遺跡にうごめく人影
およそ三日後。一同は順調に遺跡の前まで辿り着くことができた。
「よし、到着だ」
レオナルドの馬が足を止める。
「ここが、ソリス・ネミス……」
「随分と酷い有様だな」
カサンドラとスタンレーが言葉を漏らす。かつては太陽の光を浴びて輝いていたであろう遺跡は、今や山崩れと風雨に侵され、見る影もなかった。土と瓦礫の山に飲み込まれながらも、かろうじて残っている石柱には蔦が絡みつき、まるで老人のシワのようだ。
「この遺跡は洞窟を利用して作られたんだ。外は瓦礫の山だが、中は残ってるかもしれねえぞ」
レオナルドが馬を降りたのを見て、他の一同も馬を降りた。
「では、私とレオナルドはあちらのほうを見てきます」
カサンドラの隣に居た兵士が言う。
「ええと、あなたは?」
「申し遅れました、ジャンです」
「ジャンね。分かったわ」
「おうピエール、俺たちはあっちに行ってくるから、ちゃんとカサンドラ様をお守りしろよ」
そう言って、ジャンはレオナルドと共に離れていった。そして残ったカサンドラ、スタンレー、ピエール。だが、ピエールは先日、図らずもカサンドラに対し『求婚』をしてしまったからか、少し気まずそうだった。
「うっ……えっと、僕たちも入口を探しましょう!」
「そうね、とはいえ――」
目の前に広がっているのは、もはやただの斜面だ。石柱の一部が地面から飛び出していることから、この辺りに遺跡があったということだけは分かるが、入口の場所を特定しろと言われると話は別だ。
「岩に覆われた入口、ですよね? まずは岩を探してみましょうか……」
ピエールがスコップを担ぎながら辺りを見回して言う。スタンレーは辺りの地面を踏みつけて、空洞がないかを確かめているようだ。
「これは苦労しそうだな」
「ええ。私が視た場面とは少し違うし……」
そう言いながら、地面から顔を出す石柱の一部を、何気なく触るカサンドラだったが――
「……分かった。入口の場所が分かったわ!」
ふいに、カサンドラが言う。
「今思い出した。私が視たのは……こっちよ」
「よし、行こう」
「あ、じゃあ僕は二人を呼んできます!」
カサンドラが何の迷いもなく、ある方向へ早足で歩き始めた。後を追うスタンレー。残りの三人も、すぐに集まってきた。
「ここを掘れば、すぐに岩に当たると思うわ。お願いできる?」
「はい、もちろんです!」
「お任せを!」
ピエールとレオナルドが、勢いよく斜面を掘り始めた。ガン。カサンドラの言うとおり、掘り始めてすぐに岩と金属の音がした。
「よし、ここからは俺の出番だな――ふんっ!」
どん、どん、がらっ。スタンレーが何度か戦槌を振り下ろすと、砕けた岩が吸い込まれるように奥へと転がっていった。これが遺跡の入口だ。
「どうだ、入れそうか?」
「はい。スタンレー様、ありがとうございます!」
ピエールが元気よく返事をすると、スタンレーが入口の方へ降りてくる。改めて入口から内部を覗く一同。しかし、見えるのは限りなく続く闇だけだ。
「うーん、真っ暗ですね」
「松明ならあるが、問題は――いや、待て!」
レオナルドが後ずさりし、地面を指さした。
「お前ら、これは……何だと思う?」
レオナルドはあえてそのような聞き方をしたが、答えは明らかだった。
「足跡だな。しかも新しい」
スタンレーが答えると、一同の間に緊張が走る。
「でも、入口は確かに塞がっていたわよね?」
「そこが問題だ。この岩と土の壁をすり抜けたとしか思えないが、そんなことができるのは魔術師くらいだろう。それこそ――テオドールのような」
スタンレーがそう口にした瞬間、一同の表情が曇った。歴史上、最も凶悪とされた異端の魔術師、テオドール。この男は死者を自在に操る魔法『ネクロマンシー』の生みの親だった。この魔法の誕生は『魔女狩り』誕生のきっかけにもなり、以降、全ての魔術師から忌み嫌われる出来事となった。
「テオドールの噂なら、僕も知ってます。まさか本当に生き返ったんですか?」
「俺は詳しくは知らねえが、なんとかって国の女王がネクロマンシーのやり方を見つけちまったって話は聞いたぞ。なあ、ジャン」
「ああ。その女王の名はイザヴェルだろう。独善的で自分の利益しか考えない、狂った奴だ。そいつがテオドールを蘇らせたって噂なら、確かに聞いたが……」
兵士たちが恐怖の色を見せる中、スタンレーは臆することなく洞窟に足を踏み入れた。
「今は考えても仕方がない。状況を見るに、太陽の索引が実在することは間違いないだろう。俺は行く」
「私も行くわ。また何か視えるかもしれないし、松明は私が持つべきでしょう?」
「そうだな。じゃあ、君たちは少し離れた場所で待機していてくれ。もし俺たちが明日まで戻ってこないか、戻ってきたとしても普通の様子でなければ、近づかずに帰ってくれ。いいな」
そう言って、スタンレーとカサンドラは洞窟の奥へと消えていった。
* * *
とん、とん。スタンレーとカサンドラの足音が、洞窟内の静寂を破る。二人は松明の光を頼りに奥へと進んでゆく。足元に転がる石がゆらゆらと小さな影を伸ばす。内部は古い本のような、あるいは雨の日の土のような匂いの、妙に湿った空気で満たされていた。
「これは、文字か?」
カサンドラの持つ松明の光が、壁に描かれた奇妙な模様を照らす。それを見てスタンレーは呟いた。それは文字なのか、それとも抽象的な模様なのか、はっきりと判別することができない。しかし、何らかの規則性をもって並んでいることは理解できた。
「見たことがないわ。魔術的な意味合いがあるのかもしれないし、触らないようにしましょう」
「そうだな」
その後も二人は慎重に足を進める。何度か分かれ道に当たるが、どちらかの道は崩落しているか行き止まりであったため、選ぶ余地はなかった。洞窟が深くなるにつれて、空気はますます冷え込む。その時だった。
「待て」
先を歩くスタンレーが足を止めた。空気の流れる音か、彼らの足音が反響しているのか、不気味な音が聞こえる。松明で先を照らすと、通路は下り坂になっているようだった。
「ゆっくり行こう」
その言葉に、カサンドラは黙って頷いた。明かりが届く範囲は限られている。その向こう側にある暗闇から、何かがこちらを見ているような気がして、二人は息をひそめて歩く。
「ここが最深部か?」
「さっきのは水の音だったのね」
下り坂が終わると、やや開けた場所に出た。天井を支えるように石柱が立ち、向こう側には水が流れている。この部屋はその川によって分断されているようだ。
「橋が壊れているな」
「きっとこの先に、祭壇か何かがあるはずなんだけど……」
カサンドラは足元の川を照らす。足元は崖のようになっていて、一度下りれば戻れる保証はない。川の水は深い青色で、その底は見えない。向こう岸と繋がっている橋もすっかり崩れ、残骸が転がっているのみだ。と、その時。
「はっ」
スタンレーが何かの気配を感じ、武器を構えた。
「だ、誰!」
カサンドラの震える声が、洞窟内に響き渡った。数本立っている石柱、その一本の裏側に、松明のものではない光がある。魔法によるものと思われる、その白い光の持ち主は、ゆっくりと石柱から姿を現した。そしてカサンドラの目が、その人物の顔を捉える。
「あなたは――」