世界と革命家
『バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。愛のない真の革命家を創造することは、不可能だ』
ーチェ・ゲバラー
ー鸞暦1543年 5月5日
ハホ大陸・ファイブ地域の街 ヘリアムー
「スズ姉、おはよう」
"壁ノ実悠帆"17歳。
昔は母と妹との3人で暮らしていたが、4歳の頃に起きたとある事件をきっかけに、食堂を営む女性、"スズー・ラン"に保護され、2人で生活している。
「おはよう、悠帆。朝ごはん食べちゃいな、さっさとお店開けるわよ」
「はいはい、朝は…今日も相変わらずのトーストか。そろそろ飽きてきたフシもあるんだが…」
「まぁまぁ、いいじゃないの。いつも通りの日常ってのが、一番いいのよ」
「いつも通りがいつも通りすぎるだろ…」
「ま、さっさとお店開けたいから、食べちゃいなさい」
「りょーかーい」
悠帆は薄っぺらい返事をした。
ー食堂ー
「いらっしゃいませ〜」
「悠帆くん、カレーライス。あとアイスコーヒーお願い」
「あ、燐さん。いらっしゃいませ。相変わらず変な組み合わせですね」
「いやぁ…この組み合わせが一番美味しいんだからね、きみも一回試したらわかるはずだよ」
「いやぁ…遠慮しときます…」
下町の小さな食堂。常連客がよく来るが、大繁盛することは少ない。店員もスズさんと悠帆の2人しかおらず、回転率も少し悪い。けれど、皆から愛されている食堂だ。店内はいつも閑散としている。店内には、テレビと換気扇、そしてスズさんとお客さんが話す声しか聞こえない。
「はい、お待ちどうさん。カレーとアイスコーヒー」
「ありがとさん。悠帆くんの作るカレーが一番美味し…あれ、福神漬と浅漬と梅干し全部なくなってるじゃん…」
「ん…あぁ、補充し忘れてました。すぐ使いします。にしても、その3つが好きなんて、相変わらず舌が完全にばあさんですね」
「うるせー、こちとらまだピチピチの26だっつーの」
そんな他愛もない会話をいつも響かせ、食堂の日常は終わる。
「ありがとうございました~」
夜になり、スズさんが最後のお客さんを見送り、店を閉める。スチームパンクな街並みに浮かんだ月を見て、変わらない日常を安心しているスズさん。それを見ながらお客さんのお皿を片付ける悠帆。相変わらずの日常だなと、悠帆も思っていた。
「さぁ、後片付けするよ」
「はいよー」
スズさんの元気な声とは対照的に、悠帆は気怠げだった。
『次のニュースです』
悠帆がカウンターを拭いているとテレビのニュースが耳に入った。
『先月のハホ大陸での、世界政府による"魔女狩り"により、拘束された統計の人数は26人でした。これは魔女狩りを実施している15年間の中で大陸内最多となりました。他の大陸では、ネオス大陸で11人。独龍大陸で35人。鸞孕大陸で6人。硫黄大陸で14人。クリプト大陸で0人でした。』
「最近多いわね…」
そのニュースを聞いて、悠帆は苦い顔をしていた。
「スズ姉、そろそろ出てってもいいか?…」
「!…なんで!?」
「前から言ってただろ。オレが出ていくときはそういうときって言ってあったでしょ?」
「そーかー、悠帆もついに家出か〜」
スズさんはやけにニコニコしながら言った。
「やけにニコニコだな…」
「いやー、ついに悠帆も巣立つのか〜って。お姉さん、ワクワクしちゃうわ〜。日常が変わっちゃうのは嫌だけど」
スズさんは牛乳を飲み、笑いながら、楽しそうにそういった。
「ノリが軽すぎるだろ…俺が何しようとしてるかわかってるの…?」
「あぁ…もちろん。『革命』…だろ?しかも、地区政府でも、大陸政府でもない…世界政府に対してだろ?」
「そうだ、世界を潰しに行くんだ…」
悠帆はスズさんとは対照的に、真剣な眼差しでそういった。
「まぁ、お客さんもよく言ってるしねぇ、今の世界政府のやり方には、いろいろ文句があるって。私自身も、今のやり方は正直、よくないとは、思う」
「そんな感じだから、明日の朝には出て行くから、よろしく」
悠帆はそっけなくそう言った。
「ちなみに、行き先は決めてるの?」
「あぁ、独龍大陸だ。そこで"半減軍"に協力者契約を結んでもらう」
「いやー、とんでもない子を育てちゃったねぇ。わかったよ、頑張るんだよ、駆け上がるなら全力でだよ、頂点まで」
ーへリアム沿岸部の港ー
「じゃあいってらっしゃい、頑張るんだよ」
「見送りに来なくてもいいって言ったはずなのに…」
「あんたもいうようになったねぇw。昔はゴミ出しに行くだけでも、一緒に行くってわがまま言ってたくせに。私を一人にしたくないってねぇ」
スズさんは、茶化すようにニヤつきながらそう言った。
「やめろそんな昔の話をするのは…恥ずかしいだろ…」
「そんなこと言っちゃってぇ…悠帆が出ていったら、守ってくれる人がいないから私すぐ狩られちゃうかもぉ…私…か弱い乙女だしぃ…」
「はいはい、すごいすごーい」
悠帆はすごく棒読みでそう言った。
「いやぁだ〜悠帆ったら、つ・め・
・た・い☆」
「だいたい、一緒に生活していた13年間、魔女狩りに1回も遭遇しなかっただろ…」
「まぁ、そもそも私は"能力者"じゃないし」
「それは…」
悠帆の顔が少し暗くなった。まるで、何かつらいことを思い出したかのような顔をしていた。
「あれっ?やっぱり悲しくなってきた?」
「うるさい!」
悠帆は大きく否定するように言い放った。
(あれぇ…なんか気に障っちゃったかなぁ…?)
スズさんは少し申し訳なさそうな顔をした。
「あ!そうだ、悠帆、渡しておきたい物があるの忘れてた」
「ん…?何…?」
スズさんは悠帆の手のひらにポンと何かを置いた。それを見て、悠帆は驚いてすぐさまそれを隠した。
「おい!これ、銃じゃねぇか!」
悠帆は、焦りながら小声でそう言った。
「残念!自動拳銃で〜す!!」
「そういう問題じゃねぇだろ!てか、そもそもどこから手に入れた!…この大陸で銃なんて容易に手に入れれるものじゃねぇだろ…」
悠帆は、呆れたように言った。
「入手ルートはヒ・ミ・ツでーす。隠し事は女のアクセサーってよく言うでしょ?」
「何言ってんだこの人…そもそも、銃なんて扱ったこと無いもの…急に渡されだってどうすりゃいいのか…」
「悠帆、」
スズさんは悠帆の言葉を遮るように言った。悠帆は、言葉を止めた。
「ある人がこんな言葉を残した。『理念なくして闘争力なし』って。逆に、理念や理由があれば必然的に闘争力や闘争心が生まれる。しかも、あんたがその闘争心を向けているのは、世界政府という大きな壁だ。そんじょそこらの路傍の石じゃないんだ。そんな大きな壁を破るには、道具を持たずに、そして、血をみないなんて、甘い考えは通用しない。もし、そんな考えなら、革命なんて今すぐに志すのをやめるんだよ」
スズさんは、さっきとは全く違う真剣な眼差しで悠帆に語りかけた。
「…わかったよ…」
「これは、その壁を破るための道具だから、大切にするんだよ」
「…ありがとう」
悠帆は、その拳銃をそっと鞄の中にしまった。
「ちなみに、その言葉残した人は誰なの?」
悠帆は、好奇心からそう聞いた。
「それは行ってもわからないと思うから言わな〜い」
「なんでし…」
悠帆は、呆れ顔でそう言った。
「まぁまぁいいじゃないのよ、さあ言ってきなさい。あの世界の頂点を打ち落としてね。頑張って、気をつけるんだよ」
「ああ、行ってくる」
そう言って、悠帆は、自信あふれる顔で船に乗っていった。