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52歳のおっさん、異世界転移したら下水道に捨てられた――下水の汚物は宝の山だった  作者: よっしぃ@書籍化


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第1話:サ・ヨ・ウ・ナ・ラ

第1話:サ・ヨ・ウ・ナ・ラ



吾輩は猫である……なんて格調高く始められたらいいんだけど。


残念ながら、吾輩は「おっさん」である。


それも、とびきり汚れた。



臭い。


臭い。


いや、臭いとかいうレベルじゃない。



(鼻の粘膜が焼けるって、こういうことか?)



腐った卵とアンモニアを煮詰めて、そこにドブネズミの死骸を放り込んだような匂い。


分かる?


いや、分かんない方が幸せだ。こんなの嗅いだら、寿命が縮む。



「……痛った……(くそ、肋骨イッたかもな)」



泥の中に大の字で寝転がったまま、おっさんは呻いた。


左目が腫れて塞がってるせいで、視界の半分が死んでる。


口の中は切れた唇の血の味と、ヘドロの砂利でジャリジャリしてる。



(最悪だ。夢なら早く覚めてくれ)



おっさんの名前は玄湊げんそう康太郎。52歳。


職業、設備管理。趣味、健康管理。


スギ薬局の血管年齢測定では、実年齢マイナス20歳の「A判定」を叩き出すのが自慢の、しがないオッサンだ。



それがなんで、こんなドブ川で汚物にまみれてるのか。



話は簡単だ。




◆ 1時間前:電車の中



「……あの、すみません。優先席なんで、そちらのご老人に譲っていただけますか?」



おっさんは、丁寧に声をかけた。



優先席に座ってる若い男――20代半ばか――が、スマホでゲームしながら足を投げ出してる。


目の前には、杖をついたお婆さんが立ってるのに、完全に無視。



(最近の若い子は、こういうの気づかないのかな)



おっさんは善意のつもりで、軽く肩を叩いた。



「あの、お婆さんが――」


「ァ?」



若い男が顔を上げた。


目が、完全にキレてる。



(……あ、これダメなやつだ)



「てめぇ、今俺の肩叩いた?」


「いや、だから優先席で――」


「うっせぇんだよ、クソジジイ!」



若い男が立ち上がる。


おっさんより頭一つデカい。体格も良い。



(これは逃げた方がいい)



おっさんは一歩下がろうとしたんだけど、もう遅かった。



ドガッ。



顔面に拳が入った。



「調子乗ってんじゃねぇぞ、オッサン!」



ドカッ、バキッ、ゴスッ。



若い男、容赦なく殴ってくる。


おっさん、為す術なく倒れ込む。



(痛い痛い痛い、やめてくれ……!)



肋骨にヒビが入ったのが分かった。


顔も腫れて、血が出てる。



周りの乗客は見て見ぬふり。


誰も助けてくれない。



(なんでこんな目に……)



意識が遠のいていく。



(……妻よ、息子よ、娘よ。そっちに行くのは、まだ早いんだけどな……)



ポケットの中の、のどぼとけ3つを握りしめて。


おっさんは、闇に落ちていった。




◆ 異世界召喚



「――ぁ……?」



目が覚めたら、豪華絢爛な部屋だった。



天井が高い。シャンデリアがキラキラしてる。


床は絨毯。ふかふかだ。



(……え、天国?)



おっさん、ボーッとしながら上体を起こそうとした。



「うぐっ……!」



体中が痛い。


左目は腫れたまま。肋骨も痛い。



(天国なら痛くないはずだろ……)



周りを見渡すと、同じように倒れてる人が何人かいる。


その中に――



(……あ、あいつだ)



さっき電車でおっさんをボコった若い男が、仰向けに倒れてる。


でも、若い男は傷一つない。綺麗な顔してる。



(なんでだ。おっさんはボロボロなのに……)



「――ぁ、目覚めた者がいるぞ!」



声がして、ローブを着た男たちがゾロゾロ入ってきた。



「勇者召喚、成功です!」


「おお! 若く、力強い! まさに勇者に相応しい!」



連中は、若い男の方に駆け寄ってる。



誰もおっさんを見てくれない。



(……あの、おっさんも召喚されたんですけど)



おっさんが手を上げようとしたら、やっと一人が気づいた。



『――なんだ、この汚い男は』



(汚いって、あんたら……おっさん、さっきまで電車でボコられてたんだぞ……)



『能力鑑定を』



白髭の爺さんが、おっさんに杖を向けた。


杖の先から、光がピカッと出た。



『……なし』


「え?」


『能力……なし。魔力適性、なし。ただの無能か』



(無能って……ひどくない?)



おっさん、不覚にも泣きそうになった。



『生理的に無理ですわ。こんなのが勇者? 臭いから捨ててきて』



豪華なドレスを着た女が、鼻をつまみながら言った。



(捨てるって、どこに……?)



「御意」



屈強な兵士たちが、おっさんを担ぎ上げた。



「ちょ、ちょっと待って! おっさん、話が――」


『治療ももったいない。さっさと処分しろ』



(処分って……おっさん、ゴミ扱いかよ……!)




◆ 下水への廃棄



おっさんは、担架に乗せられて運ばれた。



階段を降りて、降りて、降りて。


どんどん暗くなっていく。


空気がジメジメしてきて、匂いがキツくなってきた。



(……これ、下水道だ)



設備管理の仕事で、何度も下水道には入ったことがある。


この匂い、間違いない。



やがて、広い場所に出た。



天井から、汚水が滝のように流れ落ちてる。


その下は、ヘドロの海。



兵士の一人が、無表情に言った。



「ここが、お前の墓場だ」


「え――」



担架が傾いた。



おっさんの体が、ヘドロに向かって転がり落ちる。



兵士が、淡々と言った。



「サ・ヨ・ウ・ナ・ラ」



ズブッ。



おっさん、ヘドロの海に落ちた。




◆ 下水で目覚める



「――ッ、ゴホッ、ゲホッ……!」



おっさん、必死で泥水を吐き出した。



顔中、ヘドロまみれ。


体中、汚物まみれ。



(……最悪だ)



臭い。痛い。辛い。



(おっさん、何したっていうんだ……)



電車でマナー違反を注意しただけじゃないか。


それで殴られて、異世界に召喚されて、下水に捨てられるって。



(ひどすぎるだろ……)



おっさん、泥の中で大の字になって、空(天井)を見上げた。



真っ暗。


何も見えない。



(……妻よ、息子よ、娘よ)



ポケットの中の、のどぼとけ3つを握りしめた。



(すまん。とーちゃん、こんなとこで終わるかもしれない)



涙が出そうになった。



でも。



(……いや、泣いてる場合じゃない)



おっさんは、ゆっくりと体を起こした。



(まだ生きてる。なら、生き延びるしかないだろ)



設備管理の仕事で鍛えた、しぶとさがある。



(まずは、出口を探そう)



真っ暗な中、手探りで周りを探る。



足元はヌルヌル。


壁はゴツゴツ。



(……石造りのトンネルか)



おっさんの手が、何かに触れた。



「……ん?」



引っ張り上げてみると、腐食した木の棒だった。



先端にガラス玉みたいなもんが付いてた跡があるけど、割れて外れたのかなくなってる。



(……杖か? まあ、杖代わりに使えるか)



おっさんは、それを杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がった。



頭が、割れるように痛い。


ガンガンする鐘の音みたいな耳鳴りがして、思考がまとまらない。



(……あ、光だ)



ふと、遠くの方に、ボゥッ……と青白い光が見えた。



(出口か?)


(頼む、出口であってくれ。外に出たら実はビックリでした!とテレビカメラがあってくれ!)



地上の明かりかもしれない。


そう思ったら、鉛みたいに重い足が少しだけ前に出た。



おっさんは、その『希望の光』に向かって、必死で泥道を辿った。




◆ 汚物溜まり



一歩近づくたびに、光は強くなる。


でも、それと同時に――鼻を突く『臭い』も、強烈になっていく。



(……ん? なんだこれ、目が染みる)



アンモニアと硫黄。


光の源に近づくほど、空気そのものが粘り気を帯びて、肌に纏わりついてくる感覚。



やっとの思いで、広い空間に出た。



おっさんはそこで、呆然と足を止めた。



「……は?」


(嘘だろ?)



そこは出口なんかじゃなかった。



巨大な水門の吹き溜まり。


上流から流れてきたあらゆる汚物が堆積し、腐り、発酵して、山になってる場所。



あの美しい青白い光は、出口の明かりなんかじゃない。


腐敗した汚泥から湧き出るメタンガスか、あるいは異常繁殖したバクテリアが放つ『燐光』だったんだ。



よりにもよって、一番汚い場所が、一番明るく輝いてるなんて。



(神様、そりゃないだろ)



「……嘘だろ」



おっさんはガックリと膝をつきそうになった。



「普通、光がある方が出口だろうが……! ここじゃあ、光がある方が『地獄(汚物の山)』なのか……!」



逆だったのか……!!



(おっさんの淡い期待を返してほしい)



おっさんの絶望の声が、虚しくトンネルに反響する。


救いなんてどこにもない。


あるのは、おっさんを飲み込もうとする光る汚泥だけ。



「……ケッ。笑わせるな」



もう、怒る気力も湧いてこない。


足の力が完全に抜けた。



おっさんの体は、スローモーションみたいに前へ――その『光る汚物』の海に向かって倒れ込んだ。



(あ、これ顔面から突っ込むやつだ)


(最悪だ。死ぬなら畳の上が良かった)




◆ 偶然の浄化



ズリュッ。



手をつこうとして、咄嗟に握りしめていたゴミ(杖)を突き出す。


その先が、ヘドロの底にある『硬い何か』を強く突いたのは、本当に偶然だった。



カチリ。



乾いた音がして、杖と、その『石』が接触した瞬間。



おっさんの身体を、ものすごい熱量の『何か』が走り抜けた。



「――っ!?」



熱い。痺れる。


まるで、高圧電流の活線作業でミスった時みたいな衝撃だ。



52年使い古したおっさんの神経回路が、勝手に『通電』してる。



普通の人間なら、ショック死してるかもしれない。


でも、おっさんの血管はまだゴムホースみたいに柔らかい。



(伊達に毎日納豆食ってない!)



急激な血圧上昇サージを、しなやかに受け流した。



――あ、これ。配管が繋がった感覚だ。



(職業病かな。そんな気がした)



そう理解した直後、杖の先から視界が真っ白に弾け飛んだ。



音はなかった。


ただ、強烈な光の波動が、トンネルの形状に沿って走り抜けただけだ。



ほんの一瞬。



おっさんは目をしばたたかせて、恐る恐る顔を上げた。



「……は?」



臭わない。



あれだけ鼻をイジメてた腐臭が消えて、代わりに病院の消毒室オゾンみたいな、乾いた匂いがしてる。



足元のドロドロのヘドロは、乾燥した砂みたいにサラサラになってるし、汚水は清水みたいに澄んで流れてる。



(……なんだこれ)



どうやら、転んだ拍子に放った一撃が、この区画の汚物を分子レベルで分解クリーニングしてしまったらしい。



(ケルヒャーの高圧洗浄機でも、ここまで綺麗にならないぞ?)



おっさんは呆然と、生まれ変わった周囲を見渡した。



「……なんだここ。トンネルか?」



高い天井はアーチ状に組まれた石造り。


壁面も床も、やけにしっかりした切石で舗装されてる。



汚物が消えたせいで、その構造が露わになったわけだけど……。



(地下鉄の線路にしちゃ、レールがないな)


共同溝ライフライン用の管理通路か? にしてもデカすぎる)



どこまでも続く、巨大な地下通路。


冷んやりとした風が吹き抜けて、オゾンの匂いが残ってるだけ。



さっきまでの地獄みたいな悪臭が嘘みたいだ。



「……異世界のインフラ、どうなってるんだ」



訳が分からず座り込むおっさんの耳に、チャプ、チャプ、と水音が聞こえた。




◆ セシリアとの遭遇



「……! &%$#、"#$&%!?」



凛とした、でも震える声だった。



(おっさん、こういう綺麗な声には弱い)



振り返ると、そこにはボロ布を纏った背の高い女が立っていた。



顔は泥とマスクで隠れてるが、身長はおっさんより頭一つデカい。170センチはあるか。



ただ、その立ち姿は異様だった。


骨盤が歪んでるのか、腰が無理やり外に逃げるような、奇妙で不安定な立ち方。



ハの字に足を開いて、腰をくねらせながら立ってる。



(……経産婦みたいな立ち方だな)



彼女は、真っ白に浄化された石壁と、泥だらけのおっさんを交互に見て、何かを必死にまくし立ててくる。



「$%&#! &%$#、"#$&%!?」



(……あー、うん。そうだよね)



彼女の指差す先を見る。


やっぱり、ただの広い石の通路にしか見えない。



おっさんは杖を持ったまま、痛む頬を引きつらせて、ため息交じりに首を振った。



「悪いな、お嬢ちゃん。何言ってるかサッパリ分からない」



言葉が通じない。


異世界なんだから当たり前か。



彼女は警戒してるのか、驚いてるのか、すごい剣幕で俺を問い詰めてる。



「%&#$! &%$!!」



(たぶん、『お前がやったのか?』とか聞いてるんだろうけど)



おっさんは困り顔で、肩をすくめて見せた。



「俺にも分からない。こけて、起きたらこうなってた」



通じないのを承知で、ボヤくように続ける。



「むしろ、こっちが聞きたい。……ここ、地下鉄の駅か何かなのか?」




◆ セシリアの行動



彼女は少し考えるような素振りを見せた後、ゆっくりとおっさんに近づいてきた。



(……え、なんか怖いんだけど)



おっさん、思わず後ずさりしそうになった。



彼女は、おっさんの手を――優しく、握った。



「!」


(……あったかい)



泥だらけの手なのに、温もりが伝わってくる。



彼女は何かを言いながら、おっさんの手を引いた。



「%&#……」



(……ついてこい、ってことか?)



おっさんは、されるがままに彼女について歩いた。



彼女が連れて行ったのは、トンネルの脇にある小部屋だった。



石の壁に囲まれた、狭い空間。


そこには、ゴミのように積み上げられた『何か』がたくさんあった。



「……これ、魔道具か?」



おっさんには分からないけど、杖とか、杯とか、指輪とか、色んな形のものがある。



でも、どれもボロボロ。


壊れてる。



(……捨てられた魔道具の置き場か)



彼女は、その中から何かを探し始めた。



ガサゴソ、ガサゴソ。



真剣な表情で、一つ一つ手に取って確認してる。



(何を探してるんだろう……)



やがて、彼女が「あった!」という感じで、小さな首飾りを掲げた。



「&%$!」



彼女は、その首飾りをおっさんに差し出してきた。



「……これ、俺にくれるのか?」



おっさんが受け取ろうとした瞬間、彼女が首を振った。



そして、おっさんのポケットを指差した。



(……ポケット?)



おっさん、ポケットの中を探る。



のどぼとけ3つ。


それと――



「……あ、これか」



さっき、ヘドロの中で拾った『石』がいくつか入ってた。



(転んだ時に、無意識に掴んだのか)



おっさんが石を取り出すと、彼女が頷いた。



そして、首飾り(魔道具)を、その石に当てた。



カチリ。



その瞬間。



首飾りが、ポゥッ……と光った。



「!」



おっさんの頭の中に、何かが流れ込んできた。



言葉。


文字。


意味。



(……え、これ、翻訳?)



「……聞こえますか?」



彼女の声が――日本語で聞こえた。



「!!」



おっさん、思わず声を上げた。



「聞こえる! 聞こえるぞ!」



彼女は、ホッとした表情で微笑んだ。



「良かった……通訳の魔道具、壊れてなくて」


「あんた、賢いな! よくこんなの見つけてきたな!」



彼女は少し照れたように俯いた。



「……あなたが、浄化を起こしたのですね」


「え、ああ……でも、俺も訳が分からない。転んだら、何か光って……」


「その石です」



彼女が、おっさんの手の中の石を指差した。



「それは……高純度の魔石。おそらく、長年この下水で魔素を吸い続けた結果、結晶化したもの。魔石がこのように生成できるとは知りませんでした。ただ、ここまで来る人はいないでしょうから、今まで発見できなかったようです」

「……魔石?」

「はい。そして、あなたが持っていた杖は、使い捨ての浄化魔道具。本来はすぐにエネルギーが尽きるものですが……その魔石と接触したことで、あり得ないほどの威力を発揮したのでしょう」



(……なるほど、そういうことか)



おっさん、ようやく状況が理解できた。



(偶然、超高性能な燃料と、使い捨ての道具が組み合わさって、大爆発したってことか)



「……運が良かったんだな、おっさん」


「おっさん……?」


「ああ、俺のこと。玄湊康太郎。52歳だ。おっさんでいい」



彼女は少し考えて、頷いた。



「……コウタロウ、ですね。私の名は、セシリア。元聖女です」


「元聖女……?」



セシリアは、少し悲しそうに微笑んだ。



「はい。でも、今は……ただのゴミです。あなたと同じ」




◆ 治療


セシリアは、自分のボロ布の中から、小さな杯を取り出した。


「……あった」


おっさんが見ると、それは小さな杯のような魔道具だった。


「これは、治療の魔道具。聖女時代から持っているものです」


「聖女時代から?」


「はい。でも、3年間、魔力が切れて使えませんでした……」


セシリアは、少し悲しそうに微笑んだ。


「私の魔力でも使えますが……微弱な治療しかできません」


「かすり傷や熱を下げる程度で……」


「でも、その魔石があれば……」


セシリアは、その杯をおっさんの手の中の魔石に当てた。


カチリ。


杯が、温かい光を放った。


「!」


その光が、おっさんの体を包み込んだ。


温かい。


優しい。


でも、さっきセシリアが使っていた微弱な光とは違う。


圧倒的な治癒力。


腫れていた顔が、スッと引いていく。


痛かった肋骨も、治っていく。


「……すげぇ」


おっさん、思わず呟いた。


「……! こんなに強力な治療は……!」


セシリアも驚いている。


「コウタロウさんの魔石……本当に高純度なんですね……」


そして、セシリアも同じ光に包まれていた。



彼女の体から、布が少しずつ剥がれ落ちていく。



傷が、治っていく。



「……!」



やがて、光が消えた。



セシリアの顔から、泥が落ちた。


マスクが外れた。



そこには――



「……」



おっさん、言葉を失った。



絶世の美女だった。



整った顔立ち。


透き通るような肌。


長い睫毛。



(……え、なんでこんな美人が、下水に……?)



セシリアは、自分の手を見て、驚いた表情をした。



「……治った。傷が、治った……!」


「良かったな」



おっさんは、素直にそう言った。



セシリアは、涙を浮かべて、おっさんを見つめた。



「……ありがとうございます。コウタロウさん」


「いや、俺は何もしてない。その石が勝手に……」


「いいえ」



セシリアは、首を振った。



「あなたが、その石を拾ってくれた。あなたが、浄化を起こしてくれた。あなたが、私を……助けてくれた」



おっさんは、照れくさそうに頭を掻いた。



「……まあ、しょうがない。おっさん、困ってる人放っておけないタチなんだ」



セシリアは、微笑んだ。



そして、立ち上がった。



その瞬間――



(……!)



セシリアの歩き方が、おっさんの目に飛び込んできた。



ハの字。


腰をくねらせる、エロい歩き方。



処女なのに、経産婦みたいな歩き方。



(……骨盤の歪みは治らなかったのか)



おっさん、思わず目を逸らした。



(おっさん、こういうの見ちゃダメなやつだ……)



でも、セシリアは気づいてない。


無自覚に、おっさんに近づいてくる。



「コウタロウさん、これから……どうしますか?」


「え、ああ……」


おっさんは、周りに散らばる魔道具の山を見た。


「……なあ、セシリア」


「はい?」


「この魔道具、他にも使えそうなのがあるんじゃないか?」


セシリア、はっとする。


「……! その通りです!」


「私の拠点にも、生活用の魔道具はいくつかあるのですが……」


「拠点に?」


「はい。水や火を出す魔道具です。でも、全て魔力が切れていて使えません」


「なるほど……」


「ここで予備を持っていけば、色々試せるかもしれません」


「よし、じゃあ使えそうなのを選ぼう」



◆ 魔道具の選別


二人で魔道具を漁り始める。


セシリアが魔道具を一つ一つ手に取って確認する。


「これは……水を出す魔道具。でも、性能が基準に達していないようです」


「性能が基準に達してない?」


「はい。王都では、一定の性能基準を満たさない魔道具は、使われずに捨てられるんです」


「もったいないな……」


おっさんは、その魔道具を受け取って眺めた。


(設備屋の目で見ると……構造は単純だ。壊れてるわけじゃない)


「でも、コウタロウさんの魔石なら……使えるかもしれません」


「じゃあ、持って帰ろう」


セシリアは、嬉しそうに頷いた。


「はい!」


二人で選んだ魔道具:


水を出す魔道具(杖型)


セシリア「これは水を出す魔道具。飲み水や洗濯に使えます」


おっさん「ほう」


風を出す魔道具(指輪型)


セシリア「これは風を出す魔道具。涼んだり、換気に使います」


おっさん「なるほど」


火を出す魔道具(小さな炉型)


セシリア「これは火を出す魔道具。調理や暖房に使えます」


おっさん「便利そうだな」


その他、使えそうな魔道具をいくつか。


おっさんは、カバンに魔道具を詰め込んだ。


「よし、これだけあれば十分だろ」


「でも……重くないですか?」


「設備屋だからね。このくらいは平気だ」


セシリアは、微笑んだ。


「コウタロウさんは、本当に頼りになりますね」


おっさん、照れる。


「そ、そうか?」



◆ スラムへ


「それでは、私の知ってる場所に行きましょう。スラム、という場所ですが……」


「スラム?」


「はい。ここ(下水)と、地上の中間にある場所です。そこなら、少しは安全かと」


おっさんは、頷いた。


「……頼む。おっさん、ここに一人は無理だ」


セシリアは、微笑んで、おっさんの手を取った。


「では、参りましょう」


おっさんは、彼女の手の温もりを感じながら、思った。


(……なんか、運命的な出会いだな)


(でも、おっさん52歳だぞ? この美人と釣り合うわけない)


(まあ、とりあえず生き延びることを考えよう)


そう思いながら、おっさんはセシリアと共に、魔道具をカバンに詰めて、スラムへと向かった。



(次回:第2話「スラムの掟」に続く)


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