サラの罪
――鬼哭開成高校に送られてくる少し前。
性別検査でXYの染色体が出たためにアマチュアボクシングの世界から追われたサラは、プロの舞台で協会の了承を得て男子選手との試合を行った。
過去にトランスジェンダーの男性が男子のボクシング興行に出場したことはあったが、そのトランスの男性は女子の時、すでに世界王者だった。前例があったとはいえ、サラの試合が認められたのは異例中の異例だった。
とはいえ、世界はよくも悪くも、どのような立場の人々にもチャンスを与える風潮になりだしている。実際には公平さなどクソほどもないのだが、時々こうやって人気者をかつぐことでそういった平等さをアピールすることはままある――それが誰のためかはさておいて。
サラの美貌に惹かれてか、それとも単に物珍しさで来ただけなのかは知らないが、ある種「禁忌の試合」となった興行はチケットの争奪戦が発生するほど話題になった。
一応公式と銘打った試合は、炎上系の動画配信で知られていたシバキングという名前の対戦相手と行われた。
シバキングは不良からボクサーになった典型的な例で、試合前に対戦相手を過剰に挑発したり、誹謗中傷にほど近いコメントを公然と呟いて炎上とともに人気を築いてきた選手だった。
実際にリングでの実力があったからシバキングは有名ボクサーになれたのだが、台本というよりは天然と思われる素行の悪さや暴言、時々思い出したように逮捕される悪癖を持ったままキャリアを築いていったため、試合のたびに放送事故まがいの事件が起こることもしばしばだった。
期待を裏切らずシバキングは動画でサラに向かって悪口を超えた誹謗中傷を浴びせ、「あいつは本当が男だと知っていてタマ無しだから女子の試合でキンタマの代わりに金メダルを獲りにいった」とまで発言しており、大炎上したその動画は桁違いの再生数をたたき出した。
記者会見や計量の時点からも高校生のサラに挑発を繰り返したシバキング。フェイスオフで生卵をぶつけられた時に、サラはすでに決めていた――こいつを殺す、と。
実際の試合ではサラが初回から圧倒して、シバキングを血ダルマにした。
カミソリパンチはプロの舞台で一層タチの悪さを発揮して、シバキングの顔面をこれでもかと切り裂いた。
サラはシバキングから何度もダウンを奪うが、血ダルマになったシバキングは男子の矜持か「こいこい」と挑発を繰り返した。それがどれだけ愚かな行為なのか、シバキング本人だけが気付いていなかった。
「もう、終わらせてやれ」
セコンドは「あいつのために」とは言わなかった。
ラウンド開始のゴングが鳴る。サラはゆっくりと歩いて行く。リング外での侮辱は、閾値をとっくに超えていた。言いかえれば、サラはシバキングを赦すつもりなどさらさらなかった。
切り傷と血だらけになった顔で挑発を繰り返すシバキング。どこまでも救いがたい、愚かな男。その顔にナイフにも等しい切れ味のジャブを叩き込んでいく。
傷がまた深くなる。顔は血で覆われて、レフリーが止める機会を窺う。止められる頃合いを寸断するように反撃するシバキング。だが、その反撃もすぐカウンターの餌食になる。
膝が落ちる。動きが止まったところに、ワンツーからのフックが直撃する。
終わった――崩れ落ちる前に硬直したシバキングを見て、誰もがそう思った。
だが、サラは決して赦さない。崩れ落ちようとしているところをアッパーで立たせて、そこからさらに連打を叩き込んでいく。歓声はとっくに止み、それは悲鳴へと変わっていた。
「ストップ!」
ラッシュを仕掛けたところでレフリーが割って入った。
手を止めれば誰からも賞賛されたはずが、シバキングから目に余る侮辱を受け続けたサラは、レフリーの静止ごときで止まらなかった。
「お、おい……」
誰ともなく発した声。それは、会場全体の戸惑いを象徴しているかのようだった。
サラの眼が、怒りで真っ赤に染まっていた。
二人の間に割って入ったレフリーごと殴り倒し、鬼神のような勢いで左右の連打を叩き込んだ。試合終了を知らせるゴングが何度も鳴らされたが止まらず、怒って乱入してきたセコンドも殴り倒して大乱闘へと発展した。
結局会場にいたジムメイトも含めて総がかりで助けに入り、動きを封じられたサラは激しい怒りをぶちまけたまま強制的に退場させられた。試合はノーコンテストになった。
これはプロレスか何かの「ブック」ではないのか――ほとんど願望にも近い思いを、誰もが抱えながらも口にすることは出来なかった。
控え室に連行されたサラは、興奮した猛獣のようだった。何人もの人間が強力して、たった一人の「女性」を取り押さえないといけなくなった。
「あいつ、殺してやる! 絶対に殺してやる!」
控室の廊下に猛獣のような声が響く。試合が終わった選手たちは、逃げ出すように控室を後にした。
関係者から落ち着くように諭されている最中に、サラは先ほど倒した相手が救急搬送されたことを知った。
サラのパンチを受け続けたシバキングは、意識を失ったまま目を覚まさないとのことだった。おそらく開頭手術が必要であろうことも。
それを聞かされた時に、はじめてサラは大人しくなった。血の気が引いて、先ほどまでに溢れていた怒りは嘘みたいに消えてしまった。
嫌な予感がした。あれだけ殴られて、耐えられる方がおかしい。嫌な予感は焦燥感へと変わっていき、諦めから無気力に変換されていく。
深夜の搬送先で、手術の甲斐も無くサラと闘ったシバキングは命を落とした。




