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百合バカップル

「誰にも邪魔されないで一緒にいられるって最高ね」


 二人で昼下がりの公園を散歩する。鬼哭開成高校は閉鎖的な監獄ではあるものの、その施設内に公園が隣接している。これはカースト下位の生徒たちが不良から逃れるためのヘイブンとしても機能している。


 公園の内部には草原があり、後は簡易的なベンチとあずま屋があるだけだ。手の付けられない不良たちにそれ以上のオプションは付けられない。


 不良にとっては退屈極まりない場所というのもあってか、日向になるこの公園だけは、泣く子も黙る鬼哭開成高校で唯一治安が良い場所になっていた。


 サラと翔子がしているのは、端的に言えばデートだった。屋上でランチでも良かったが、今までの経験上、屋上に行くとロクなことがない。結果としてあまり知られていない校舎に隣接した公園で自由な時間を過ごすこととなった。学校としては放牧地の範囲内であれば、子飼いの猛獣がどれだけ移動しようが関係ない。


 田宮美瑠との死闘から明けて、サラは上機嫌だった。手を繋いだ翔子は照れ臭そうに顔を赤らめながら前へと進んでいく。


 思えば美瑠に連れて行かれてからは大ピンチだった。訳の分からない媚薬を舐めさせられた上に、体が麻痺しておかしな感じになっていた。


 美瑠が本当は男性だったことも驚きではあったが、あのままサラが助けに来なければ屋上で処女を散らされていたはずだった。それを思い出すとゾッとする。


 それもあってか、ピンチになって助けに来たサラとは一層絆が深まった。これまでの人生で、ここまで短期間に親密度が上がった相手はいなかったはずだ。


「それじゃあ、あそこでお昼にしましょう」


 サラが翔子を連れてベンチまで行く。ランラン気分で席に座ると、お互いの弁当を交換して食べさせあった。


「翔子ちゃん、あーん」


 ベタな恋人の儀式が始まり、翔子は苦笑いする。普段クールなキャラで固めている分、二人きりでいる時はサラも甘えたいのかもしれない。


 サラの差し出したウインナーを口にすると、切れ長の目でじっと口元を見つめられる。それだけで顔が熱くなった。


「そんなに見つめられると、こっちが恥ずかしくなっちゃうよ」

「大好きな相手がウインナーを食べる貴重な瞬間だからね。じっと見つめたくなってしまうのも理解出来るでしょう?」

「その言い方って」


 翔子は思わず笑った。サラが珍しくオッサンみたいな下ネタをぶっこんできた。来た当初には氷のような女という印象を受けていただけに、そのギャップを見せられると笑ってしまう。


 翔子が食べ終わると、サラはキス待ちの顔みたいに目を閉じている。いじわるな気持ちが湧いてきて、翔子もウインナーを箸でつまむとサラの口に運んだ。サラは舌先でウインナーの先端をチロチロと舐めると、それからズズっと吸い込むように口へと運んだ。


「サラちゃん、食べ方がなんかいやらしい」

「気のせいよ、翔子ちゃん。普段からそんなことを考えているからいやらしいなんていう発想になるんじゃないの?」

「でも、わたしがなんで『いやらしい』って表現を使ったのかは理解出来たんだよね?」

「バレたか。おぬし、やるのう」


 数秒の間を置いて二人で噴き出した。しょうもないことでゲラゲラと笑い合う、正真正銘の百合バカップルだった。


 食事が終わると、誰もいない日当たりのいい芝生に並んで寝転んだ。風が心地よく、太陽の光が肌に染み込んでいく感覚は気持ちのいいものだった。


「なんだか、幸せね」

「そうだね」


 青い空に輝く太陽を見つめると、それだけで人生を祝福されたような気分になる。校舎の中があまりにも無法地帯なので、余計にそう感じるのかもしれない。


「サラちゃん、ありがとうね」

「ん」

「田宮さんにわたしが連れて行かれた時、サラちゃんが助けに来てくれたじゃない」

「そうね」

「あそこで来てくれなければ、わたしは好きでもない相手で初めてを経験するところだった」


 実際に全身の麻痺する媚薬を盛られた翔子は、挿入されるまで秒読みだった。あのような形で初体験を迎えれば、それは相当なトラウマになったに違いない。


「田宮さんが田宮……君? って分かった時にはもう遅かった。全身痺れて、薬のせいなのか体も熱くなっていて、なんだかもうどうなっちゃってもいいやみたいな感じになっていたの」

「うん」

「だから、そんな窮地で助けてくれたサラちゃんは本当にわたしのヒーローだなって。心からそう思えるようになったの」

「うん」

「だから、もし誰かに初めてを捧げる瞬間があるなら、それはサラちゃんがいいなって」


 そこまで言われた時、思わずサラは上半身を起こして翔子を見ていた。


「……本当に?」

「うん、本当だよ。サラちゃんが初めての人だったら、わたしはきっと幸せだなって」


 翔子は特に努力も何もせずにその言葉を吐いていた。


 ここに来る前、自分は「ノーマル」な人間だと思っていた。それがサラから求められるにつけて、本当の自分は「こっちの方」の人なんじゃないかという気分に変わりだした。


 その気持ちは田宮美瑠の魔手から助けられた時により強固になった。


 ――わたしは、サラちゃんのことが好き。


 男だとか女だとか関係なく、ただそれだけが辿り着いた答えだった。


 きっと、結論に辿り着いた過程はシンプルだった。誰よりもサラは、翔子のことを守ろうとしてくれた。誰にも守ってもらえなかった翔子にとって、潜在的に求めていたナイトの資質をサラが持っていたというだけの話だろう。


「サラちゃん、ここで一つお知らせがあります」


 芝生に寝転がった翔子が空を見上げながら言う。


「今のわたしは、サラちゃんにシビれて動けません。つまり、今のわたしは無防備です」

「うん」

「だから、今ならキスとか、もっと先のこととかもやり放題だぞってことを伝えたいと思います」

「何それ」


 思わず笑いながらも、翔子の「アナウンス」に体が疼いた。


「それなら、王子様のキスで目覚めるかな?」


 目を閉じた翔子に顔を近付ける。挑発したくせに、顔が赤かった。唇を重ねる。ふんわりとした感触。もう一度キスをした。さっきよりも長く。それは何度も繰り返されて、だんだん湿った音を発しはじめる。


 ぐちゃぐちゃと響く唾液の音。唇を離すと、二人の唇に糸が引いた。サラはその糸を舌で舐め取った。


「ねえ、王子様はそんなキスはしない」


 翔子が顔を赤らめて言う。サラはいたずらっぽく微笑む。


「でも、目は覚めたわよ」

「そうだね」

「これは愛の力?」

「そうじゃない?」

「私としてはまだ寝ていてもいいけど」

「えっちなことをされそうだからダメかな」

「あら、残念」


 軽口を叩き合ってから翔子が上半身を起こす。もう一度キスをした。抱きしめ合うと、お互いの鼓動がよく聞こえた。


「この先も私のこと、ずっと好きでいてね」

「うん、約束するよ。サラちゃんはわたしの友達で、王子様で、ずっとずっと愛しい大切な人」


 蒼穹の下で、百合の花が咲く。


 眩い陽光に照らされる百合は、この荒廃した地に咲いた未来への希望だった。


 愛し合う二人は、この先もずっとこの想いが消えないことを確信していた。

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