蝕まれしアストリア
翌朝。この日の王の間は、いつもより緊張感に包まれていた。カサンドラ、スタンレー、カーラの三人に加え、前回の作戦に参加したレオナルド、ジャン、ピエールも呼び出されていたのだ。ヴェリタスはいつもの穏やかな表情を浮かべているが、その眼には憂いが宿っているように見えた。
「皆、集まったな。早速だが、カサンドラの旧友である占星術師のカーラによる、占いの結果が出た」
近衛兵が背の低い小さなテーブルを、一同とヴェリタスの間に持ってくる。その上には、昨夜カーラが魔術に使ったパピルスと、昨夜の出来事を示すように砕け散った、小石の破片が散らばっていた。
「カーラよ。まず、君は何を視た?」
「テオドールの幻影です。遺跡で拾った、テオドールの魔法の痕跡から、次の行き先を探っていた時です。近いうちに会える、話し合いを望む、と言っていました」
テオドール。その単語が出た瞬間、空気がひりつく。しかし、どこからともなく漂う香木の香りが、その圧迫感を少しだけ中和してくれた。
「そうか……そして、行き先は分かったかね」
「はい。この国の東側にある村です。最初に行われた不死者との戦闘で、騎士である領主が死んでしまった村があるのではないでしょうか。子供がまだ幼いため、今は領主の妻が管理している村です」
周囲が少しざわついたように感じられた。皆、カーラが間違いなく本物であると確信したのだろう。
「まさしく当たっている。とすると、テオドールの目的は、不死者とする人間を集めることか」
「そのとおりです。あたしが読み取った限り、テオドールは本当に一人で現れ、村人たちとネクロマンシーの契約を結ぶことを目的としているようです。つまり、ネクロマンシーには本人の合意が必要なのだと思います」
「ならば、なんとしてでも阻止しなければならないな。それから、君は魔術にも詳しそうだ。占星術師としての経験から、何か知っていることがあれば教えてくれ」
ヴェリタスにそう問われ、カーラは慎重に言葉を選びながら、述べた。
「はい。まず、魔術師かどうかは産まれた時から決まっているそうです。また、魔法には適性があり、同じ魔術師でも適性のない魔法はどれだけ努力しても使えません。適性のある魔法でも、呪文と動作が必要なもの、呪文か動作のみで使えるもの、そして、呪文も動作もなく使えるものがあります。さらに――」
状況から考えると、イザヴェルはネクロマンシーに適性はあるが、相当の動作が必要で、自ら不死者を集めるのは現実的ではない。脅迫など恐怖による合意は、合意として認められない。カーラの『推察』に、皆が頷く。
「……最後に、以上のことから、テオドールはネクロマンシーに相当の適性がある。つまり、テオドールの前で死ねば、呪文も動作もなく、即座に不死者とされる恐れがあります」
実のところ、カーラの述べたことのほとんどは推察ではなく、事実である。しかしヴェリタスは彼女の事情に配慮し、彼女の発言をあくまで『占いの結果』『推察』として扱う。
「なるほど。君の推察はおそらく全て正しい。テオドールは人の心につけ込むのが得意だったと聞く。イザヴェルが自ら勧誘をせず、テオドールを使うこととも辻褄が合う」
ヴェリタスは小さくため息をつき、静かに語り始めた。
「皆、聞いたな。おそらくテオドールは、不死者を増やすだけでなく、いずれ生きた人間の心まで支配するだろう。事態は深刻だ。我々は単なる戦闘だけでなく、人々の心を掴むことも考えなければならない。だが、今はとにかく東の村へ向かってほしい。場合によってはテオドールと戦闘になる可能性もあるが――」
『即座に不死者とされる恐れがあります』というカーラの発言を思い出し、思わず言い淀むヴェリタス。だが、それを察したスタンレーは力強く言った。
「お任せください。そのためにわたくしは存在するのです! わたくしは一人でも闘い、一人でも多くを救います。それがわたくしの役割です!」
「恐怖などない、とは言い切れませんぜ。ですが、陛下に拾っていただいた兵士として、スタンレーにこう言われちゃあ……なあ、ジャン」
ジャンは口角を上げ、黙って頷いた。その眼には確かな闘志が宿っていた。
「ぼ、僕も行きますよ! 僕はカサンドラ様のおかげで希望が持てたんです。カサンドラ様をお守りすることが、今の僕の希望です!」
ピエールの言葉に、一同の緊張した面持ちがほころんだ。ヴェリタスは力強く頷いて、口を開く。
「分かった。私にとっても、君たちは希望だ。どうか無事に作戦を成功させてほしい」
外へ出ると、日はほとんど沈んでいて、月が空を支配しようとしていた。月の光がぼんやりと一同を照らす。だがその光は、一同の行く先に影を落としているようにも感じられた。
* * *
翌日。一同は目的地まであと半日の道のりというあたりで、野営をしていた。レオナルド、ジャン、ピエールの三人は、枯れ葉を敷き詰め、簡易的な寝床を作っている。
「カサンドラ、そこに居たのか」
カサンドラは、少し離れた場所で一人座り込んでいた。そこにスタンレーが近づいてくる。既に日は暮れ始め、遠くに見える森は深緑色のヴェールのように揺れ動いている。
「スタンレー。私、自信がないの。陛下が私を信じてくれるのは光栄なことよ。でも、私はいつも突然未来を視て、皆を慌てさせて、偶然うまくいってるだけ。私は何の努力もできてない……」
「何を言ってるんだ。君が本当に努力をしていなければ、誰も君に希望を見出したりしないだろう」
スタンレーは当たり前のことのように、そう言った。
「カーラだってそうだ。君が居なければ俺はカーラを殺していたかもしれない。カーラも俺を殺していたかもしれない。そういえば、君は腐れ縁と言っていたが、そんな仲には見えないぞ。一体何があったんだ?」
カサンドラは少しうつむき気味に、ためらいがちに、話し始めた。
「私、カーラを殺そうとして……そしてカーラに呪いをかけられたの。もう何年か前のこと――」