧嘩をしたことは無かったのだろう。


 サラとしては一対一になりたいので早々にリーゼントを片付けたいところだが、日本刀を構えた榎本の存在が厄介だ。張り切って殺気を全開にする榎本は、少しでも隙を見せれば斬り殺してやると言わんばかりのオーラを放っている。


 サラはスカートの中に手を入れると、太ももに巻きつけたホルスターから特殊警棒を抜く。伸縮する黒い特殊警棒は、日本刀とまではいかなくとも小太刀ぐらいのリーチにはなる。


「そんなもので日本刀とやり合うつもりか」


 榎本が鼻で笑う。サラは表情を変えずに、ブルース・リーよろしく軽やかなステップを踏みはじめる。


「舐めるなあああああ!」


 いきり立った榎本が上段から斬りかかる。サラを脳天から真っ二つにでもするつもりらしい。


 文字通り必殺の一太刀が降ってくる。サラは冷静にサイドへとステップすると、高速で体を回転させてバックハンドブローの要領で特殊警棒を榎本の顔面に叩きつける。


 今しがた必殺の一撃を外した榎本。ガラ空きとなった顔面に、硬い特殊警棒が直撃する。頬骨の砕ける感覚。榎本は思わず痛みに顔を背けた。


 ――今だ。


 敵に背を向けるなど言語道断。そのような隙をサラは決して見逃さない。頭を抱える榎本を背後から特殊警棒で滅多打ちにする。背中だろうが首だろうが関係ない。空いている場所であれば、致命的な一撃となるべく叩き続けた。


 と、その時サラの背中に衝撃が襲う。


 榎本を倒しに行っている間に、ガラ空きになった背中をリーゼントが蹴り上げていた。


 思わず特殊警棒を落としたサラは、膝をついてリーゼントを睨む。不意打ちを喰らわせたのに、ひどく怯えた顔をしていた。


 後ずさる風紀委員。もう遅い。不意を打つなら、後頭部に鈍器を一撃とでもしておくべきだった。


 サラの怒りで、空気が揺らめく。陽炎のように美少女を取り囲む空間が歪んでいた。


「ひいっ……!」


 逃げようとしたリーゼントに、サラが飛びつく。背後から子泣きじじいのように抱きつき、全身の力を抜く。大男よりもずっと軽いはずなのに、脱力による石のような重さでバランスを崩す。


 背後から回された腕が、頸動脈に食い込んでいく。サラのバックチョークがリーゼントの酸素を根こそぎ奪っていった。


 目を見開いて、空を切る指。口の端からよだれを垂らしながら、締め落とされた風紀委員は気を失った。


「運のいい奴」


 サラは気絶したリーゼントに向かって呟く。その言葉の通り、倒れた男はバックチョークで気を失っただけで、頭蓋骨が陥没したわけでもなければタマを潰されたわけでもない。便宜上に素早く締め落とされただけだ。


 はっとしてサラが振り向く。


 背後から不意打ち――は無く、走り去る榎本の背中が見えた。


「やりやがったわね」


 サラは思わず毒づく。


 榎本はただサラから敗走したわけではない。


 その腕には、気を失った翔子が担がれているのが見えた。


 落とした特殊警棒を回収してから追いかけると、逃げ出した副番長の背中を追う。榎本は体育館に向かっているようだった。罠かもしれない。だが、翔子を攫われた今、そんなことも言っていられない。


「追い付いたら殺すから」


 自らの追う背中に向かって、サラは物騒な言葉を吐いた。

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