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魔術師との遭遇

「カーラ!」


 カサンドラが声を上げる。カーラと呼ばれたその人物は、ゆっくりと二人に近づきながら、口を開いた。


「その声、カサンドラね? 生きていたのは何よりだけど――今は会いたくなかったわ」


 腰の締まったチュニックに、白い頭巾を巻いている。ごく一般的な庶民のような姿をしているが、しかし、彼女の周りに浮かぶ幾つもの白い光を放つ球が、彼女がただの人間ではないことを明らかにしていた。


「カサンドラ、知り合いか?」

「ええ、腐れ縁のようなものだけど……」

「随分な言い草ね。あたしはあんたの命を助けてやったのよ? それで、あんたたちはなぜここにいるの? まさか、あれが目当てじゃないでしょうね」


 両者は警戒を解かずに、続ける。


「あれって、太陽の索引のこと? だとしたらそうよ。私たちにはどうしてもそれが必要なの」

「必要? あれの使い方も分からない人間ふぜいが、手に入れてどうするって言うのよ。はっきり言って、あんたたちが手に入れても無駄よ。あたしの方が有益に使えるわ」

「じゃあ聞くけど、あなたこそ、太陽の索引を何に使うつもりなの?」


 はぁ、とため息をついて、カーラは話し始めた。


「ロドリック王に献上するのよ。イザヴェルがテオドールを蘇らせて、不死者軍団を作らせてるのは知ってるわよね? その影響で、魔女狩りの気運がより一層高まってる。そこでロドリック王は、あたしにこう提案した――」


 話の内容はこうだ。


 太陽の索引は万物に生命力を与え、万物を救済する力を持っている。長年、イザヴェルと対立していたロドリック王は、不死者による攻撃を恐れ、ネクロマンシーに対抗できる武器を求めて焦っている。太陽の索引があればネクロマンシーによる『不死の呪い』を解くことができ、イザヴェルに対する圧力にもなる。


 さらに、カーラはこの太陽の索引の力を研究、応用し、ロドリック王に生命力を与えることで、不老長寿を与えようと考えている。ロドリック王は、それらの成果の褒美として、国内における魔女狩りを禁止し、魔術師に安全を提供すると約束した。


「……危険だ、危険すぎる」


 今まで黙って話を聞いていたスタンレーが口を開く。


「君の考えはよく分かった。だがロドリック王は目的のために手段を選ばない男だ。どんな願いも、こちらの意図したとおりに叶えることはない。国が行う魔女狩りは禁じられても、民間の魔女狩りは続くだろう。用が済めばきっと君も殺される」

「スタンレーの言うとおりよ。手を貸す相手を間違えてるわ。どうか考え直して――」

「うるさいわね! あんたたちに何が分かるって言うのよ!」


 カーラが声を荒らげた。


「あたしたち魔女はね、似顔絵を出されてるの。いつ殺されてもおかしくないのよ! 毎日逃げて隠れて、時には汚物にまみれて狂人のふりをし、誰も寄り付かない腐った沼地を転々として暮らしてる。一日に外を歩けるのは何歩だと思う? こんな人生、もうこりごりなのよ!」


 その悲痛な叫びは、何かに対する懇願、あるいは呪いのように洞窟内に轟いた。


「ロドリック王がそういう男だっていうのは分かってる。でも、あたしはほんの少しでも安心して生きていたいだけなの。そう願うことがそんなにおかしい? ねえカサンドラ。あたし、一度はあんたの命を救ったけど――あたしの希望を奪おうとするなら、容赦はしないわよ!」


 カーラが地面に右手のひらを向ける。呪文は唱えていないが、明らかに何かを準備しているようだった。スタンレーはそれを察知し、武器を持つ手に力を込めるが、攻撃を仕掛ける様子はない。間合いには入っているが考えあぐねている様子だ。


「ほら、やるならやりましょう? あたしは本気よ」

「カーラやめて。お願いよ!」


 両者はしばらく睨み合う。その時だった。ブブブ……。虫の羽音のような音が、どこからともなく聞こえてくる。


「何だ、この音は?」

「虫、ではなさそうだけど……」

「ハエのような音に、この気配……まさか!」


 カーラが何かを悟り、目を見開く。と同時に、何もないはずの空中に、柱のように青い光が発生した。


「あんたたち、今からあたしがいいと言うまで絶対に動かないこと。いいわね!」


 ぶわっ。カーラがカサンドラの持つ松明に手をかざすと、炎が空中に吸い込まれるかのように、一瞬にして消えた。


「影よ、あたしたちの魂を覆いなさい。ノクス、エト、アンブラ――」


 とん、とんっ。カーラが何度か地面を踏みつける。


「アンブラ、メア、メ、オクルタテ!」


 カーラが唱え終わるのと同時に、彼女の周りを飛んでいた光の球も消える。その直後だ。バチッ。小さな稲妻のような音を立てながら、柱のように発生した青い光が、アーモンド形に開いてゆく。青い光に囲まれたその向こうには、ここではない場所の景色が映っている。そして――


「あ、あ――」


 カサンドラは思わず出そうになった声を止めるように、手で口を覆った。ゆっくりと、上質な革靴の音を立てながら、それは現れた。深紅のローブを身に纏う老齢の男。フードから覗くその眼には、燃え盛る炎のような赤い光が宿って見えた。男は、まるで絵画から抜け出したかのような、不気味な美しさを湛えている。


「これが今のソリス・ネミスか。もはや見る影もないな」


 男が呟く。青い光は閉じて柱のような形に戻り、辺りを照らし続けている。カサンドラたちはその光によって照らされてしまっているが、男が一同の存在に気づいている様子はない。


「――プス、レヴェルテレ――ンテム、レス――」


 男は橋の残骸の前にやってくると、何かを唱え始めた。すると、残骸に吸い付くように岩が集まり、瞬く間に『橋』に戻った。


「――よ」


 男が橋を渡ったのち、何かを呟いた。どん。衝撃音が地面を揺らす。男は用が済んだのか、こちらへ引き返してきながら再び何かを唱え始める。バチッ。青い光がアーモンド形に開いた。


「これで少しは幸せになれるのかね。イザヴェルよ」


 男はそう呟いて、『ここではない場所』に帰っていった。そして青い光は閉じ、今度は何もなかったかのようにあっさりと消え失せた。


「はあ。もういいわよ」


 カーラがそう言って手を叩くと、先ほどのような白い光を放つ球が現れた。


「か、カーラ、さっきのが……」

「テオドールか?」

「あたしも見たのは初めてだけど、間違いなくそうよ――それよりっ」


 カーラが何かを思い出したかのように、早足で橋を渡り、向こう岸へ行く。カサンドラとスタンレーもそれに続く。


「くそっ! やっぱり壊されてる!」


 怒りをあらわにするカーラ。祭壇と思われるものは完全に破壊され、そこにあったと思われるものも瓦礫の山と化している。


「あたしの最後の希望が……くそっ、くそっ!」

「カーラ、私たちと一緒に行きましょう」


 膝から崩れ落ち、何度も地面を殴るカーラに対し、カサンドラが声をかける。


「私たちは今、アストリア王国のヴェリタス王のために闘ってるの。ヴェリタス王は聡明だから、あなたのことも理解してくれるわ。私たちも一緒にお願いするから、そうしましょう?」

「ヴェリタス王が賢王だっていうのは知ってるわ。でも、賢いだけでは命は守れない。それに――」


 カーラは先ほど青い光が発生した場所に、視線を向けた。


「あんたたちには分からないだろうけどね、空間を移動するっていうのは、壁をすり抜けるのとは天と地ほど違うの! それにあの橋を直した魔法、大自然に働きかけるならまだしも、あれは時を巻き戻す魔法よ? あんな相手と戦うなんて、死にに行くのと同じだわ!」

「そのために俺が居るんだ。俺はソラリスの騎士だった。不死者に真っ先に滅ぼされた、太陽の国だ」


 ソラリス王国には、太陽に選ばれし騎士『ミレス・ソラリス』という地位が存在した。伝説に登場する『万物を救済する太陽の騎士』の名が由来だが、この地位を与えられた騎士は、本当に伝説の騎士のような力を持っていたという。


「残念ながら数百年の間、ミレス・ソラリスになった騎士は存在しなかった。だが、唯一の生き残りである俺が、太陽に選ばれる可能性もある」

「それにね、カーラ。アストリア王国はルミナリア半島にも領地を持ってるのよ。そして私たちがネクロマンシーを滅ぼせば、そこに家を与えてくれる約束なの」


 カサンドラの言葉を聞いて、カーラの目の色が変わった。


「……ルミナリア半島ですって? あの『永遠の春』と呼ばれる、花と宝石の町の?」

「そうよ。しかもヴェリタス王は戦争ではなく、平和的な取引によってそれを手に入れてる。それって、どこよりも安全だと思わない?」


 カーラはしばらく黙り、考え込む素振りを見せる。


「ネクロマンシーを滅ぼせばいいってことは、必ずしもテオドールとやり合う必要はない……なんとかイザヴェルだけでも殺すかして、魔法を解かせれば――」


 そう言って、カーラは立ち上がる。


「その話、乗るわ。あんた、スタンレーと言ったわね。あんたがミレス・ソラリスに選ばれるとは思えないけど、こうなった以上、あんたたちの側にいるのが一番安全だと思う。ついていくわ。ただ、その――」

「安心してくれ。君のことはうまく伝えておく。そしてもちろん、君は生きることを最優先にしていい」

「ふうん、意外と気が利くのね」

「カーラ。貴女と戦わずに済んで良かったわ」


 こうして、一同は魔女カーラと共に遺跡を後にした。

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