予兆という名の呪い
「そうだったのか……」
カサンドラの過去を知ったスタンレーが、深く息を吸った。太陽はすっかりと姿を隠したが、空にはまだほんのりと夕焼け色が残っている。
「よし、カーラに聞きに行こう」
「えっ!」
思わず声を上げるカサンドラ。
「カーラの態度を見るに、カーラは君のことを呪ったつもりはないのかもしれない。本当に殺したいほど恨んでいるなら、あの時『生きていたのはなにより』だなんて言わなかったはずだ」
「それもそうだけど……」
明るい表情で平然とそう語るスタンレーに、カサンドラはぼんやりと希望を感じた。しかし同時に、この複雑な心境をそう簡単に解消できるのか、という疑問が、その希望を抑え込もうともしていた。その決着をつけるため、カサンドラは立ち上がり、スタンレーと共にテントの方へ向かって歩いてゆく。
「カーラ様。もし占いで嫌な結果が出てしまったら、どうすればいいんですか?」
テントの前では、ピエールとカーラが話をしていた。松明の炎が、二人の影をゆらゆらと映している。
「占いっていうのはね、未来の、ある一面を映してるだけなの。未来を知って行動すれば未来は必ず変わる。そして幸せな未来に変えたいなら、心に潤いを持つことよ」
「潤い、ですか?」
「そう。希望とか、愛とか、そういうものよ。『心に潤いがなければ、人生に虹はかからない』。あたしの母さんがよく言ってた」
スタンレーは右手を軽くあげて挨拶をしながら、二人に近づく。
「カーラ。ちょっといいか」
「あら、いいけど、何の用?」
「少し三人で話そう」
そう言って、スタンレーはカサンドラを親指で指さす。その様子を見て、ピエールは黙って敬礼をして去っていった。そしてスタンレー、カサンドラ、カーラの三人は会議用の広いテントに入ってゆく。
「早速なんだけど……カーラ、私にかけた呪いを解いてほしいの」
「呪い?」
カーラは首をかしげる。とぼけているわけではなく、本当に心当たりがないらしい。
「あの、あなたたちが脱獄した時、私に何か呪いをかけたでしょう?」
ああ、とカーラが目を見開く。
「あれは呪いなんかじゃないわ、むしろ逆。呪いを破る魔法よ。結局、効果はなかったみたいだけど……あんたは産まれながらにして呪いを受けてるの」
「ど、どういうこと?」
今度はカサンドラが目を見開く。
「いい? あんたがたまに視るっていうそれ、その能力は『予言』なんて高尚なものじゃない。それは『予兆視』という呪いなのよ」
予兆視。近い未来に何が起きるかが分かるが、その未来は決して変えることができない。さらに、視える未来は常に不幸なものである、という呪い。この呪いは先天的なものであり、親に何らかの罪があると子に生じるという説があるが、定かではない。現状では『死ぬ』以外の解き方が存在しない、未知の呪いである。と、カーラは説明した。
「もう一度言うけど、あんたが大切にしてるその能力はただの呪い。あんたの幸せを奪うものよ」
「そんな……でも、この前の作戦の時は、ちゃんと未来が変わったのよ?」
「そこがややこしいのよね」
カーラは腕組みをして、続ける。
「あんたはきっと、神の加護を受けてるのよ。だから運命が変わることもあるかもしれないけど、それは神の奇跡によるものであって、予兆視とは関係ないわ」
「この能力が、呪い、だったなんて……」
夜が更け、空は深い静寂に包まれた。松明の炎、その揺らめきだけが、この夜という静寂に抵抗しているかのようだった。
「でもね、あんたはある意味ましな方よ。あたしの母さんは、あたしが魔女に産まれたばかりに『魔女を匿った罪』で殺された。母さんにとっては、あたしの存在自体が呪いだったでしょうね。それでも母さんはあたしを愛してくれた。だからこそ、この人生が憎い」
そう語ったカーラの眼は、まるで深い闇の中に閉じ込められた、一匹の狼のようだった。カーラの母はカーラを愛していた。だが、だからこそ、その母を失ったことが杭のように彼女の心を貫き続けているのだ。それはまさしく、『生きる』という呪いとして。
「……ちょっと花を摘んでくるわ」
少し気まずそうな表情で、カーラは外へ出た。カーラは近くにあった手ごろな岩の陰で用を足そうと、近づいてゆくが。
「わっ! か、カーラ様!」
小柄な兵士が下半身をあらわにし、しゃがんでいる――先客が居たのだ。
「あら、ごめんなさいね」
「こちらこそ、お恥ずかしいっ」
「あっちに行ってるから、終わったら教えてちょうだい」
「はい! それと、その……このことは、カサンドラ様には内緒に……」
表情が見えるほど明るくはないが、ピエールがどんな顔色をしているかは、推察に難くない。
「はいはい、そんなに心配しなくても平気よ。あたしはあんたとカサンドラ、お似合いだと思ってるから」
二人の邪魔はしないわ、と言いながら、カーラは去っていった。
「結局のところ、カーラは捕えられたことに関しては怒っていたんだろうが、君を殺す意思はなかったということだろう」
「そうね……でも、呪いを破る魔法って、どうしてわざわざ?」
「あたしね、あんたには幸せになってもらいたいの」
用を足したカーラが戻ってきた。テント内の空気が動き、一瞬、ひんやりとした。
「要は好奇心よ。呪いは幸せによって解ける場合があるの。昔話でもあるでしょ? あんたが本当に幸せになれば、予兆視が解けるか、変化するかもしれない」
つまり予兆視に関する研究を進めることで、魔術師界で名を上げたい、というのがカーラの動機であるらしい。
「ふっ、まあ、そういうことにしておこうか」
「そうね。どんな動機でもいいわ、ありがとう。私のことを考えてくれて」
カーラの本心にうすうすと気づいているカサンドラとスタンレーは、微笑みながら言った。
「なによ、その顔! まあいいわ。とにかくね、カサンドラ。心に潤いがなければ人生に虹はかからない。あんたも早く『潤い』を見つけることよ」
「そんなこと言われても……」
「そう焦る必要はないさ。時間は十分にあるんだ。それと、カーラ」
スタンレーがカーラの方に向き直る。
「俺はきっとミレス・ソラリスになってみせる。そして君の憎しみもどうにかする。俺は君にも幸せになってもらいたいんだ。だから、諦めないでくれ」
真剣な顔で、真っ直ぐに言うスタンレーを見て、カーラはほんのりと頬を赤らめた。
「そう……まあ、少しは期待しておくわ。さ、もう寝ましょう? 寝不足だと判断力が鈍るわよ」
そう言って、カーラは自身の寝床へ向かっていった。
「そうだな、俺たちも寝よう」
「ええ」
テント内の明かりを消し、二人もそれぞれの寝床へ入っていった。カーラは自身のテントに入る直前、ふと振り返り、空を見上げる。深淵のように暗い夜空には、無数の星が宝石のように瞬いていた。しかし、それを見たカーラは眉間にしわを寄せる。
「悪い星が出てる。嫌な感じ……」
カーラは憂鬱そうにため息をついた。