異世界のヒロイン、実は俺が「前世で描いた黒歴史ノート」のキャラだった。――設定通りに動く彼女たちを、俺の羞恥心(悶絶)が限界突破する前に救いたい
目の前の美しい聖女が『私の封印されし闇の右手が疼く……!』と叫んだ瞬間、俺は前世の自分が書いた中二病ポエムを思い出して吐血した。
「ぐっ……!」
「どうされました、異邦人様!」
ああ、駄目だ…頭が痛い、胃がキリキリする…心が、魂が痛い。
その聖女——銀髪碧眼、純白のローブに身を包んだ美少女——は俺の肩に手を置き、心配そうに顔を覗き込んでくる。
めちゃくちゃ可愛い。だが、そのギャップがかえって俺の精神をえぐる。
どうやら俺は中学生の時書いた黒歴史ノート(厨二病全開の設定集)の異世界に転生してしまったようだ。
なぜ俺がそんな訳の分からないことを断言できるのかというと…
「大丈夫です……? あなたは先ほどの『転移陣』で倒れていたところを私が……」
「——『白き聖印に導かれし者』として、保護いたしました」
うわああああああああああああ!
「えっ、何か問題が……?」
「い、いえ……なんでもありません……」
俺は顔を両手で覆った。これは現実だ。夢じゃない。
そう、こんな状況を素直に呑み込めたのは……。
俺しか知りえない、この忌まわしき記憶の中だけに封印した黒歴史ノートでしか書いていない、俺のオリキャラが目の前に存在するからだ。
この聖女は、俺が中学二年の夏休みに書いた『設定資料集』に登場するオリジナルキャラクター、聖女エレナリアだ。
『白き聖印に導かれし者』——あの頃の俺が最高に気に入っていたフレーズ。
ノート五冊分に渡って構築した独自世界。
クラスメイトにバレたら確実に人生が終わっていた、だれにも言わず封印した記憶が、今、この瞬間、完全に蘇ってきた。
そして気づいた。
ここは、その世界のようだ。
「異邦人様。あなたのお名前を教えていただけますか?」
「……佐藤、祐樹です」
「サトウ……ユウキ……」
目の前の聖女、エレナリアは真剣な表情で復唱した。
「異国の響きですね。まるで『運命の詩』に刻まれた……古き名のよう」
やめろ…それ以上俺の古傷を抉りながら喋るな。
「では、ユウキ様。お話しなければならないことがあります」
「……聞きます」
「この世界は、今、崩壊の危機に瀕しているのです」
ああ、知ってる。知ってるんだ。なぜかって?俺が考えたからな。
お願いだから言わないでくれ。
「七つの『封印結界』が、順に崩れ始めています。このままでは、封じられていた『虚無の魔王』が復活し、世界は——」
「——『永遠の闇に沈む』、でしょ」
彼女の話を遮るように俺が続けると、エレナリアは目を見開いた。
「なぜ、ご存知なのですか……?」
「いや、その……なんというか…勘です」
嘘だ。全部知ってる。なぜなら俺が書いたからだ。
しかも覚えてる。七つの封印結界って、確か『希望』『勇気』『友情』『愛』『絆』『光』『調和』とか、そういう恥ずかしい名前をつけてた気がする。
「あなたは、もしや伝説にある、預言者なのでは……?」
「違います」
俺は食い気味に即答した。その肩書だけは絶対に受け入れられない。
だが、エレナリアの瞳は輝いている。彼女は本気だ。
この世界の住人は、全員が、あのノートに書かれた設定を常識として、真実として生きている。
「それでは、ユウキ様。私と共に、勇者の元へ向かってください」
「勇者……?」
嫌な予感がした。
「はい。『赤き誓約を背負いし者』——勇者アリシアです」
(ああああああああああああ!!!!!!)
心の中で声が漏れる。
おれはこの恥ずかしさを声に出さないように我慢するので精一杯だった。
やめてくれ。『赤き誓約を背負いし者』って何だよ。当時の俺、どんな顔してそれ書いたんだよ。
勇者アリシアは、まあおれが作ったから、それはそうなんだけど…予想通りの行動をしていた。
「来たな、聖女エレナリア! そして……見知らぬ顔だな」
赤いマントを翻し、金髪をポニーテールにした少女が、剣を腰に佩いて立っていた。
彼女もまた、絶世の美女だ。ていうか俺の好みドンピシャである。俺、こういう女の子が好き。
当時の趣味が今も自分に通用することに、ちょっとだけ安心した。いや、安心してる場合じゃない。
「彼は異邦人、ユウキ様です。恐らく、『運命に選ばれし——』」
「エレナリア、待って」
俺は慌てて聖女の言葉を遮った。
「……何か?」
「その、肩書…やめてもらえませんか」
「肩書……?」
「『運命に選ばれし者』とか、『白き聖印に導かれし者』とか、そういうの、全部」
二人はきょとんとした顔で俺を見た。
「それは……どうしてですか?」アリシアが尋ねる。
「そ、その……恥ずかしいからです」
「恥ずかしい……?」
エレナリアが首を傾げる。彼女たちには理解できない。この世界では、それが『普通』だからだ。
そうだ。ここでは、俺が中二病全開で書いた痛い設定が、すべて彼女らの常識なのだ。
「あなたは謙虚な方なのですね」アリシアが微笑んだ。
「しかし、恥じることはありません。我々は皆、『運命の糸』に導かれて——」
「ストップ!」
俺は両手でバッテンを作った。
「お願いします。それ以上は勘弁してください」
「……不思議な方ですね」
エレナリアが小首を傾げた。可愛い。可愛いんだけど…。
その仕草すらも、俺がノートに『聖女は首を傾げる時、必ず小鳥のように』と書いた描写に一致している気がして、胃が痛くなる。
「それより、勇者殿」俺は話題を変えた。
「封印結界の話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「ああ、そうだったな」
アリシアは真剣な表情になった。
「七つの封印結界のうち、既に三つが崩壊した。『希望の結界』『勇気の結界』『友情の結界』が——」
聞いてるだけでもうすべてが死にそうになる。
「——そして次は、『愛の結界』が危ない」
ああ、そうだった。四番目は『愛』だった。
「愛の結界を守るには、『真実の愛を持つ者』が、結界の中心で『誓いの言葉』を唱えなければならない」
やめろ。
「その言葉とは——」
「待った!」
俺はとっさに叫んだ。
「……何か?」
「その、言葉……具体的に、何て言うんですか?」
「『我が心に灯る永遠の炎よ、汝が名は愛と知れ。闇を裂き、光となれ』です」
俺はその言葉を聞くと気を失うように膝から崩れ落ちた。
「ユ、ユウキ様!」
エレナリアが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!」
「大丈夫じゃない……大丈夫じゃないです……」
何でこんな恥ずかしい台詞を書いたんだ、過去の俺…。お前は何を考えていたんだ。
「あの……勇者殿」
「何だ?」
「その言葉、もしかして、言わないと結界は守れないんですか?」
「当然だ。それが『世界の法則』だからな」
世界の法則。そう、俺が書いた設定が、この世界の絶対ルールになっている。
つまり、誰かが、あの恥ずかしい台詞を、大真面目に叫ばないといけない。
「ちなみに、誰が言うんですか……?」
「『真実の愛を持つ者』だ」アリシアは剣の柄に手を置いた。
「それが誰かは、まだ分からない。だが——」
彼女は俺を見た。
「もしかしたら、貴方かもしれない」
「えっ」
「貴方からは、不思議な『気配』を感じる。まるで、この世界の理を知る者のような……」
なぜかこいつ鋭い…鋭すぎる。そんなことまで設定したのだろうか。
「そ、そんなことないです」
「いいえ」エレナリアも頷いた。
「私も感じます。ユウキ様は、普通の異邦人ではない。何か、特別な使命を持って、この世界に来られたのでは……」
やめてくれ。使命とか、そういうの本当にやめてくれ。
だが、俺はある真実に気づいてしまった。
もし、あの恥ずかしい台詞を言わなければ、結界は崩壊する。世界は滅ぶ。
そして、俺だけがその事実を知っている。この世界の法則を。
つまり——俺が、言うしかない。
「……分かりました」
「本当ですか!」
二人の顔が輝いた。
「ただし、条件があります」
「もちろん!何でしょう?」
「その台詞を唱えるのは…誰もいないところで、やらせてください。」
「え……?」
「お願いします!!!!」
俺はスライディング土下座で彼女たちに懇願した。
二人は土下座をする俺をすごい目で見ていて困惑していたが、なんとか了承を得ることに成功した。
結局、俺一人で『愛の結界』の中心に向かうことになった。
結界の中心は、森の奥にある古い祭壇だった。
月明かりに照らされた石造りの円形舞台。周囲には誰もいない。
「よし……」
俺は深呼吸した。
誰も見ていない。誰も聞いていない。
なら、言える。言えるはずだ。
「『我が心に……灯る……永遠の……』」
駄目だ。恥ずかしさで声が震える。
「『炎よ……』」
顔が熱い。全身から汗が噴き出している。
「『汝が名は……あ……愛と……』」
無理だ。無理だ無理だ無理だ。
だが、このままではこの世界が滅んでしまう。
この世界が俺が作った痛々しい黒歴史だったとしても…謎に夢でもなさそうだし、滅ぶのは回避したい。
俺は目を閉じ、叫んだ。
「『我が心に灯る永遠の炎よ、汝が名は愛と知れ! 闇を裂き、光となれ!』」
その瞬間、祭壇が光に包まれた。
曇っていた空が輝く。結界が修復されていく。
「……成功、した……?」
俺は膝をついた。全身の力が抜ける。
「ユウキ様!」
振り返ると、エレナリアとアリシアが駆けてきた。
「見ていたんですか!?」
「はい! 素晴らしかったです!」
「あなたの言葉が、結界を救いました!」
二人は感動の涙を浮かべている。
見られていたんじゃねーか。俺は死んだ。全然世界とかどうでもいいかも。精神的に死んだ。
その後、残りの結界も次々と修復することになった。
『絆の結界』では、「永遠に続く絆の鎖よ、我らを繋ぎ止めよ!」と叫んだ。
『光の結界』では、「光の翼よ、我を天へ導け!」と叫んだ。
『調和の結界』では、「調和の旋律よ、世界に響け!」と叫んだ。
全部、全部、俺が書いた台詞だ。
毎回、エレナリアとアリシアは感動して俺を褒めまくってくれる。
そして俺は、そのたびに死にたくなる。
そして、最後の夜。
「ユウキ様」
エレナリアが、真剣な表情で俺に向き合った。
「全ての結界が修復されました。しかし、一つだけ、この世界には解決していない問題があります」
「……何ですか?」
「『虚無の魔王』は、封印されました。ですが、それを完全に鎮めるためには——」
嫌な予感がした。
「——『光の王』の存在が必要なのです」
「光の、王……?」
「はい。『虚無の魔王』と対を成す、『光の支配者』。それがいなければ、世界の均衡は保てません」
ああ。思い出した。
確かに、俺はそう書いた。
『魔王と光の王が、表裏一体で世界を支える』という設定を。
「そして」アリシアが続けた。
「その『光の王』は、『全ての真理を知る者』でなければならない」
「……まさか」
「ユウキ様」二人が同時に跪いた。
「あなたこそが、『光の王』なのではないでしょうか」
「待って待って待って」
「あなたは全ての結界を救いました。全ての『誓いの言葉』を知っていました。そして——」
エレナリアが顔を上げる。
「——まるで、この世界の『創造主』のような気配を、感じるのです」
図星すぎて何も言えなかった。
「どうか、『光の王』として、この世界を導いてください」
「でも、俺、別に王とかじゃ——」
「いいえ」アリシアが遮った。
「あなたは選ばれたのです。『運命』に」
運命。その言葉が、妙に重く響いた。
そして、俺は理解した。
この世界を安定させるためには、誰かが『光の王』にならなければならない。
そして、その役割を担えるのは、世界の『真理』——つまり、設定を知っている俺しかいない。
「……分かりました」
「本当ですか!」
「ただし、『光の王』とか、そういう呼び方はやめてください。ただの……『管理者』でいいです」
「管理者……?」
「はい。この世界を、陰から支える、ただの管理者」
二人は顔を見合わせ、それから微笑んだ。
「分かりました。では、『影の管理者』として——」
「影もいらないです」
「では……『静かなる導き手』——」
「それも駄目です」
結局、『世話人』という肩書に落ち着いた。
こうして、世界は救われた。
封印結界は全て修復され、魔王は完全に封じられた。
そして俺は、この世界の『世話人』として、ここに留まることになった。
「ユウキ様」
エレナリアが、夕焼けの中で微笑む。
「あなたのおかげで、世界は平和になりました。本当に、ありがとうございます」
「どういたしまして……」
「これから、私たちと一緒に、この世界を守っていきましょう」
アリシアも頷く。
「ああ。俺たち三人で、な」
俺たち、という言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
恥ずかしい設定。痛い台詞。黒歴史のオンパレード。
でも、それが現実になって、誰かを救うことができた。
「ところで、ユウキ様」
「何ですか?」
「一つ、お聞きしたいことが」
「はい」
「あなたは、どうしてこの世界の全てを知っていたのですか?」
その質問に、俺は少しだけ考えてから、答えた。
「それは……『前世の記憶』です」
「前世……!」
二人は目を輝かせた。
「やはり、あなたは『転生者』だったのですね!」
「まあ、そういうことです」
嘘じゃない。前世の記憶、というのは本当だ。
ただ、その記憶が『中学生の黒歴史ノート』だとは、死んでも言えないけれど。
「それでは、あなたは『運命に導かれて』ここに——」
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「その……できれば、『運命』とか、そういう言葉、使わないでもらえると助かります」
「どうしてですか?」
「恥ずかしいからです」
二人はまた首を傾げた。
そして、笑った。
「ユウキ様は、本当に面白い方ですね」
「謙虚で、優しくて、そして……少しだけ、不思議な方」
二人の笑顔が、夕日に染まっている。
ああ、そうか。
この世界は、確かに恥ずかしい。痛い。黒歴史だらけだ。
でも、ここには、俺が中学生の頃に夢見た『理想』が、全部詰まっている。
美少女と冒険して、世界を救って、感謝されて。
そういう、『こうだったらいいな』が、全部現実になっている。
「……なあ、二人とも」
「はい?」
「これから、よろしくお願いします」
俺は、初めて、自分から笑顔を向けた。
二人は少し驚いた顔をして、それから、とびきりの笑顔を返してくれた。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「一緒に、この世界を守りましょう」
夕日が沈んでいく。
新しい朝が、やがて来る。
俺の黒歴史は、これからも続く。
でも、もう逃げない。
この世界で、この二人と、この恥ずかしい設定と、ちゃんと向き合っていこうと思う。
——ただし、誰かに『前世のノート』を見せることだけは、絶対にしない。
それだけは、死んでも譲れない。
俺の最後の、最後の、プライドとして。




