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婚約破棄、それは静かな布石  作者: 朝比奈ゆいか
第1章・婚約破棄事件と王国の秘密
15/21

15.崩れゆく理の時代 -4-

都市の外れ――理の歪みが濃く、まともに地図さえ引けない区域。

そこを、ふたりの影が静かに進んでいた。


「……今日の空、妙に静かだな」


セオドル・カルナスは、ふと空を見上げた。

頭上は昼とも夜ともつかぬ、淡い灰色。

だが今日は星も太陽も滲んではおらず――妙に“澄んで”いた。


「……理の濃度が落ち着いている」


隣を歩くアルヴェン・レストールが静かに言う。

歩きながらも、空間の微細な気配を読み取っているのがわかった。


(……たしかに、今日は空気が違うな)


セオドルは小さく頷いた。


「やっぱり、今日は来て正解だったか?」


「……そちらが“休め”と言っただろう」


「いやまあ、そうなんだけどな……」


セオドルは苦笑を漏らす。


「……しかし、よく分かったな。今日がこういう日だって」


その言葉に、アルヴェンの目がわずかに揺れた。


(……表情にでも出てたか?)


自分の表情を、ここまで正確に見抜かれたことはなかった。

元来、誰にも感情を読まれることなどなかったはずだ。

だがこの男は――

いつの間にか、そんなものまで見通してくるようになっている。


「……顔にでも、出ていたか?」


「さあな」


セオドルはにやりと笑って肩をすくめた。


(……まったく。ごまかし下手なやつだ)


アルヴェンは小さく息を吐いた。

だが、不思議と――不快ではなかった。


(……考えてみれば)


初めは、敵味方すら分からぬ中、ただ“来る者”として警戒していた。

だが、この男は――

距離を測り、余計な詮索もせず、必要な時だけ正面から向き合ってくれる。

軽口も多いが、肝心な場面では一切外さない。


(……こういうやつとなら――)


言葉にはしなかった。

だが、ふとそんな想いが胸をよぎる。


(――今の自分が、こういうやり取りをしているとは……)


わずかに、自嘲めいた息が漏れた。


「それで、どこへ行くんだ?」


「……行けばわかる」


「行けば、ねぇ……」


セオドルは、あきれたように呟きながらも、その背に歩を合わせた。


(……まあ、たまには、こういうのも悪くはないか)

(アルヴェンも――どこか楽しそうだしな。気分転換にはなりそうだ。……連れ出せて、よかったか)


そんなふたりが向かっていたのは――

《知識の断層》。

それは、かつて魔術文明が最盛期だった時代、深層知識と禁術の封印を目的に作られた遺跡群である。

今や、その内部は理の乱れが濃く、各勢力すら立ち入りを避ける“危険区域”となっていた。

そんな場所に、今――二つの影が踏み込もうとしていた。


「……おい、マジでここなのか?」


崩れかけた入り口の前で、セオドル・カルナスは呆れたように息を吐いた。


「道中から嫌な気配はしてたが……よりによって、ここかよ」


「比較的、理の流れが安定している地点が、今はここと判定された」


そう言って、隣のアルヴェン・レストールは淡々とした表情のまま、崩れた柱の配置を静かに見渡していた。


「……なぁ。俺、“たまには頭休めてこい”って言ったよな?」


「聞いていた」


「……だったらなんで、こんな場所なんだよ!

こんな物騒なとこ、連れてくんじゃねぇよ……」


セオドルは肩をすくめ、思わず苦笑した。


(まったく、こいつらしい……)


結局ここまで来た以上、今さら止めるつもりはなかった。

セオドルは剣の留め具を軽く整え、歪んだ石段に足をかける。


「……言っとくがな。俺が役に立つのは戦う時だけだ。

罠? 魔術? 全部そっち任せだからな」


「了解している」


「マジでだぞ? 絶対罠にはまるなよ?

もし俺が一人で迷ったら――……出られなくなるんだからな!」


「……その時は、気づいたら救助する」


「ちが……ちがう、気づいたらじゃなくて!

マジで、絶対助けに来いよ……!? 本気で、頼むからなっ……!」


「……了解した」


淡々と返すアルヴェンの声に、セオドルは「……マジだぞ……」と小さく呟きながら歩を進めた。


半ば本気、半ば冗談めかして。

そんな軽口を交わしつつ、二人は静かに《知識の断層》の奥へと踏み込んでいった――。


崩れた回廊に、足音が静かに響いていた。




歪んだ気配は濃い。

空気の中に、ひんやりとした重みが満ちている。


「……なんでまた、ここに目をつけたんだ?」


石段を下りつつ、セオドルがぼやいた。


「……今の理と制度に縛られない場は、ここと……あと数カ所だけだ」


アルヴェンは静かに応じた。


「考えるなら、ここが適している」


「適してる、ねぇ……」


セオドルは肩をすくめた。


(……いやいや、“休め”って言ったよな?)

(遺跡でも“のんびり眺める”くらいかと思ったのに……)

(なんで誰も攻略してない遺跡を、“攻略する”ノリで来てんだよ……!)


内心でツッコミを入れつつも――

そんなところもまた、“らしい”と思えてしまう自分がいた。


「……まあ、お前が楽しそうなら、それでいいけどよ」


ほんの冗談めかして言う。


「……楽しんでなどいない」


即座に返された。


「おっと、冗談だってば」


――そんなやりとりが自然に交わせるほど、今のふたりの間には確かな“気心”が芽生えていた。

ふと、前方の壁に複雑な文様が浮かび上がった。


「……罠、か?」


「思考誘導の結界だ。ここに入る者を“選別”する」


「選別……って、おいおい」


セオドルは片眉を上げた。


「俺、そんなので弾かれたりしないよな?」


「さあな」


アルヴェンが静かに微笑む。


「……おい、笑うな……!!!」


セオドルは思わず声を荒げた。


「いやマジでだぞ!? 弾かれたら、ちゃんと助けに来いよ? ひとりでここ戻るのは絶対無理だからな!?」


「……わかっている。そうなれば、救助する」


「ほんと頼むからな……」


内心の冷や汗を隠しつつも、ふたりは慎重に歩を進めた。

歪んだ空間に、ふっと圧が満ちる――

(……この結界なら、理を害する意志がなければ、通れるはずだ)


アルヴェンはそう判断していた。

この手の古い封印は“意図”を見る。歪みや破壊衝動を持つ者は通れないが――

案の定、ふたりはそろって、難なくその場を通過していた。


「……通れた、な」


「……意外と順応性はあるのだな」


「だろ? ……なんたって、筋力には自信がある」


「筋力が関係するのかは不明だが」


(……本当に、素でこうなのか……)


くす、とアルヴェンが口元を緩めた。

そんな応酬を重ねつつ、さらに奥へ――

やがて、一際広い空間にたどり着いた。



「……ここは……」


古びた黒曜石の柱がいくつも立ち並び、中央には低い祭壇のようなものがあった。

その中央に、黒曜石で組まれた箱台――そしてその上には、三つの遺物。


石板。

黒曜石の球体。

そして、黒曜石の印鑑。


それらは――明らかに、“今も”力を保っていた。

アルヴェンが、静かに前へと歩み寄る。


(……ここまで来られたのは、初めてだ)


この遺跡には、何度か挑んでいる。

だが、理の流れが乱れて層そのものが変化するたび、奥へは進めなかった。

ましてや、この“祭壇”の存在など――今まで、知る由もなかったのだ。


「……見つけた、か」


低くつぶやき、その目がわずかに細められた。

隣で、セオドルも静かに剣帯に手をかけた。

普段なら軽口のひとつも出すところだが、いま目にしたこの光景に、さすがの彼も気配を引き締めていた。


(……これは……)


言葉にならない気配が、場に満ちている。


――この時、ふたりはまだ知らなかった。

ここから先、すべてが動き出すことを。

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