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ディープ・グレイ

 ――校長室。


 鬼哭開成高校の番長である八海内(やみうち)龍雲(りゅううん)とその右腕である榎本(えのもと)狂太郎(きょうたろう)は、再び集まって密談を行っていた。


「田宮美瑠がやられたか。おい、狂太郎。面白いことになってきたな」


 八海内の顔には熊と闘った時に付いた大きな傷がある。そのすごみのある相貌もあいまって、にこやかに笑う姿さえも常人には恐怖を与える。


 それに対して時代錯誤の日本刀を持ち歩き、オールバックに鼻の上に一文字の傷がある榎本は険しい顔だった。


「正直、驚きました。まさか田宮がやられるなど……」

「そうか? 俺はいくらか予想していたけどな。田宮も相当な手練れだったが相手が悪かった。羅刹院サラは間違いなくバケモノだ。アマチュアボクシングの世界選手権に出て全部KO勝ちで優勝だぞ? そんな奴が今までいたか? ありえねえよ、そんなこと。あのトーナメントには各国の国内王者が参加してくるんだ。2ラウンド目になったらパンチが当たってもいないのに倒れてくれるタイ人が混ざっているわけでもない。世界の並み居る強豪たちを高校生の一年坊主が片っ端から倒しちまったんだ。ドーピングを疑われても仕方がないよな」


 どちらかと言えば、八海内は身近に現れた脅威を賞賛しているように見えた。榎本はどうリアクションしていいものか迷う。


「たしかに、あの女は強いですが……」

「まあ、いいだろそんなことは。それで、田宮はどうなったんだ?」

「なんでも破壊された自分の顔を鏡で見て発狂したそうで、今は拘束衣を着せて閉鎖病棟に閉じ込めている状態です。鎮静剤も投与しているそうですが、廃人のようになっているという報告が上がっています」

「まあ、見た目のかわいさしか取り柄が無かったからな。魔法の国からお薬で夢の国へ行っちまったか。どっちもろくでもねえと思うけど」


 八海内は大したことも無さそうにタバコに火を点けた。しばらく紫煙を堪能して、それから口を開く。


「ところでよ、あの羅刹院サラだっけ? あいつ、俺知ってるんだよね」

「マジですか?」

「そうなんだよ。俺がここに来る前、ディープ・グレイっていう半グレ組織を作ってたんだけどさ」

「八海内さんが昔立ち上げて、今は解散しているあのディープ・グレイですか?」


 榎本が思わず訊き返す。ディープ・グレイと言えば、当時15歳の八海内が中心となって立ち上げた伝説の半グレグループだった。当時から暴走族のヘッドを務めた八海内は、ただの不良の集まりからもっと組織化された犯罪者集団を結成しようともくろんだ。


 集められた不良たちでクラスメイトを使った援助交際の「ビジネス」を始め、それを皮切りにして私刑代行や薬物の運び屋、恐喝に賭博など、少年犯罪の枠を超えた組織的犯罪に手を染めていった。ディープ・グレイは段階を経て闇のネットワークを拡張し、手の付けられない犯罪者集団へと成長していった。


 所詮はガキの集まりだろうとディープ・グレイにちょっかいを出した不良たちは、八海内の圧倒的な暴力に屈してその配下となっていった。まさか目の前に立つ山のようにでかい男が当時中学生だとは誰も思わなかったに違いない。


 このまま日本一の準指定暴力団へと成長するかと思いきや、その終焉は意外にも早く訪れた。


 縄張り争いでヤクザとの抗争を繰り広げ、対抗勢力の組長を襲撃したのをきっかけにディープ・グレイの取り締まりが強化された。暴力団組長殺害の首謀者がたったの15歳であった事実は日本中を震撼させた。


 八海内は少年法に守られて無罪となり、扱いに困った国はこの怪物を鬼哭開成高校と名付けられた刑務所に放り込むことにした。


 だが、暴君はどこへ行っても暴君だった。八海内はすぐにすべての不良を腕づくで配下にして、この刑務所のような学校で王となった。この部屋を追い出された校長がどこへ行ったのかは八海内も知らない。


 八海内は紫煙を吐き出す。


「まあ解散つってもな」八海内は榎本の言葉を受けて言う。

「今は俺がいないからディープ・グレイが運転していないっていうだけの話で、俺が出て行ったらまた稼働するけどね」


 見た目はどうあれ、数字上なら未成年の八海内は少年法で守られている。組長殺害事件の首謀者とは言われているものの、実行犯ではなかった分、その責任も不明瞭だった。そういった背景もあって実質的に無罪に近しい判決が下され、ここ鬼哭開成高校に閉じ込められている。


 ここから動けなくなってからも、日々の筋力トレーニングは欠かしていない。アナボリックステロイドを接種しつつ、元々大きかった肉体をさらに肥大化させている。日本刀を持っている榎本でさえ、執務机から立ち上がった八海内の威容には圧倒されるほどだ。


「ディープ・グレイがタマを取ったヤクザってさ、あいつの父親らしいんだわ」

「……本当ですか」

「ああ、本当だ。羅刹院サラは知らないだろうけど。運命っていうのは不思議なものだよな」


 八海内は遠い目で言う。


「まあ、それでもあいつは何も知らないと思うけどな。あいつのオヤジを殺した相手についても警察からはろくに聴いていないんじゃないか。俺は羅刹院サラのことは知っているけど、おそらくあいつは俺のことは知らされていないはずだ。少年法があったからな」

「そうですか……。それではどうしますか? あの女はさっさと始末するに限ると思いますが」

「まあ、そうだな。そろそろ俺たちも出ていくか」


 八海内は紫煙を吐き出して、傷だらけの顔で口角を上げる。


「羅刹院サラは強敵ではありますが、八海内さんが出て行くまでもありません。この榎本狂太郎が、あの女をこの刀の錆にしてやります」

「そうは言うけど、お前は人間を斬ってみたいだけだろうが。このイカれ野郎が」


 榎本はそう言われて嬉しそうに嗤う。八海内の言う通り、榎本は人を斬ることに夢中になっていた。


 ただ「気に入らない」というだけの理由で剣道部の顧問を斬り殺して逮捕された榎本は、有名政治家の息子であったことから精神疾患による責任能力無しの判定を勝ち取り、何不自由なく鬼哭開成高校で日本刀を持ち歩いて生活している。


 治外法権でありながら無法地帯でもあるこの高校は、ろくでなしが一人斬り殺されたところで大した騒ぎにはならない。ほとんどの生徒は家族がいないか、いたとしても見捨てられている。そんな奴らを殺したところで誰もその先を気にかけたりなどしない。


 八海内はツーブロックの頭を撫でながら言う。


「まあ、いいよ。お前があの女を斬り殺したいんだったら」

「ありがとうございます」

「あ、でも、殺す直前にはあいつに言ってやれよ。お前の『オヤジ』は俺が殺したってな。死ぬ前にさらなる絶望へと突き落とすのもなかなかオツだろ」

「それは確かに。分かりました。そうしましょう」


 榎本は日本刀をぶら下げたまま部屋を辞去した。


「さて、どっちが勝ちますかねえ」


 執務机に足を載せた八海内は紫煙を吐き出す。


「俺としては、さっきのセリフを自分で言ってみたいところだけどな」


 決して榎本には吐かないであろうセリフを口にすると、八海内はおかしくなって一人で笑っていた。吐き出された紫煙は、空気に混ざって見えなくなった。

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