秋の領域者・竜胆
美しい紅葉に囲まれた世界、秋の領域では今日も豊かな実りに満ちている。
そんな一角、山の麓の診療所で落ち葉色の髪をした好青年の静かな声が響いていた。
「春星、今日は健康診断ですよ。」
「う、わかってるよ竜胆。大丈夫だってば!」
桜色の髪の少年にも少女にもみえる人物――春の守護者・春星に、
落ち葉色の髪の好青年・竜胆は微笑みを浮かべながら告げた。
「ダメですよ。先日濃い瘴気との戦闘があったと桜やジョアンから聞いています。
重篤な瘴気中毒を患って今でも生きているのは、君が半妖だから。
春の領域の特異性もあって、こまめな診察は必要です。」
桜色の頭を撫でながら告げる竜胆に、春星はぶすくれた顔をしながらも逆らわなかった。
「桜達、結局チクったな……。わかってるよ。
ジョアンの浄化無しに、流石の僕でも生きられないもん。」
大人しく診察を受ける春星に、竜胆は白衣から一つ、飴を取り出して渡す。
「よくできました。それじゃあ診察しますからね。」
渡された飴を口にしながら、春星は目を輝かせて竜胆の白衣のポケットを漁り始めた。
「こらこら。」
困ったように笑う竜胆。だがその笑みはどこか慣れたものだった。
「終わってからですよ。……好きですねぇ、飴。」
後ろに控えていた紅葉色の髪の女性――豊穣の精霊・紅葉がクスクスと笑った。
「竜胆、春星は貴方の作る飴だから好きなのよ。ふふ、器用なんだもの。
ご褒美の飴も、薬草飴も、よくできているわぁ。」
「紅葉、春星もシオもリンも、おかげで僕の白衣を漁る癖がついちゃってますよ。」
クスクスと竜胆も笑うが、その白衣の内ポケットには、甘く美味しい飴と、罰用の薬草飴が同じ姿で入っている。
薬草飴は、苦味とわずかな甘さの奥に鼻を突く青臭さがあり、子供達からは大不評だが、なぜか老人には人気だった。
「むぅ……どれがご褒美飴かわかんねぇんだよ!」
春星はぶつぶつ言いながらも竜胆のポケットを漁り続け、紅葉は声を上げて笑った。
「ふふ、さぁ春星、診察を受けましょう。終わればきっとまた、竜胆が飴をくれるわ。」
そう宥められて春星はようやく椅子に座り、竜胆は診察器具の準備に入る。
――その時だった。
和やかな空気を壊すように、飛び込んできたのは慌てた村人の声だった。
「先生!大変だ!瘴気が出た!」
バタバタと駆け込んできた男に、竜胆は怒鳴るでもなく「落ち着きなさい」と静かに制した。
「診察中ですよ。お静かに。……瘴気ですね。どこに出たのです?」
「西の果樹園だ!子供達が戻ってこねぇ!」
その言葉に竜胆の表情がスッと冷えた。
「わかりました。紅葉、行きますよ。春星、戻ったら診察しますからね。
桜を借りますよ、今日は僕だけでどうにかします。」
春星は渋い顔をしつつも頷き、声を上げた。
「桜、竜胆達に力を貸して!」
空間が揺らぎ、美しい桜色の髪の女性――春の契約精霊・桜が現れる。
「わかりましたわ。春星の頼みですから。」
竜胆は紅葉と桜を連れ、診療所を飛び出した。
美しい秋の森を駆ける竜胆と精霊達。
だが進むほどに、豊穣を約束された森の色が徐々に褪せていく。
美しい景色が、進むほどに乱暴に消された水彩画のようになっていった。
森の命の匂いも気配も薄れ、代わりに生き物が腐ったような鼻につく腐臭が漂い始める。
「坊のことでも思い出してるの?」
紅葉がクスクスと笑いながら問いかける。
「想像に任せます。」
竜胆は白衣を翻し、緊張感を纏ったまま駆け抜けていった。
やがて辿り着いた果樹園は、異様な静けさに包まれていた。
本来なら果実の甘い香りが漂うはずの場所に、瘴気の生臭い腐臭だけが充満している。
転がった籠、潰れた果実。それらからは一切の甘い香りは消え、腐臭にかき消されていた。
桜でさえ袂で鼻を覆うほどの悪臭だった。
「子供達の気配……あの中にありますわね。」
桜が目を細めた。
瘴気は竜胆達に気づくと、じわりじわりと景色に同化しながら逃げようとしていた。
「おや、隠れん坊ですか。」
竜胆は冷ややかに呟いた。
神器――葉隠を発動した竜胆の眼には、隠された小さな命の光が確かに映っている。
「隠れても無駄です。僕の眼からは逃げられませんよ。さぁ、子供達を返してもらいましょう。」
一閃。
同化していた瘴気の膜が切り裂かれた。
攫われていた子供達は恐怖と瘴気にあたり、顔色を悪くしながら瘴気の膜からまろび出てきた。
「紅葉! 桜!」
即座に呼ばれた精霊達が子供達を保護する。
桜の花と紅葉の葉が舞い、子供達を守る障壁が展開された。
「子供達は確保したわ。竜胆、任せたわ。」
紅葉の声を聞き、子供達にちらりと優しい光を湛えた目線を向け確認すると
再度冷たい怒りの炎を宿し直し竜胆は白衣を翻し瘴気の本体へと歩み出る。
「子供達は確かに、返してもらいました。
さて、次はあなたが罪を贖う番です。」
瞬きの間のことだった。
竜胆の姿が掻き消えたかと思えば、次の瞬間には瘴気の本体が斬り裂かれていた。
しかし斬られたはずの身体は繋がったままで、瘴気は状況を理解できずに動こうとする。
だが、それは叶わなかった。
動き出そうとした身体が突如、破裂しそうなほど膨れ上がっていったのだ。
「おや……見えませんでしたか。
切り口に豊穣の再生を流し込みました。過剰な再生は、己を内側から食い破るだけ。
――卑怯者には似合いの最期ですよ。」
瘴気の体は耐えきれず、断末魔をあげる間もなく自壊した。
黒い残滓は匂いと共に木枯らしに散らされ、果樹園には芳醇な香りが戻り始めていた。
「子供達の応急処置は済ませましたわ。」
桜が膝をつき、子供の手を包みながら振り返る。
「外傷はありません。ですが瘴気に触れたことで体力を奪われていますね。
紅葉の加護で少し休めば大丈夫でしょう。」
竜胆は一人ひとりの顔色を確かめ、息を吐いた。
「少し当てられただけで済んでよかった。さて――帰ったら春の診察が残ってますよ。」
精霊たちはクスクスと笑い、緊張が解けた果樹園に再び穏やかな空気が広がっていく。
「さて、待っているように言いましたが……春は大人しくしていますかねぇ?」
大袈裟に肩を落として見せる秋に、桜は「きっと今頃逃げ帰ってますわね」と笑った。
医師の仕事は、まだ残っている。
診療所では、可愛い兄弟分のようなあの桜色が渋い顔をして待っているかもしれないのだから。
竜胆の1日は、まだ終わらない。
秋まで描き終わりましたね・・・!!
ここまで、春の領域、夏の領域、秋の領域を紹介しましたが、次はいよいよ最後の領域の守護者です。
余談ですが、竜胆は既婚者です。
可愛い息子と最愛の妻がいました。
ちなみに、竜胆、領域の守護者達やギルド、はたまた国の王族貴族まで、いろいろーな情報を握ってるとか。
どこで知ったかはわかりませんが、情報屋も真っ青の情報量だそうですよ。




