媚薬
屋上には誰もいなかった。
田宮美瑠は、ピンク色のツインテールを揺らしながら翔子の前をスキップして歩いて行く。
「美瑠ちゃんってかわいいんだけど、なんか怖いんだよね」
美瑠本人には聞こえないほどの小声でひとりごちる。翔子は友達が増える嬉しさとともに、胸に巣くう言い知れぬ不気味さも感じていた。
美瑠は見た目の通り小悪魔的なキャラであり、油断すれば寝首をかかれそうな何かを感じる。それが何かと言われると説明がつかないが、彼女の賞賛や友好的な言葉の裏には、常に何らかの裏があるような気がしてならなかった。
屋上に着くと、そこで設置されたベンチに並んで座る。美瑠は棒付きキャンディをペロペロと舐めていた。
「美瑠ちゃんって、よくアメを舐めてるよね」
「うん。口が寂しくなると大体これを舐めてるかな。ほしい」
「……うん、それなら」
翔子がそう言った刹那、美瑠は自分の舐めていたキャンディを翔子の口に突っ込んだ。
「……!」
「どう? おいしい?」
どうリアクションしていいか分からず、数秒間フリーズした翔子は恐る恐る舌を動かした。何の変哲も無いアメには違いなかったが、明らかに美瑠の残したぬくもりがあった。
最初こそ驚きで味がしなかったものの、数秒すると味覚が戻ってきた。バナナ味みたいだった。
「うん、まあ……」
「本当に? なんか、そんなにおいしそうに見えないんだけど」
「そ、そんなことないよ!」
慌ててキャンディの棒をつまんで弁明する。細い唾液の糸が伸びているのが見えて、翔子は顔を赤くした。
「そう。じゃあ、もっとあたしの前で舐めて見せて」
意味深なセリフを言いながら、美瑠はじっと翔子の目を見つめる。男女構わず誘惑しそうな小悪魔に見つめられると、それだけで体が熱くなってくる。
翔子は言われるがままにキャンディをペロペロと舐めてみせた。美瑠は翔子の舌が動くさまを興味深そうにじっと観察している。
「じゃあ、そのアメはあげるよ」
美瑠はもう一つの棒付きキャンディを取り出すと自分で舐めはじめる。翔子は「もう一つあったのかよ」とも言えず、複雑な表情でアメを口の中で転がし続けた。
何を話してもいいのか分からず無言でアメを舐めていると、先に美瑠の方から口を開きはじめた。
「翔子ちゃんってすごくかわいいよね」
「そ、そう……? ありがと」
「なんて言うかさあ、守ってあげたいって思わせるいじらしさがあるよね。サラサラが翔子ちゃんラブな理由もちょっと分かるかも」
「そうなんだね。はは……」
会話がまったくかみ合わない。どうしてこの小悪魔に気に入られたのかも、翔子にはさっぱり分からなかった。
今日は気温が高いのか、体が熱く感じる。全身がほてって、何だか変な感じだ。心なしか息遣いも少し乱れてくる。
「あの、美瑠ちゃんはここの男子生徒たちと上手くやれているの?」
「うん、それはね。一応、どこ行ってもカーストで上の方にいたし」
「そうなんだ。わたしとは大違いだね」
「そうなの? こんなにかわいいのに?」
「ありがとう。ここに来る前は調子のいい時もあったんだけどね。知っているかもしれないけど、わたしの父親って政治家でさ。父が政変で逮捕されて……それから、色々とあったの」
翔子は簡単に身の上話をするが、サラの時ほどは詳しく話す気にならなかった。それはどこか防御反応もあったのかもしれない。
「翔子ちゃん、本当に大変だったんだね」
美瑠は翔子を抱きしめる。美瑠の体から、蠱惑的な香りが漂ってくる。抱きしめられると思わず変な声を出しそうになった。
「ねえ、翔子ちゃん」
美瑠は翔子の目の奥を覗き込むように言う。
「ああいう不良の男子たちっていうのもね、ちゃんと女の武器を使うと簡単にコントロール出来るんだよ?」
「そうなの。だから……」
美瑠はふいに翔子の唇を奪うと、舌を絡ませながら全身をまさぐっていく。
「ちょっと練習してみよっか」
「み、美瑠ちゃん……?」
戸惑うのも気にせず、美瑠の細長い指は翔子の体を怪しい手つきで撫でさすっていく。ただ触られているだけなのに、指の感触が電気みたいに全身へと走っていく。体が熱くなって、理性が破壊されそうな気がした。
「あたしはねえ、くノ一の末裔なの」
翔子の体をいやらしく撫でながら美瑠が口を開く。
「くノ一にはねえ、単に忍術で敵を欺くだけじゃなくて、色気でとろかす技もたくさんあるの」
知らぬ間にブラウスのボタンを外していた美瑠は、その内側をさらに手でまさぐっていく。翔子はそれを止めようにも、体の奥から沸いてくる熱で気がおかしくなりそうだった。
「熱いでしょう? なんかドキドキするでしょう?」
翔子の首筋に息を吹きかけながら、美瑠が妖艶に囁く。
「さっきのアメ、媚薬が入ってるんだ」
「……!」
美瑠は酷薄な目で微笑むと、翔子のスカートの内側に手を滑らせていく。
「あ、そんな……ダメ……!」
「そうなのかな~? だって、体は嫌だって言ってないよ~?」
細い指先が小さく振動すると、翔子の体は激しく波打った。媚薬の効果なのか、それとも美瑠の指使いなのか。どちらにしても、電流のように流れ込む快楽で脳が焼かれそうだった。
「あたしねえ、誰かの恋人が幸せそうにしていると、それを奪って自分のものにしちゃいたくなるんだよね」
指を動かし続けながら美瑠が言う。蠱惑的な瞳の奥には、隠しきれない残忍さが息を潜めていた。
「あんなに幸せそうだったのに、それを『もう興味が無い』っていうぐらいにまでお薬とセックスでダメにして、それから捨てるの。そうするとねえ、すっごく楽しくて、満たされる気がするの」
「そんな、ことして……あっ……!」
「どうしてだろうね。自分でも分からないよ~。だけどさ、今こうして翔子ちゃんもダメになりかけているところじゃない? こんなに清楚なコが快楽堕ちなんて、想像しただけでもゾクゾクするもん」
平時ならぶん殴ってやりたくなるような発言でも、脳へと流れ込んでくる快感物質がそれを許さない。理性を消し飛ばされ、視界が白くなっていく。さっきのアメだけじゃなく、指にも何か薬を付けているらしい。
体が熱くて、とろけそうだった。それはサラの時とはまた違う、強制的に肉体が快楽に乗っ取られるような感覚だった。
「さて、そろそろ挿れちゃいましょうか」
美瑠はそう言って自らのスカートに手を入れると、そのまま下着をずり降ろした。
「えっ……」
スカートの中が一瞬だけ見えて、翔子は思わず絶句する。美瑠は酷薄な目をしたまま、ニコニコと嗤っていた。
「何を驚いているの? ここに来る前に言ったでしょ。『先っちょだけにしておく』って。まあ、奥まで挿れちゃうつもりだけど」
美瑠のスカートを持ちあげるそれは、女性には付いていないはずのものだった。
爆上げされた快楽とともに、寒気を全身が襲う。もっと慎重になるべきだった。この学校に来た「女の子」が、まともな女子生徒であるはずがなかった。
「それじゃあ、これから『本番』をはじめましょう」
出会った時と変わらない蠱惑的な顔。小悪魔の微笑みが、今はとても邪悪に見えた。




