死神になるために
ピンポーン⋯。ピンポーン⋯。
「はい?」
「どーも。松本太一さんッスね?」
「え、そうですけど」
「僕は死神ッス。よろしくッス」
「⋯えーと、そーゆーのは間に合ってますんで結構です」
スーツをきた男性がなにやら胡散臭い事を言っている。こういう人には関わりたくないのでドアを閉めようとすると、隙間に足をはさんで抵抗してきた。
「いやいやいや、松本さんには必要ッスよ?間に合わないッスよ?」
「いきなり死神とかヤバい事言う人は困ります。警察呼びますよ?」
「そんな事してる暇ないッス。ほら、聞こえませんか?ガス漏れしてる音が」
「はぁ??」
⋯⋯シュー⋯⋯シュー⋯。
バチッ、バチッ⋯。
あっ⋯⋯⋯⋯。
その瞬間、目の前が真っ赤に染まり、そして真っ暗になった。
ピンポーン⋯。ピンポーン⋯。
⋯⋯あれ?
ピンポーン⋯。ピンポーン⋯。
「はいはい」
「先程はどーも。松本さん。死神ッスよ」
「⋯え?あんたは、あれ?さっき??」
そうだ、さっきこいつと言い合ってたような⋯。
「先程、松本さんはガス爆発で死んだんスよ」
「⋯⋯⋯は?」
「なので、死ぬ前に戻したッス」
「何言ってんの?」
「ちょっと説明しまスんで、お邪魔するッス」
「ちょっ!」
止める間もなく勝手に入ってきたと思ったら、ガスの元栓を止めた。そのまま迷う事なく冷蔵庫に向かい、埃まみれのコンセントを抜いて、綺麗にしてから差し直した。
⋯⋯え、ガス?⋯⋯え?え?
「覚えてませんか?ガスが漏れていて、そこに静電気で引火して爆発。それで松本さんは死んだんス」
「え、でも」
「そう、生きてまスね」
生きているのは間違いない。⋯でも、確かに何が漏れてるような音がしたと思ったら、真っ赤になって、すごく熱かったような気がする。
「簡単に説明しまスと、松本さんは本来まだ死ぬ予定ではありません。でスが、先程のように事故かなにかで死んでしまう可能性がありまス。そうならないように僕が派遣されてきたんス」
「なに、それ⋯」
「これから何か起こる前に対処、もしくは起きても先程のように対処するッス」
「対処⋯、生き返るって事か?」
「そんな感じッス。ちなみに、事故の内容は起きる直前までわかんないんスよねぇ。なので、しばらく一緒にいさせていただきまス」
「え、一緒?」
「はい。こちらとしても、松本さんに予定外に死なれては困るんスよ。松本さんも死にたくはないでしょう?」
そりゃ死にたくない。でも、言われている内容は随分と現実離れしている。⋯⋯でも、さっき経験したのは夢じゃない、と身体は理解しているようで身体の震えが止まらない。
「⋯わかりたくないけど、わかった」
「よろしくッス!」
一緒にいると言った死神は、四六時中つきっきりでいるつもりのようだ。トイレと風呂にもついてくる勢いだったが、それはなんとか遠慮してもらった。事故の内容が直前にわかるなら間に合うだろうと説得して。扉の前には居座られたが。
「え、仕事にもついてくんの?」
「そりゃそうッスよ。どこで死んじゃうのかわかんないスから」
「いや、会社の人になんて説明すればいいんだよ」
「あ、僕の事は松本さん以外には見えないんで安心してください」
「そうなの?」
「松本さんにしか見えない、専属のボディガードッス!」
「それならいいのか⋯」
「まぁ、いろいろと見習い中の身なんスけどね!」
「すげぇ不安だよ⋯」
出勤途中、駅まで歩いていると車に轢かれそうになった。
「あ、危ねぇ。⋯今のは?」
「⋯関係ないッスねぇ。何も連絡なかったッス」
「そ、そうか」
「⋯⋯残念ッス」
「なんか言ったか?」
「無事で良かったッスねって」
その後は、いつも通りに出勤して、定時まで働いて退勤した。何も起こらず無事に帰宅できた。
その後、数日間何も起こらなかった。だから、すっかり油断していた。
「あー⋯」
「あれ?え?」
「松本さん。先程、あそこで死にました」
指をさされた方を見てみると、ビルの建設現場があった。それが視界に入ると同時に、鉄骨やら足場のパイプなど、いろんなものが自分に向かって降ってくる光景が思い出された。ぶつかったと思ったら、視界が真っ暗になり、気づいたら今ここに立っていた。
「というわけで、あそこは危ないので近づいちゃダメッス」
危ない。
そう言われて、身体がぶるっと震えた。
建設現場から離れて少し経つと、後ろから騒がしい音がしてきた。あの光景に至る事故が起きたんだろう。もしかして、自分の代わりに誰か死んでしまったのだろうか。
「大丈夫ッス。松本さん以外に死ぬ人はいなかったッス」
「っ!なんで!?」
「考えそうな事なんてわかるッスよ。まぁ、怪我人も出てないから、気にしなくて大丈夫ッスよ」
話の内容が内容だけに、胡散臭くて信じきれなかったけど、死神は本当に他の人には見えていないようだし、今回の事で本当の事なんだと再認識させられた。
「⋯こんな事、あと何回起きるんだろ?」
「んー、数回としか言えないッスねぇ」
「数回もあるのか⋯。戻してもらえるとはいえ、キツイな⋯」
「そこは申し訳ないッスねぇ」
「なんだろ。申し訳なさを全く感じないな」
なんだコイツ。
ほんの数日の間に、
トラックに轢かれて、
通り魔に刺されて、
死んだ。
どちらも死ぬ直前までの記憶がある。トラックは即死だったけど、通り魔は刺された場所のせいなのか、徐々に死に近づいていくのを感じた。もうおかしくなりそうだ。⋯いや、もうなっているのかもしれない。
「⋯⋯そろそろ、いい感じッスねぇ」
「なんか言ったか?」
「あと何回なんスかねぇって」
「ほんとにな。つか、起こる前に対処してほしいよ。言ってたよな?」
「いやぁ、できればそうしたいんスけどね。間に合わなくて申し訳ないッス」
また数日間、何も起きなかった。いつものように仕事を終えた後、二人で電車を待っていた。死神と一緒に帰宅するのにも慣れてきた。
乗る予定の電車がもうすぐホームに入ってくるという放送が流れた後、背中をドンと押された。混雑時には押されてしまう事はある。そう思った瞬間、再び押された。さすがに何事かと振り返ろうとするもまたも押され、電車が入ってくる方向に転びそうになった。それでもホームドアがあるから落ちる心配はない。⋯⋯はずだったのだが、何故かホームドアがそこだけ開いている。
故障か?!何が起きてる?!いや、それより死神は?!
もう一度押されて、ふらつきながらも死神を探す。周りからは「落ちるぞ!」とか「電車がくる!」とか聞こえてくる。
ヤバい!
死神!
助けてくれ!
間に合うだろ!?
電車に轢かれる!
ボディガードを自称していた死神を見つけた時、彼はいい笑顔で言い放った。
「松本さん!どうもありがとッス!」
そして、開いているホームドアに向かって、俺を力いっぱいに押し出した。
なん⋯⋯で⋯⋯⋯あっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「これでようやく見習いから卒業ッスね。松本さんのおかげッス!本当にありがとうございました!」




