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客室には、かちゃかちゃと器具が触れ合う乾いた音と、血の匂いが重く満ちていた。
竜胆の額を伝う冷汗が、緊迫した空気をさらに重くする。
(まずい……傷口に瘴気が入り込んでいる。
だが無理に浄化すれば、妖の体を内側から焼き尽くす猛毒になる……)
紅葉の癒しの光は布に反射して赤黒く揺れ、潮の手は血に濡れた布を絞るたび小さく震えていた。
「竜胆、この子を助けるのは……」
「シオと約束しましたからね。どうやっても、生きてもらわねばなりません。
それに――春星の行き先を知るのも、きっとこの子だけです。」
思うように精霊の治癒術が浸透しない現状や、潮に渡す大量の出血を抑えた布。
その量から、潮も不安そうな顔をしている。
しかし、どれだけ厳しい治療であっても医師として、シオと約束したただ一人の男として
決して約束を違えるわけにはいかなかった。
可愛い家族。独りになって以降、やっとできた新たな家族の手がかり
それを諦めることは、竜胆はできないのだ。
「どうしたら…」
思うように進まない治療に苦悩する竜胆。
そして、潮が水を操っているのを見て閃いた。
「潮、質問です。水と同じように血液を操れますか⁉︎」
「へ?あ、あぁ、水の精霊ほど上手くはできないが、これでも筆頭精霊だ。」
突然の質問に、潮はギョッと驚いたもののなるべく冷静に言葉を返す。
それを聴いた竜胆は、突如言い出すのだった。
「潮、傷口に瘴気が入り込んで、このままでは精霊術もうまく効かず、命を落とします。
そこで、あなたの力で循環装置のように血液を操ってください。
血液を回している間に瘴気だけ取り除きます。」
それを聴いた潮は再び驚いた。
「そこまで精密に、俺だとできんぞ!?ジョアンのような水の精霊でなければ!」
紅葉もハラハラしながら「そうよ、専門外だわ!」と声をあげる。
「ジョアンはおそらく春星について行ってます。なので居ません。
ですが、やらなければこの子は死にます!!!
春星の手がかりを失ってしまうんですよ!!」
強い意志を宿した竜胆の瞳と言葉に、少しの間考えた潮は「どうなっても知らんぞ!」と
未だ流れる血液を操り始めた。
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シオの部屋では、未だ青い顔のシオをイヴェールが宥めていた。
「竜胆は、名医だ。あいつほど腕のいい医師を俺は知らん。
大丈夫だ。」
シオも真っ青な顔色は変わらないものの、震えはおさまってきていた。
その時、ノックの音が響いた。
「シオ、イヴェール。入りますよ。」
ガチャリと入ってきたのは、先ほどまで治療していた姿のままの竜胆。
白衣にはまだ血が付着している。
「治療が終わりましたよ。一命は取り留めました。
……シオ、あなたが必死に繋いでくれたから、間に合ったんです。」
ふと優しい顔で告げる竜胆に、血がつくのも構わずシオは抱きついた。
「竜胆!ありがとう!」
先ほどの真っ青な顔とはうってかわって、頬にわずかに赤みがさしていた。
「こらこら、血がつきますよ。
僕は着替えてきますから、下で話しましょう。先に行っていてください。」
そう言うと、竜胆は血に汚れた服を着替えに自室へ向かって行った。
「冬!あの子助かったよ!」
「言っただろ?あいつほどの名医を俺は知らないと。」
元気を取り戻し始めたシオに、イヴェールは頭を撫でながらリビングへと促した。
一命を取り留めましたね。
妖と精霊は陰陽の関係に近いです。
程よく使えば薬に。過ぎれば毒に。
竜胆は、春星を見ていたおかげで助けられましたが普通の医師では難しいです。




