第2話:スラムの聖女
◆ スラムへの道
下水のトンネルを抜けて、おっさんとセシリアは上へ上へと登っていく。
セシリアが、おっさんの腕にくっついてくる。
「……お、おい」
「暗いので、転ばないように……」
(……もう慣れるしかないのか)
おっさんは諦めた。
セシリアの柔らかい感触が、腕に伝わってくる。
(いや待て、おっさん52歳だぞ)
(こんな美人に腕組まれて……恥ずかしい……)
でも、セシリアは無自覚だ。
本当に、ただ転ばないようにしてるだけ。
(……男性経験、本当にないんだな)
おっさんは、セシリアのハの字歩きを見ないように、必死で前を向いた。
(骨盤の歪み……あれ、治さないと)
やがて、前方が明るくなってきた。
「もうすぐです」
セシリアが言った。
石造りのトンネルの出口。
そこを抜けると――
「……これが、スラムか」
薄暗い。
狭い。
でも、人の温もりがある。
石造りの建物が密集していて、路地が迷路のように入り組んでる。
ランプの光が、あちこちで揺れてる。
人々の話し声が、聞こえてくる。
(……思ったより、人がいるんだな)
◆ スラムの反応
おっさんとセシリアが路地を歩き始めると、周りの視線が集まった。
「……ん?」
「なんだあの美女は……」
「見たことない顔だな」
「誰だ? あの男と一緒にいるのは……」
ヒソヒソ。
スラムの住民たちが、二人を見ている。
「待てよ……あの背格好……」
「まさか……」
年配の女性が、目を凝らした。
「……聖女様!?」
ざわざわ!!
「え、聖女様!?」
「でも、顔が……綺麗に……」
「傷が治ってる!?」
「どうして!?」
「あの男が何かしたのか!?」
住民たちが、一斉におっさんを見る。
(うわ、注目されてる……)
おっさん、気まずい。
セシリアが、微笑んで会釈した。
「お久しぶりです、皆さん」
住民たち、驚愕。
「本当に聖女様だ!」
「顔が……こんなに綺麗に……」
「どうやって!?」
年配の女性が近づいてくる。
「聖女様……本当に、傷が……」
「はい。この方が、助けてくださいました」
セシリアは、おっさんを指差した。
住民たちが、おっさんを凝視する。
「……あんた、誰だ?」
「何者なんだ?」
「聖女様に何をした?」
おっさん、慌てる。
「いや、俺は……その……」
セシリアが、おっさんの腕に抱きつく。
「コウタロウさんは、命の恩人です」
住民たち、ざわつく。
「コウタロウ……?」
「聖女様が、あんなに懐いてる……」
「一体何があったんだ……」
年配の女性が、おっさんに頭を下げた。
「……ありがとうございます。聖女様を助けてくださって」
おっさん、戸惑う。
「いや、俺は……」
セシリアが、微笑む。
「皆さん、後でお話しします。今は、少しやることがありますので」
住民たち、頷く。
「あ、はい……」
「気をつけて……」
◆ セシリアの拠点
路地を抜けて、セシリアの拠点に到着した。
小さな部屋。
質素だけど、清潔だ。
隅に、魔道具がいくつか置いてある。
「ここが、私の家です」
セシリアが言った。
おっさんは、部屋を見回した。
「……質素だな」
「はい。でも、一人には十分です」
おっさんは、隅の魔道具を見た。
「これが、さっき言ってた魔道具か?」
「はい。水と火を出す魔道具です。でも、魔力が切れていて……」
その瞬間――
セシリアの足がふらついた。
「あ……」
「おい!」
おっさんは、咄嗟にセシリアを抱きかかえた。
「……軽っ!?」
(え、なんだこれ……軽すぎる……!)
(170cmの女性だろ? 最低でも50kgはあるはずなのに……)
(これ、40kg以下……いや、もっと軽いかもしれない)
おっさん、設備屋の感覚で理解した。
(配管や設備を持ち慣れてるから、重量感覚には自信がある)
(この軽さは……異常だ)
(骨の重さが、ない……?)
◆ 応急処置
おっさんは、セシリアを壁に寄りかからせた。
「すみません……少し、疲れて……」
セシリア、意識が朦朧としてる。
おっさん、ポケットを探る。
「ちょっと待ってろ」
ポケットから、はちみつ金柑のど飴を取り出す。
「とりあえず、これ舐めろ」
「これは……?」
「のど飴だ。糖分が入ってる。低血糖で倒れたんだろ?」
セシリアは、飴を受け取った。
「……ありがとうございます」
飴を口に入れる。
セシリア、目を見開く。
「……! 甘い……!」
「ゆっくり舐めろ。急ぐな」
セシリア、涙を浮かべる。
「……美味しい……こんなに美味しいもの……」
おっさん、胸が痛む。
(……この子、どんだけ辛い思いしてたんだ)
数分後。
セシリアの顔色が、少し戻った。
「……少し、楽になりました」
「そうか。でも、無理するなよ」
「はい……すみません、ご迷惑をおかけして……」
「いや、いい」
おっさんは、セシリアをベッドに寝かせた。
◆ 骨密度の発覚
「それより……セシリア、ちょっと確認させてくれ」
「確認……?」
「ああ。お前、170cmあるだろ?」
「はい……そうです」
「でも、軽すぎる。40kgもないんじゃないか?」
セシリア、驚く。
「……よく分かりましたね。38kgです」
おっさん、愕然とする。
「38kg……!? 170cmで!?」
「はい……スラムでは、あまり食べ物が……」
「いや、それだけじゃない」
「え?」
おっさんは、真剣な顔で言った。
「人間の体重の15%は骨の重さだ」
「170cmの女性なら、骨だけで7〜8kgはあるはず」
「でも、お前を抱えた時の感覚……骨の重さが、ほとんど感じられなかった」
セシリア、はっとする。
「……!」
「骨が、スカスカになってるんじゃないか?」
セシリアは、俯いた。
「……おそらく、その通りです」
◆ 体の確認
「一つ、お願いがあるのですが……」
セシリアが言った。
「ん?」
「3年間、傷が治らなかったので……本当に治ったか、確認したいのです」
「ああ、そうだな。鏡がないのか」
「はい。でも……背中が見えません。見ていただけますか?」
「それなら――」
その瞬間。
セシリアが、躊躇なく服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと待て! 何してる!?」
おっさん、慌てる。
(うわわわわ! 何この子!?)
セシリア、不思議そうに。
「え? 背中を見ていただくには、服を脱がないと……」
「そりゃそうだけど!!」
おっさんの心の声。
(いや待て、この子、本気で分かってない!?)
(聖女だから男性と接する機会がなかった?)
(距離感おかしいってレベルじゃない!!)
おっさん、慌てて布を掴む。
「わ、分かった! 見る! 見るから! とりあえずこれ羽織れ!!」
セシリアの反応。
「? はい……」
何も分かってない顔。
おっさん、布を少しずらして背中だけ見る。
傷が完全に治っている。
でも――
骨が浮き出てる。
肋骨が、くっきりと見える。
(……これは、本当に危ない)
「どうですか?」
セシリアが聞く。
「傷は治ってる。でも……」
おっさんは、言葉を選んだ。
「セシリア、ちゃんと食べてたか?」
「……スラムでは、あまり食べ物が……」
「そうか……」
おっさんは、布でセシリアの体を隠した。
「いいか、セシリア。今から栄養のあるものを食べる」
「骨密度を戻さないと、歩けなくなるぞ」
◆ おっさんの説明
おっさんは、セシリアに説明を始めた。
「骨っていうのは、ちゃんと栄養を摂らないとスカスカになる」
「特に、カルシウムとかタンパク質が足りないと、体が自分の骨を削って栄養に変える」
セシリア、真剣に聞いている。
「……それは、どうして起こるのですか?」
「日本(俺の世界)で、骨粗しょう症っていう病気があってな」
「栄養不足で骨の密度が低くなって、ちょっとした衝撃で骨折する」
セシリア、はっとした。
「……魔力です」
「魔力?」
セシリアが説明を始める。
「魔力を使いすぎると、体が弱っていきます」
「最初は疲れるだけですが、やがて骨が脆くなり、内臓が弱り……」
おっさん、理解し始める。
「……つまり、魔力を使いすぎると、体が自分自身を削って魔力に変える?」
セシリア、驚く。
「……! その通りです! よく分かりましたね!」
「いや、日本の病気と同じだ」
「過労で体を壊すのも、添加物だらけの食事で病気になるのも、全部同じ仕組みだ」
セシリア、感嘆する。
「コウタロウさんは……本当に賢いですね」
「いや、ただの仮説だ。でも……」
おっさんは、セシリアを見つめた。
「セシリア、お前は3年間、魔力を使い続けてたんだろ?」
セシリア、頷く。
「はい……スラムの人々の治療に、わずかな魔力を使っていました」
「そうか……それで骨がスカスカになったんだ」
セシリア、悲しそうに。
「でも、私にはそれしか……」
おっさんが、セシリアの頭に手を置く。
「いいや、セシリアは間違ってない」
「ただ、知らなかっただけだ」
セシリア、涙を浮かべる。
「……」
「これから治す。食事で、骨密度を戻す」
「俺の世界では、栄養をちゃんと摂れば、骨は戻るんだ」
セシリア、涙を浮かべる。
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ。この世界でも同じはずだ」
◆ 男の前で脱ぐなの説明
おっさんは、咳払いをした。
「あとな、セシリア」
「はい?」
「男の前で服脱いじゃダメだぞ」
セシリア、きょとんとする。
「え? でも、治療の時は……」
「それとこれとは違う! とにかく、男の前では脱ぐな!」
「……分かりました。でも、コウタロウさんは?」
「俺も男だ!!」
セシリア、少し考えて。
「でも、コウタロウさんは……嫌じゃないです」
おっさん、タジタジ。
「そ、そういう問題じゃなくて……!」
(おっさん、メンタルそんなに強くないんだよ……)
◆ 魔道具のテスト
おっさんは、気を取り直して、隅の魔道具を手に取った。
「さて、これを試してみるか」
水を出す魔道具(杖型)。
「セシリア、これ、どう使うんだ?」
「魔力を流せば、水が出ます」
「私の魔力だと、これくらいですが……」
セシリアが魔道具を構える。
ちょろちょろ……
水が少しだけ出る。
「なるほど」
おっさんは、ポケットから魔石を取り出した。
「これを使うと……」
魔石を魔道具にセット。
カチリ。
「いきます」
セシリアが魔道具を構える。
ドバァァァ!!
大量の水が噴出!!
「うわっ!?」
おっさん、びしょ濡れ。
「す、すみません! こんなに強力になるとは……!」
セシリア、慌てて止める。
おっさんは、笑った。
「すげぇな。これなら、狩りに使えるんじゃないか?」
「……狩り、ですか?」
「ああ。水の圧力を上げれば、切断できる。ウォーターカッターってやつだ」
セシリア、驚く。
「……! なるほど!」
◆ 外へ
「じゃあ、行くか」
「どこに……?」
「食料調達だ。お前、動けるか?」
セシリアは、立ち上がった。
「はい。のど飴のおかげで、少し元気になりました」
「そうか。じゃあ、外に行こう」
「外……ですか?」
「ああ。狩りと採取だ」
セシリアは、目を輝かせた。
「はい!」
魔道具を持って、外へ。
下水で拾った魔道具:
- 水を出す魔道具(杖型)
- 風を出す魔道具(指輪型)
- 火を出す魔道具(炉型)
セシリアが、おっさんの腕にくっついてくる。
「……また近い」
「転ばないように……」
「もう慣れた……」
おっさんは諦めた。
◆ 荒れ地へ
スラムを抜けて、下水の出口を通過。
「ここが、下水の出口です」
セシリアが言った。
「……結構近いんだな」
「はい。スラムの人々は、ここで汚物を回収して処理しています」
おっさんは頷いた。
(だから、ここにスラムがあるのか)
(……そういえば、明日、魔石を回収に来よう)
さらに進むと、荒れ地に出た。
城壁の外。
草が生えてる。
香草やハーブが自生している。
野菜も野生化している。
おっさんは、目を輝かせた。
「……おお、これは」
「コウタロウさん?」
「この草……食べられるやつだ」
セシリア、驚く。
「よく分かりましたね」
「田舎育ちでね。家庭菜園が趣味だったんだ」
おっさんの回想。
(おっさん、田舎育ちでね。庭の手入れと家庭菜園が趣味だったんだ)
(妻と一緒に、野菜を育ててた……)
(懐かしいな)
おっさんは、香草とハーブを摘み始めた。
「セシリア、これとこれを摘んでくれ」
「はい」
二人で採取。
カバンが、香草とハーブでいっぱいになる。
◆ 狩り
「あ、コウタロウさん。あそこに小動物がいます」
セシリアが指差した。
ウサギみたいな小動物。
「……あれ、捕まえられるか?」
「魔道具を使えば……」
「じゃあ、頼む」
セシリアは、水の魔道具を構えた。
おっさんが魔石をセット。
「いきます」
シュッ!!
ウォーターカッター発動!!
小動物、一撃。
「……すげぇな」
おっさん、感心する。
セシリア、嬉しそう。
「お役に立てて嬉しいです」
「風の魔道具もあるだろ?」
「はい」
風の魔道具(指輪型)に魔石をセット。
セシリアが構える。
シュオッ!!
かまいたち発動!!
もう1匹捕獲。
「よし、これで十分だ」
おっさんは満足そうに頷いた。
◆ 調理
おっさんは、小動物を解体し始めた。
ナイフを使って、綺麗に捌く。
セシリア、見惚れる。
「……コウタロウさん、何でもできるんですね」
「いや、これくらい普通だぞ?」
(設備屋だから、ナイフ使うのは慣れてる)
火を出す魔道具に魔石をセット。
火が点く。
肉を焼く。
香草とハーブで味付け。
いい匂いが漂う。
セシリア、じっと見ている。
「……いい匂い……」
(3年ぶりのまともな食事)
◆ 食事
おっさんは、焼けた肉をセシリアに渡した。
「ほら、食え」
セシリア、一口。
「……!」
涙。
「どうした?」
「……美味しい……こんなに美味しいもの、3年ぶりです……」
おっさん、胸が痛む。
(……この子、どんだけ辛い思いしてたんだ)
「これからは、ちゃんと食べるんだぞ」
セシリア、涙を拭いて微笑む。
「はい……ありがとうございます、コウタロウさん」
おっさんも食べる。
(……うまい。久しぶりにまともな飯だ)
◆ 会話
「コウタロウさんは、どうしてこんなに優しいんですか?」
セシリアが聞いた。
おっさんは、少し間を置いて答えた。
「……妻と子供を、事故で亡くしてね」
セシリア、はっとする。
「……!」
「あいつらを守れなかった。だから……せめて、目の前の人は守りたいんだ」
セシリアが、おっさんに寄り添う。
「……コウタロウさんは、優しすぎます」
「そうかな」
「はい。私、コウタロウさんと出会えて……本当に良かった」
おっさん、照れる。
「……まあ、おっさんも、セシリアと出会えて良かったよ」
セシリアは、おっさんの腕に抱きつく。
おっさん、タジタジ。
「お、おい……」
「もう少しだけ、このままで……」
「……しょうがない」
おっさんは諦めた。
◆ 次への布石
おっさんは、ふと思い出した。
「そういえば、明日、魔石を回収したいんだが」
「魔石を……ですか?」
「ああ。下水にまだたくさんあるだろ?」
「はい……おそらく」
「あれを根こそぎ回収すれば、魔道具がたくさん使える」
「それに……」
「それに?」
「ビジネスができるかもしれない」
セシリア、目を輝かせる。
「……ビジネス、ですか?」
「ああ。魔石と魔道具を組み合わせて、高性能な道具を作る」
「それを売れば……」
セシリア、興奮気味。
「……素晴らしいです!」
「まあ、うまくいくかは分からんけどな」
セシリアは、おっさんの腕にくっつく。
「大丈夫です。コウタロウさんとなら、何でもできます」
おっさん、タジタジ。
(だから、くっつくな……!)
◆ 帰路
二人は、スラムへと戻った。
セシリア、おっさんの腕にくっついてる。
おっさん、もう慣れた。
(……まあ、悪くないか)
スラムの住民たちが、二人を見ている。
「聖女様、元気そうだ……」
「あの男、何者なんだ……」
「でも、聖女様が幸せそうで良かった……」
セシリアの拠点に戻った。
「今日は、ありがとうございました」
セシリアが言った。
「いや、こっちこそ」
「明日も、よろしくお願いします」
「ああ」
おっさんは、セシリアに布団を渡した。
「ちゃんと寝ろよ」
「はい」
セシリアは、幸せそうに微笑んだ。
おっさんは、部屋の隅で横になった。
(……今日は、色々あったな)
(でも、これから……どうなるんだろう)
そう思いながら、おっさんは眠りについた。
(次回:第3話「魔石採掘」に続く)




