#4
「ふー涼しー」
六月とは思えない猛暑の中鈴凪と二人帰宅、速攻で居間にあるエアコンのスイッチを入れる。
すぐに鈴凪が涼しげなカップの麦茶を持ってきてくれた。
「はい、凛凪ちゃん。これ飲んだら制服洗っちゃうから脱いでね」
「鈴凪脱がしてー」
麦茶を一気飲みすると小さな子みたいに両手をパタパタする。
鈴凪は一つため息をすると、私の着替えを持ってきてくれた。
「鈴凪と色違いのワンピー」
はしゃいでる私に笑顔を見せると、制服を持って鈴凪は洗濯機のあるお風呂場へ行った。
(洗濯機の音)
「今日ねー遥がめっちゃ鈴凪みたいな妹欲しいっていってたよ。お昼休みに」
「えっ?凌お兄ちゃんじゃなくて?」
「凌にーは欲しいじゃなくて手に入れるなんでしょ」
ははは、と渇いた笑いの鈴凪。
「遥ちゃん、何でそんなこといってたの?」
「お昼休みにお弁当のおかずあげたから」
おかず目当てなんだとまた苦笑いする鈴凪。
実際はそこまでにいつもの遊のため息から始まるやりとりがあったんだけど。
いつも思うんだけど、鈴凪って遊に必要以上に素っ気ないよね……ちっちゃい頃は遊助くんって呼んでたのに、今は苗字で呼ぶし。
一つ鈴凪の反応を見てやろう。
「さっきの話の流れで遊がねー」
「?」
「鈴凪みたいなお嫁さんが欲しいって」
「伊東くんが?」
鈴凪は別世界の話題を振られたような反応をし、うーんと一瞬考えてから何か閃いたような顔をした。
「凛凪ちゃん、お料理の特訓しよっか」
「何故そうなる」
「え?伊東くんお弁当気に入ってくれたんだよね?凛凪ちゃんが作ったら、もっと喜んでくれるよ」
そういえば#1で鈴凪「今日も凛凪ちゃんのお迎え?」っていってたなー。
うん?
まさか、鈴凪が遊に素っ気なかったのって……。
「ごめん鈴凪、ちょっとトイレ」
「うん、いってらっしゃい」
スマホを持ってトイレに直行した。
♢
確かに遊がうちに来るのって朝一緒に学校行く誘いと私を遊びに連れて行く時で、大体その場には鈴凪がいる。
側から見れば私に用事があるんだって印象になるのは当然、それを見た鈴凪がどう考えるかなんて大体想像がつく。
(着信音……)
「どした凛凪、何か用?」
「遊は私と鈴凪どっち?」
「はあ?」
我ながら先走ってしまった。
しかしこれは一刻を争う事態、悠長なことはいってられない。
だからこうして蓋をした便座に座ってまで電話してあげたんだから。
「ごめん、俺バカだから言ってる意味がわからない」
「そうだね、だから遊はいつも選択肢を間違え続けてきた」
「イタ電なら切るぞ」
「ちょい待ち」
このまま誤解され続けたら誰も幸せにならない。
バカな遊にもわかるように教えてやろう。
「遊、うちに来る前に一度鈴凪と話した方がいい。そして伝えるんだ」
「何を」
「俺が好きなのは凛凪じゃなくてお前なんだ!と」
「……」
沈黙。
そーでしょーバカな遊には鈴凪が今まで私達をどう見ていたかなんてわかるまい。
「鈴凪がそういったん?」
「鈴凪とのやりとりから、私が読み取った」
「どんな話したんだよ?」
「遥が鈴凪みたいな妹欲しいっていってたでしょ?あれ」
「いや、そこからどうやって読み取ったん?」
「その後、私が」
あれ?これ私いらんこと言った?
ま、いっか。
「遊が鈴凪みたいなお嫁さん欲しいって言ってたって」
「何してくれてんねん」
「いやいや、鈴凪ってなんか遊に素っ気ないでしょ?だからどんな反応するかなーって……」
「だああああ!」
うるさいって!
いきなり叫ばないでよ。
「ちょ!待てって、明日からどんな顔して会えばいいんだよ!」
「だからちゃんと鈴凪に……」
「いやいや、物事には順序ってあるじゃん?例えば良い雰囲気になってーとか」
まずい、こんなとこ座ってるからか。
きた。
尿意が。
「凛凪!聞いてるか!今すぐ鈴凪に……」
「ごめん遊、ちょっとだけ……耳を塞いで、欲しい」
「はあ?何言ってんだいきなり……」
「おしっこ」
慌てて蓋を開けて、パンツを下ろす。
間に合って……。
「ちょ、凛……」
「耳」
……。
(ちょろちょろ……)
まあこんな可愛い音じゃないんですけどね。
♢
「ひどい」
「いやいや、お前の方が酷くね?」
出すもの出した私はちゃんと拭いて手を洗って、自室に移動した。
「遊、聞いたんだ?私のおしっこの音」
「あー何でトイレから電話してくるんだよー」
「拭いてる音も聞いたんだ?めっちゃ毛ー擦れるやんって」
「いやいや俺どんだけ耳いいん?というか、毛ってその、言うなってそういうこと……一応女子なんだし」
一応ってなんだ一応って。
これでも遊の好きな子とわりと似てるんですけど?
「で?」
「いやいや、何ので?だよ」
「今まで通りで鈴凪に勘違いされ続けるか、一歩進むか」
いろいろ失ってまで教えてあげた私の好意を無駄にするのか。
勇気を出すか__。
「正直、一歩進みたい……」
「遊」
「でも、どうすればいいか……俺には」
全く、このヘタレは。
仕方ない。
ここはお姉ちゃんが一肌脱ぎましょう。