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殺人鬼の転校生

「どうしてこうなっちゃったんだろう」


 東雲翔子(しののめ しょうこ)は溜め息をついた。少し前まではごく普通の高校生活だったというのに、人生の気まぐれというやつはどこまでも残酷だ。


 周囲を見渡すとツーブロックにスキンヘッド、学生服の首元から刺青を覗かせている男子も珍しくない。誰もが鋭い目つきで、周囲の人々を無暗に威嚇している。どいつもこいつも、少し前までは縁の無いタイプの人間たちだった。


 大物政治家、東雲賢承(しののめ けんしょう)の一人娘として生まれた翔子は、幼少期から何不自由ない豊かさの中で育て上げられた。


 ショートカットに大きな瞳。ナチュラルなアイドル顔は、ただ生きているだけで賞賛の的となった。優等生で美少女、そして家柄も良い――まさに絵に描いたような主人公の道のりが目の前に続いていた。だが、運命の女神とやらはふいに気まぐれを起こしはじめた。


 生まれながらの主役ロードから皇族も通う私立高校へと進学したまでは良かったが、父親の東雲賢承が政治スキャンダルで逮捕されてから人生は一変する。


 父の賢承は暴力団の撲滅だけでなく、半グレや不良外国人など、日本の治安を乱す犯罪者の取り締まりに尽力してきた。そのために日頃から法令作成や議員連盟の立ち上げなど精力的に活動してきたが、有名週刊誌から自分の取り締まる半グレ集団との癒着をリークされた。


 実際のところ、東雲賢承自身にはまったく身に覚えのないスキャンダルだった。それなのに、あちこちからタイミングよく証拠が出てきては身内の人間が不可解な迅速さで逮捕されていく。


 ほとんど証拠も固まっていないのに状況証拠のみで進んでいった捜査の結果、東雲賢承は特定の半グレ集団や特殊詐欺の胴元に利益供与をしていた疑いを持たれて逮捕されるに至った。


 記事はでっち上げもいいところだったが、SNSの海にはピラニアのような正義マンがウヨウヨ泳いでいる。結果として、いつものように東雲賢承は何の考証もなく叩かれ続けた。


 皇族も通うお嬢様高校に犯罪者の子供の居場所があるはずもなく、翔子は別の学校へと転校を余儀なくされた。その時も各方面から「謎の圧力」がかかり、どこからも東雲翔子を受け入れたいという高校は出てこなかった。


 そこで迷える翔子に手を差し伸べたのは、親を週刊誌に売ったと言われる寝業師の政治家だった。その政治家の手引きで、翔子は鬼哭開成(きこくかいせい)高校へと籍を移すこととなった。


 名前だけ見れば進学校にも見える高校は、実際のところは悪党の巣窟と化したはぐれ者たちの隔離場所であった。


 本島から離れた場所に建設された鬼哭開成高校は「脱獄不可能」と言われたアルカトラズ刑務所さながらで、離島に特別支援学校の延長として建てられた「学校」は、どちらかと言えば社会復帰があまりにも困難な凶悪犯罪に手を染めた少年少女を世間から隔離しておくための場所として機能していた。


 上流階級の生徒しかいない私立高校から鬼哭開成高校への転校が決まったのは、もちろん東雲賢承の娘への嫌がらせが目的だった。


 犯罪者の巣窟と言っても過言ではないこの場所では、いつどこで何が起こっても不思議ではない。流血沙汰など日常茶飯事で、毎日誰かがぶちのめされては血を滴らせて床を這いまわる。


 翔子がこの学校に転入したのはつい先日だったが、たったの数日で何度も喧嘩が発生しては殴り合いにまで発展している。まるで生きた心地がしなかった。


 ここに数ヶ月もいれば暴力にも慣れてしまうのか――そんな自分を想像するのは嫌だった。


 翔子はもう一度溜め息をつく。誰にも聞こえないように。うっかり聞かれようものなら、そこに因縁をつけて何をされるかも分からない。かつてあった無敵の人生は崩れ去り、すっかり自信も喪失して俯きながら日々を送っている。


「一度でいいから、素敵な恋とかしてみたかったな」


 末期患者のような言葉をひとりごちながら、治安の悪すぎる教室をボーっと眺める。周囲を威嚇するように喋る生徒たち。タバコだかシャブだか分からない煙があちこちから上がっている。


 バカみたいに笑ったと思えば急に怒り出し、意味の分からない理由で小競り合いが喧嘩に発展する。そのたびに周囲はろくでなしたちを囃し立て、煽って盛り上げようとしている。地獄みたいな光景だった。


「おーい、みんな。ちょっといいか。今日から新しい転入生が来たから紹介するぞ」


 知らぬ間に教室へ来ていた担任の真田が生徒たちに呼びかける。悪党揃いの生徒たちが大人しく黙ったのは真田が尊敬されているからではない。その隣に立つ美少女に目を奪われたからだった。


 黒髪のポニーテールにモデル顔負けのスリムな体型。女性にしては身長が高く、ざっと175cmぐらいはありそうに見えた。切れ長の目に整った目鼻立ちをしているものの、強い眼力で見つめられると、刃物でも突き付けられているような気分になる。


「やべえな、あの脚はたまんねえ」

「ここ最近の新入りは当たりだよな」

「すぐにでもまわしちまおうぜ。そこにいる東雲も一緒に」


 極悪人の男子たちが聞くに堪えない下卑た話題で盛り上がる。自分にも流れ弾こそあったものの、翔子は新しいクラスメイトの容姿に見とれていた。


 モデルのような体型や小さな顔もそうだが、ポニーテールの凛とした目つきからは純粋な強さを感じた。強いて言うなら、眼光の鋭さとも違う人間的な強さを感じ取った。それはどこか、侍や武道家を前にした感覚を思わせた。


「……なんだか、カッコいいかも」


 思わずひとりごちると、その声が聞こえたのかポニーテールが翔子へと視線を向けた。目が合うと思わず真っ赤になり、反射的に下を向いた。


「それじゃあ自己紹介を」


 真田に促されて、ポニーテールの転入生が口を開く。


「本日よりここの生徒になる羅刹院(らせついん)サラです。よろしく」


 転入生はいかにも興味の無さそうな口調で、そっけなく挨拶を終わらせた。


「サラちゃ~ん、前はモデルでもやってたの~?」

「ここに来たってことはさあ、それなりに悪いことをやったんだろ? 一体何をやらかしたんだ?」

「一回ぐらいヤラせろよ」

「愛想が無いみたいだから俺がベッドで教えてやろうか~?」


 教室に下卑た笑いが響く。


 あちこちから品の無いヤジが飛んでくる。サラは動揺するわけでもなく、自らに投げられた卑猥な言葉を完全に無視していた。


「それじゃあ、席は女子と隣同士の方がいいよな」


 真田は返事を待たず、翔子の隣に着席するよう命じた。いまだに続くヤジの中、サラは静かに席へ着く。思いがけず隣同士となった翔子は、恐る恐るサラに視線を向ける。


『うっわ、すごい美人』


 近くで見ると、サラの美少女ぶりは一層強まった。思わず時が止まったようにその姿を見つめていると、視線に気付いたサラがまた翔子の方にチラと目を向けた。


 どうしていいものか分からず、静かに慌てふためいているとサラが口を開く。


「まったく、聞きしに勝る動物園ね。見渡す限りのろくでなし。猿の惑星にでも転校してきたみたい」


 その言葉が放たれたとともに、教室の空気が一気に冷えていく。


「あ?」


 ガタンと机の倒れる音がして、思わず翔子の心臓が跳ねる。サラのすぐ傍には、どう見ても高校生には見えない赤い短髪をした生徒が立っていた。その目は攻撃性に満ちていて、今しがた受けた侮辱を決して許さないと物語っていた。


「おい、クソアマ。お前、今なんて言った?」


 先ほどの空気が一変して、サラへ注がれる視線は哀れな愚か者を見る眼へと変わっていく。だが、当のサラはまるで動じずに答える。


「やっぱり猿ね。バカみたいだから何度でも言ってあげるわ。ろくでなししかいないこの教室は猿の惑星みたいって言ったの? 分かった、お猿さん?」


 ――マズい、マズい、マズい。


 翔子の心拍数が上がっていく。動物園は言い得て妙だが、それをじかに動物より知能の低い不良に伝えるのは悪手でしかない。


 この子は初日からきっとひどい目に遭う――誰もがそう確信した。


「舐めてんじゃねえぞ、クソアマ!」


 不良がサラの胸倉を掴もうとした刹那、教室にズドンと銃声めいた音が響く。その音を確認する間もなく、赤い髪の不良が白目を剥いて崩れ落ちた。


「……えっ?」


 何が起こったの? その言葉通り、翔子はどうして赤髪の生徒が倒れたのか理解出来なかった。


「弱い犬ほどよく吠える。昔学校で言われなかったの?」


 おそらく不良を一撃で倒したであろうサラは感情の無い声で言った。辺りは静まり返り、目の前で誰かが銃撃でもされたかのように息が詰まる。


「そうそう、さっき言われたことだけど」ふいにサラが口を開きはじめる。


「私がどうしてここに連れて来られたかって、ついさっき誰か訊いたでしょう?」


 教室の誰一人として、サラの質問に答えない。誰もが固唾を吞んで、凶悪な美少女の一挙手一投足を見守っている。


「私がここに転校してきた理由――それは、人を殺したの」

「えっ……」


 誰かが思わず声を漏らし、思い出したように口を噤んだ。


 先ほどの言葉は何かの聞き間違いなのか。それとも――


 凍り付いた翔子に、サラは微笑みかける。


「今日からよろしく」


 この日に羅刹院サラが見せた、初めての笑顔だった。

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