川を流れるモノ
急行電車の窓から見える景色が好きだ。左から右へ凄い速さで過ぎ去って行く家、ビル、山、川。
電車に向かって田んぼの真ん中にポツンと立っている余り知らない企業の看板も良い。
びゅーんと過ぎ去って行く景色を目で追うのがくせになっている通学路。
音楽を聞いてても、ケータイを見つめていても毎回同じパターン化している景色を覚えているから、ここは〇〇駅の近くだななんてチラ見で簡単に把握できてしまう。
だから、変化にとても気付きやすい。
あ、あそこ建物が無くなってる。とか新しいお店出来てるとか。
ある日の雨の降る午前中。
いつもの通学路よりちょっと先の終点まで遊びに行こうと電車を利用した。
終点の大きな街には自分の家の近所にない大きな手芸店が何軒かある。
雨だけどアーケードの所にあるし、地下にもあるから雨の日だろうと関係無い。当時ハマっていたビーズ細工のための珍しいビーズを探しに行くのだ。
いつものように電車の椅子に座って外を眺める。
いつもの通学路を越えて、真新しい景色がビュンビュン流れていく。
私は、小雨が窓を流れ、そのせいで輪郭のハッキリしない、ぼんやり流れてくカラフルな虹色の筋を眺めていた。
途中、大きな川にさしかかる橋の赤い欄干、河川敷の上の舗装道路に犬とカッパ着て散歩する人。
雨のせいで濁って少し水かさが増した川に、何か流れて来る。
白い布を巻いた丸太のようなものが浮いたり沈んだり…何なんだろうと凝視するとまたちらほら増えた。
上流から下流に向かってまばらな動きで何が流れてるのだろうか空き缶というより一斗缶サイズのひと抱えできそうな白い布を巻いた丸太が段々段々増えて流れ去っていく。よく見ると白い着物のようなものを着せられた胴体だけのマネキンっぽいと思った。
トラックの積み荷が事故とかで横転したとか?
周りを見てもそんな感じは無い。
川の淵ギリギリまで増えてみっちり詰まって川面が見えないほどぎゅうぎゅうにせめぎ合い流れていく丸太。
「???」
不思議なのは自転車に乗ってる人も犬を散歩させてる人も、車も何も誰も気付いてない。
電車内のそこそこ混んでる人々も無関心なほどそちらを向かない。
うわっ気持ち悪いって目線を床にずらす。ききすぎたクーラーのせいか、背中を流れる汗が冷えてゾクゾクして気持ち悪い。
床から目線が外せない。怖い怖い怖い。理解を拒む。あれは何なのか?もう川を抜けただろうか?
「次は〇〇駅〜」
次の駅を告げる社内アナウンスが聞こえパッと顔を上げると降りる一個手前の駅だった。
ふー。安堵の長いため息が出た。プシューとドアが開く音がする。ドア入り口の上から雨水が垂れない。小雨がやんだようだ。少し光が差している。
私は、終点で降りた。さっきの出来事を忘れたくて、雨も上がったから地上も地下もたくさんあるお店を端から端まで見て回った。
電車賃を残し、小遣いがすっからかんになるまで遊んだ。
そう、帰りがあるのだ。
別に自分の身に害があったわけでもない。けど、気持ち悪いのだ。また見えてしまったらどうしょうという恐怖がジリジリと門限とともに近寄ってくる。
早く帰らなきゃ。遅くなって、お母さんに怒られる方が怖い。
意を決して改札を抜け電車を待ち車内に乗り込む。
走り出したら、あの川を抜けるまで下を向いてよう。
次の駅から下を向く。早く川を抜けてくれ。
やけにゆっくりと感じられる電車のスピード。窓から差す西日が足元にたまっては影になりを繰り返した。
なんでこんなにビビってんだ。他にも乗客は居るじゃないか。大丈夫だ。もう少しで次の急行停車駅だ。
っていう油断があったのかもしれない。
ちょっと顔をあげてしまった。
大きな川の端っこが視界の端に映った。
「ヒッ」
本当に怖いときはキャーとか叫べないんだな。吸った息が切れて変な声が出そうになって慌てて両手で塞ぐ。
西日で赤く染まった川は血のように濃く赤く、まだ流れてる白い布の丸太を真っ赤にして染め上げている。
あー無理だ。雨のせいじゃなかった。目を閉じて下を向いて自分の最寄り駅まで寝た振りをしてやり過ごそう。
その後は何も起こることなく門限も守って無事に家に着いたのだった。
家に仕事帰りの母がいたので、こんなことがあったって話す。
「あそこの川はね…」
母がいうには、大昔に刑場があった所だったらしく皆白い死に装束を着て、刑罰を受けた人たちがそのまま川に流されたところらしい。身体も血も何もかもそこで流していたらしい。
だから私が見たのはその当時の景色じゃないのかなって言う。たまたま幻が見えただけよ。気にしてもいいことないから忘れなさい。と言ってくれた。
けれど、よっぽどの用事がなければ終点まで行かなくなった。また、そこを通るときは目を閉じて外の景色をみないようになった。