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婚約破棄、それは静かな布石  作者: 朝比奈ゆいか
第1章・婚約破棄事件と王国の秘密
18/21

18.崩れゆく理の時代 -7-

過去の回想編、ここで終了です。

セオドルの身体は、微かに震えていた。

その肌は冷たく――だが、呼吸はかすかに続いている。


(……意識が……戻らない……?)


必死に抱え込んだまま、アルヴェンは焦りを押さえて様子を確認する。


自身のときは――確かに、こんなことは起きなかった。

何が違う?

なぜ――?


(……どういう現象だ……?)


視界の端――

祭壇の中央、宙に浮かぶ球体が、わずかに“脈打つ”のが見えた。

ゆるやかな――だが確かな、淡い光の変化。


(……球体が……?)


だが、今はそれに意識を向けている余裕などなかった。


「……セオドル」


低く呼びかける。

――反応は、ない。

次の瞬間――

セオドルの身体がわずかに強張り、そして、静かに沈んでいった。


(……何かが――始まっている……?)


アルヴェンの胸に、さらに強い焦りが込み上げた――







闇の中。

セオドルの意識は、深く――深く、沈んでいく。

重い。

そして――膨大だ。


(……っ、な、なんだ……これ……)


思考が流される。

いや、違う。

流れ込んでくる、膨大な、何か。


映像。

音。


衝撃的な“情報”の奔流だった。


(……っ、これは……)


次の瞬間、視界に街が映った。


整った石畳の広場。

だが、崩れた。

一瞬にして、石畳が割れ、地面が陥没する。

悲鳴。

人影が崩れる穴へと飲み込まれていく。

立ちすくむ者、逃げ惑う者。

その頭上には、ひび割れた空。

青空が裂けていく。

光の筋が、幾重にも走る。

黒く濁った稲妻のような――異質な“何か”だった。


次の瞬間、場面が切り替わる。


見知らぬ街。

広い大通りが瓦礫に埋まる。

倒れた建物。

折れた塔。

吹き荒れる強風が、灰と塵を巻き上げていく。

耳をつんざく轟音。

耳鳴りがする。


(……なんだ、これ……どこだ……)


理解が追いつかない。


場面は――さらに切り替わる。


森林。

だが、木々は立っていない。

黒く焦げ、幹の途中から断たれた“切り株”が無数に並ぶ。

地面には、濃い霧が漂っている。

息が詰まりそうなほど――重い空気。

生命の気配は、ない。


そのまま、さらに景色が押し寄せる。


断たれた橋。

崩れた街道。

沈んだ港町。

裂けた大地の向こうに、割れた山脈。

そこから、黒煙が噴き上がっていた。


(……っ……っ)


速い。

速すぎる。

景色が、次から次へと変わっていく。

見知らぬ街。

知らない都市。

だが、どれも――壊れていた。

壊れて、燃えて、沈んで、断たれていた。


(……これ……全部……)


未来、なのか?

夢じゃない。

幻覚でもない。

もっと――“現実味”がある。

皮膚が、脳が、理解してしまう。

これが――本当に起きてしまう未来。

そんな恐怖。

胸を締めつける。


(……アルヴェン……?)


咄嗟に、周辺を探した。

だが――いない。

どこにも。

崩れた街にも。

沈んだ港にも。

砕けた城塞にも。

唯一無二の――親友の姿が、どこにもいない。


(……なんで……)


胸の奥が――凍りついた。


(なんで……いない……)


息が苦しい。

映像はさらに――速度を増す。

ひとつ、ひとつ、覚えてなどいられない。

次々と、押し寄せてくる。

膨大な情報の奔流。

速すぎる。

多すぎる。


(……やめろ……っ)


喉の奥が、叫びたがる。


(これ以上は……)


だが、止まらない。

圧倒的な流れが――さらにセオドルの意識を飲み込んでいく。


(……なんでだ……アルヴェンは……どこだ……っ)


いくら探しても、そこに“彼”の姿はなかった。

かけがえのない相棒が――ただ一人、いない未来。


(……こんなの……嫌だ……!

 ……アルヴェン……お前がいない未来なんて――絶対に……っ)


護りたかった。

一緒に、生きたかった。

なのに――

この未来には、それすら叶わないのか。


(これが未来なら……こんな未来……いやだ……っ)


その叫びすら、声にはならなかった。

視界が、白く、黒く、混ざりはじめる。

世界が――崩れていく。

最後に、ひときわ強い閃光が――目の奥に焼き付いた。


次の瞬間――

意識は、闇の中に吸い込まれていった。



(……こんな、はずじゃ……っ!)


強く抱き留めたまま――

アルヴェンの瞳に、焦りと苛立ちが滲む。

闇のように――静寂が満ちていく。


その時だった。

セオドルの身体が、微かに震えた。


「……っ……う……」


低いうめき声が、唇から漏れる。


「……セオドル……?」


アルヴェンが静かに呼びかける。

次の瞬間――

セオドルは、ぴくりと眉を動かし、

まぶたがわずかに震え、ゆっくりと――開いた。

視線は揺れ、焦点がなかなか定まらない。

呼吸も浅く、荒い。


「……っ……ここ……どこ……」


掠れた声が漏れる。

アルヴェンは姿勢を整え、その肩を軽く支えながら静かに告げた。


「……祭壇だ。少しのあいだ、意識を失っていた」


セオドルは何度かまばたきを繰り返し――ようやくアルヴェンの顔を認識する。


「……アルヴェン……」


その名を呼んだ声には、かすかな安堵の色が滲んだ。

だが――すぐに震えた。


「……っ……俺……見た……んだ……」


息を乱し、震える声。


「……たぶん……未来……なのか……あれ……」


断片的に――かすれた声が続く。

アルヴェンは静かに目を細め、低く確認する。


「……未来、を……?」


(――俺の時とは違う……なぜだ……意識を飛ばすほど?)


内心に、疑念が渦巻く。

――自分が契約を受けたとき、未来の映像など見てはいない。


(……これは、一体……)


セオドルの反応――その憔悴ぶりに、

確かな“異変”を感じていた。

だが、その時――


――コォォ……。


低い、かすかな響きが、祭壇に満ちた。

セオドルの視線が、ふらりと動く。


「……あれ……」


弱々しい声が漏れた。

アルヴェンもすぐに気づく。

黒曜石の石板。

その表面に、かすかな揺らぎが走っていた。

次の瞬間――

新たな文字が、静かにそこへ浮かび上がる。


《導き手 セオドル・カルナス》


「……っ、俺の、名前……?」


かすれるような声。


(……導き手……?)


アルヴェンの眉が、わずかに動いた。

《クラヴィス継承者》とは異なる役目――

だが、石板に刻まれたのは、確かに“もう一つの選定”だった。


(……未来視……それに、導かれる者としての役目、か……)


セオドルは、まだ混乱の中にいた。

映像の奔流。崩れた世界。

そして――アルヴェンがいなかった未来。


(……なんで……お前が……いなかったんだ……)


胸の奥が、きゅうっと縮む。


(……俺に……何をさせようってんだよ……)


震える声で――


「……アルヴェン……」


名を呼ぶ。

その響きは、弱々しくも、必死だった。

アルヴェンは、その目を細めて――静かに応じた。


「……まずは、落ち着け」


短く、だが確かな声。

まなざしには、わずかな柔らぎが戻っていた。

セオドルは、震える指先を見下ろし――改めて、石板の文字を見つめた。


(……俺も読めるようになってる……?なんで……?

 しかも、導き手……?俺が……?そんな……柄じゃねぇ……)


思わず、息を呑んだ。

だがその時――

石板の文字列の下部、さらに複数の項目が目に飛び込んできた。


《この魔術は、一人で背負うものとして設計している》

《だが、一人ですべてを背負うのは難しいだろう――支え合う者を選べ》

《選定魔術は、印鑑に付与している》

《正しき補佐を選び、その者に魔術を付与せよ》

《最悪の未来に行かぬよう――支え合え》


「……選定……? 補佐……?」


セオドルが、掠れる声で呟く。

アルヴェンも、視線を石板に向けた。


(……本来は、一人でここに来ることを想定していたのか……

 ……だが――二人で来た時の構造も……組み込んである)


セオドルは、まだ動揺していた。


(……俺は、やっぱり触っちゃまずかったのか……

 でも……アルヴェンが一人で全部担うなんて、それこそ嫌だ……)


ちら、と横目でアルヴェンを見る。

――落ち着き払った表情。

だが、その背に刻まれた責務の重さも――セオドルは、感じ取っていた。


(……だったら――一緒に背負えばいい……)


自分にできることは少ないかもしれない。

でも――一緒にやれるなら、それでいい。

崩れていく未来だけは、絶対に回避したい。

それだけは――強く、そう思った。


「……アルヴェン……」


今度は、少しだけ力の戻った声で呼ぶ。

その声に、アルヴェンはふっと口元を緩めた。


「……止めたのにな。……なんで先走る」


静かな口調に、ほんのわずか――冗談めいた響きが混じっていた。

セオドルは、肩をすくめ、顔をしかめる。


「……悪かったって。

 でもな――お前に全部背負わせる方がよっぽど怖かったんだよ」


アルヴェンは、わずかに目を細めた。


「……だが――次は、もう少し慎重に頼む」


「……はいはい」


セオドルはわざとらしく片手を挙げ、息を吐きつつ、石板の下部に目をやった。


「……にしても……他にも色々書いてんな、これ……」


視線を滑らせる先――膨大な文字列と項目が並んでいる。


(……今、全部は無理だろ……)


ちら、とアルヴェンの方を見る。

アルヴェンも静かに頷いた。


「……必要なことは、また戻って確認すればいい」


「……だな」


セオドルは、もう一度、拳を軽く握った。


「……俺、絶対……一緒にやるからな。

 ……手伝えることは、少ないかもしれねぇけどさ」


その声は――もう、震えていなかった。

アルヴェンは、ふっと口元を緩めた。


「……期待してる」


「……つーかさ――もうちょい早く止めてくれてたら……

 たぶん触らずに済んでたかもな?」


セオドルが軽く肩をすくめ、からかうように言う。

アルヴェンは、わずかに肩をすくめた。


「……それは……認めよう」


「――お? ……素直に認めるとか、マジかよ……」


ちょっと拍子抜けしたように、セオドルは笑う。

ふっと、ふたりの間にごく小さな笑みがこぼれる。

祭壇の空気は――なお重く静まり返っていた。

だが、二人の間にあったのは――確かな、決意だった。

長らくのお付き合いありがとうございました!

次の話で1章が終了します♪

もう少しだけお付き合いください( *・ω・)*_ _))ペコ

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