和哉×凛凪、由衣
まさかの新キャラが主人公回です。
「おーやってるやってる」
9回表0-2、ツーアウト二三塁。
一打同点……逆転まである場面だ。
ピッチャー振りかぶって、投げた。
高めボール、102。
二球目、低めボール。
202。
「ピッチャーはもう限界か」
キャッチャーも工夫しているみたいだけど、いかんせん球が緩いので相手もボール球には手を出さない。
三球目、ストライクゾーンから内に外れるカーブ。
バッターが初めて手を出した。
打球は一塁線フェアゾーンへ、逸れてファール。
212。
ピッチャー振りかぶる、前球よりボール一つ分下。
バッター見逃してボール、312。
どうする、ピッチャー……相手はもう打てる所しか振らない。
ピッチャー投げた、ど真中。
バッター捉える。
打球は大きい、フェアゾーン寄りだが打球は勢いよく高く上がり……フェンスを越える。
僅かにフェアゾーン、外。
ファールボール、322。
こうなっては完全にバッターの空気。
辺りからはバッターへの声援が飛び交う。
「緊張する場面だぜー大丈夫かー」
ま、いけるだろ。
本戦でもない練習試合だしギャラリーつってもチームメイトくらい、俺みたいな暇人が足を止めて観戦してる程度。
思いっきり、弾き飛ばしてや__。
「打てー遊ー!」
「「……あっ」」
バッター、空振り。
ゲームセット。
「あーあー、いたわ」
ご愁傷さま。
俺は根元まで吸い込んだ煙草を踏み付け、その場を後にした。
♢
昼休み、屋上にやって来た。
当然鍵が掛かってるんだが、三年にもなればピッキングくらいお手のもの。
内側から鍵を掛けて特等席っと__。
フェンスに持たれ、煙草に火を付ける。
深く吸い込み__。
「何やってんだかなー」
未練なんてないと思ってたけど、やっぱり見ちまうと……足が止まった。
相変わらず過ぎて、あれからもう二年経ったとは俄かに信じ難い。
しかし、大きく回すと痛むこの右肩は正直だ。
加えた煙草を大きく吸い込む。
あー落ち着く。
(入口の鍵が解除される音)
担任の見回りか、今日は早いな。
ま、一本見逃してもらったことには素直に感謝するか。
「特等席っと」
内側から鍵を掛けて、真っ直ぐ俺の傍に歩を進める。
「どうやって入ったんだよ……」
「三年にもなればピッキングなんてお手のもの」
短い針金をチラつかせると、すぽっとそのまま体育座した。
俺は目を逸らし、再びフェンスに持たれ煙草に火を付けた。
「見えてるぞーパンツ」
「嬉しい?」
嬉しいってなんだよ……。
恥ずかしがるとか、慌てて隠すとか怒るとか……他にあるだろ。
すっと立ち上がり、俺の隣でフェンスに背中を預けた。
「和哉が嬉しいんだったら、見ていいよ」
自らのスカートを掴む、凛凪の手を止めた。
「やめろ、お前の兄貴に殺される」
全く、まだ責任感じてんのかよ……。
「昨日、来てたよね?」
「見てたのかよ……」
「まーねー変わんないでしょ、遊」
「じゃあ黙っててやれよ……」
凛凪に応援されてブースト掛かるのは晃先輩だけで、俺と遊助は空回りするんだって。
「まだ、痛い?」
俺の右肩に優しく触れて、凛凪は尋ねる。
「別に、日常生活には支障はねー」
「150出して疲れちゃったんだねー」
そんなに出てねーよ。
♢
「はああぁ」
凛凪を返した後、自己嫌悪でしゃがみ込んだ。
何やってんだ俺。
もうあいつらに関わらないって決めたんじゃないのか。
のこのこ練習試合なんか観に行ったから、凛凪はここに来たんだろ。
やっぱり俺、戻りたいのか。
「ふふふ、やっぱり」
くそ、鍵掛けてなかったから一番会いたくないやつが来た。
「何だ、なんか用かー」
「椎葉さん、泣いてたよ?」
俺の前で立ち止まると、松倉はしゃがみ込む俺の顔を覗き込みながらそう言った。
「そりゃーお前があいつの兄貴取り上げたからだろー」
「知ってたんだ。ふふふ、今機嫌がいいから私も見せてあげよっかな」
なるほど、凛凪の後尾行て来てたんだ。
「誤解しないでね、椎葉さんが屋上に上がっていくのが見えて心配で追っかけてきただけだから」
「そっか、だったら慰めてやってくれー」
松倉と二人、踊場に戻り鍵を閉めた。
「昔から、カッコつけ過ぎだよ和哉」
「うるせー」
一度でもこんな奴に惹かれてた過去の自分を殴り付けたい。
「僕は由衣ちゃんと結婚するんだー」
「つっ!」
あああ!
死ね!
幼稚園の頃の俺死ね!
俺が羞恥に耐え切れず地団駄踏んでると、松倉は微笑みながら向かいにしゃがみ込む。
「知らない仲じゃないんだし、私に出来ること……あったら教えてね」
どいつもこいつも。
何で、いまさら。
煙草やめるかー。
「見えてるぞーパンツ」
綺麗な右ストレートが俺の右頬にめり込んだ。