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4話
暦の館のリビングには三人の守護者と三人の精霊が集まっていた。
春星が行方がわからなくなってしまっている今、空気も張り詰めたものとなっている。
精霊達も各々難しい顔をし、守護者達も顔がこわばっている。
静寂を壊すかのようにどったんばったんと、玄関のあたりが騒がしくなる。
リビングの扉が、外れるんじゃないかという勢いでバン!と開いた。
真っ赤な髪を揺らして仁王立ちするマナツと、その背後に控える大男。
大男の肩にはリンが担がれていて、「はーなーせぇーーー!!!」と暴れている。
「ちょっと!舎弟達から聞いたわよ! 春がいなくなったんですって!?
アタシたちのことも呼びなさいよね!!!!」
怒れる美人の迫力に、イヴェールも竜胆も一瞬たじろぐ。
リンは市場に売られる魚のようにバタバタと暴れて「マナツ!いい加減降ろしてよ!」と叫んだ。
マナツが顎で合図すると、大男はスッとリンを床に降ろす。
マナツに降ろされたリンは、床に着地すると同時にぷいっと顔を上げた。
「私も聞く!春のことなら置いてかないでよ!」
その言葉に、部屋の空気は一瞬和んだ。
「で? アタシの可愛いモデルが行方不明ってどういうこと?
舎弟からもある程度聞いたけど、詳しい話を聞かせてもらおうじゃないの!」
イヴェールは深いため息を吐いて、竜胆は苦笑しながらお茶を用意する。
「……本当に、派手なご登場ですね」
全員が席につくと、イヴェールが口を開いた瞬間、空気が再び重く沈んだ。
「あくまでもシオから聞いた話だが――買い物から帰った直後に重傷の妖が駆け込んできた。
“遊郭が危険”という伝言を残して、春星は精霊を連れて飛び出したらしい」
「遊郭?」とマナツが眉をひそめる。
「妖の言う遊郭だ。領域の花街ではない。……無季の中にある“御魂烏の遊郭”だろうな」
その言葉に、部屋の空気が一層張り詰める。
無季――瘴気が渦巻き、ただの人間が一歩でも踏み込めば存在ごと喰われる死地。
そこで生き残れるのは妖のみ。
守護者といえども、一定の条件を満たさなければ滞在すらできないとされる場所。
そこへ、瘴気中毒を抱える春星が飛び込んでいった。
竜胆は顔を真っ青にして、拳を強く握りしめた。
「御魂烏の……遊郭」
紅葉がゆっくりと言葉を繰り返した。その声音には、重苦しいものが滲んでいる。
「妖にとっての最後の砦。古き時代から、瘴気と共に生きる者たちが隠れ住む場所……」
ティトラも険しい顔で続けた。
「まさか、そこへ春が自分から行くなんてね。
あそこは、冗談抜きで帰ってこられなくなる場所よ」
潮も、ガリガリと頭をかきながら続ける。
「あの鳥女ところかぁ。春星もとんでもねぇとこで育ったな。
まぁ、確かに春星はあそこで育てばもっと幸せだったかもしれん・・・。」
精霊たちは、神代から生きているだけあり何かを知っているようだった。
「潮たち、知ってるの?その妖の遊郭のこと。」
潮の不思議そうな顔に、精霊たちは顔を見合わせた。
重そうに口を開いたのは紅葉だった。
「えぇ、知ってるわ。よーーーっくね。
初代の守護者達と力を合わせて季節を巡らせ、悪きものの封印に力を貸した元・聖獣。
最後の足掻きに呪いを受けて妖へとその身を堕とした大いなる鳥。それが御魂烏よ。」
苦虫を潰したかのようななんともいえない表情も紅葉。
同意するように頷き合う潮とティトラもまた同じ表情だった。
「呪いを受けて私たちの前から姿を消していたけど、遊郭の主人になっていたとはね・・・。」
ティトラが頭を抱え始めていた。
「確かに、あれだけいる妖を統率するならああいうやつじゃなきゃ無理か・・・」
潮も同じような状態だった。
「……ったく、あの女狐みたいな掴みどころのねぇ奴んとこに行かなきゃなんねぇのかよ。
風みてぇにフラフラしてて、人を食ったようなことばっか言いやがる。考えただけで胃が痛ぇ……」
次第に本当に胃が痛くなってきた気分になったのかお腹を抑え始める潮。
それを見た守護者たちは顔を見合わせ、「どんなやつなんだ……」と一斉に呟いた。
空気にわずかな緊張が戻る。
「それにしても、春が遊郭出身なんて初めて聞いたわ」
紅葉が静かに口を開くと、竜胆が頷いた。
「えぇ。僕も多少は春の幼い頃を知っていますが、一番詳しいのは冬ですからね」
そう言われたイヴェールは、少しだけ目を伏せ、低く息を吐いた。
「……俺とて、守護者となってからの春しか知らん。
ただ、俺と竜胆、それに先代の夏の守護者がいた頃――あいつはひどく荒れていた。
今よりもずっと体も小さく、神器を使うだけで血を吐くほどだった」
イヴェールの言葉に、部屋の温度が静かに下がっていく。
誰もが、その光景を思い描こうとして言葉を失った。
「小さな体で最強の槍を振るい、夏の領域の結界を破壊し、守護者を――殺した。
竜胆の結界も、一度は破壊されている」
一瞬、時間が止まった。
「竜胆の結界を……破壊したの!?」
「竜胆の結界って、イヴェールの次に硬いよね!?」
「今の私より年下だったんでしょ……?」
シオ、マナツ、リンの声が重なり、誰もが信じられない顔をした。
しかし、頭に浮かぶのは今の春星の姿だけで――幼い彼の面影を想像できる者はいなかった。
竜胆は、手にした茶を静かに置き、遠くを見た。
「……あの頃は、凄かったですね」
「夏の領域が消滅するかと焦ったぞ」
「守護者が守護者を殺したなんて、前代未聞だったもの」
精霊たちの声に滲むのは、あの頃の苦い記憶。
「なにせ、最高硬度を誇る冬の結界にさえ大きな亀裂を入れたんですから。
あの歳でできるなんて、本当に春星は天才ですよ。」
思い出したのか、お茶を手にしながら苦笑する竜胆。
「破壊できずに一度は撤退したが、再度来たのを俺が捕らえて保護していた。」
春星とイヴェールの出会いを聞いて驚く三人。
「でっでも今の春は、神器を使っても血を吐いてないよ!?」
「精霊の加護だったとしても、そんな状態から吐かなくなるなんてないよね?」
シオとリンが興奮気味に竜胆の方へ身を乗り出した。
「えぇ。あくまでも今は体も成長したことでより強い加護を受けていること
そして、器が成長したことで受け止められる量が増えたから落ち着いているんです。
当時、まだ10歳ほどでしたからね。」
10歳、その年齢を聞いた三人は絶句した。
まだ親の庇護下に、そうでなくても大人の陰にいていい年齢。
優しいあの桜色が、その歳で血に染まっていたことに強いショックを受けた。
「捕えるのも一苦労だ。短期決戦な上に、爆発的な攻撃力と瞬発力がある。
俺が死ぬほど策を弄してやっと捕まえたんだ。直接やったら俺だって危なかった。」
その当時のことを思い出したのか、イヴェールも次第に苦い顔になっていった。
「先生が今の春を作り上げたんだよ。それまでのあいつは、おそらく碌な目にあってない。
痩せていて、手足も折れそうなほど細かった。遊郭で保護されていたのだって短い間だろう。」
イヴェールは、茶杯を見つめたまま静かに言った。
「……あの時の春星は、生きるために戦っていたわけじゃない。
抱えきれない憎しみを、どうにもできなかったんだ。
戦うことでしか、それを吐き出せなかった」
低く落ち着いた声の奥に、痛みのようなものが滲んでいた。
「誰かに守られることも、甘えることも、とうに諦めていたんだろう」
その言葉に、誰も返せなかった。
竜胆は静かに目を伏せ、シオは唇を噛んで俯いた。
外では、嫌味なくらい桜の花が美しく咲き誇っていた。
春星も過去が一部明かされました。
10歳で守護者になったのは、春星が初めてで史上最年少でした。
そして、その強さも異例な強さでした。




