太陽の索引を求めて
不死者との闘いが終わって数日後。ここはある国の、王の間である。どこからともなく香木の香りが漂い、頭上にあるシャンデリアは火を灯されていないにもかかわらず、無数の光を放っているように見える。そして深紅の絨毯が敷かれた先には、黄金と象牙で装飾された玉座に鎮座する王と、その前で片膝をつき、頭を垂れる男女の姿があった。
「カサンドラ、スタンレー。改めて礼を言う。このアストリア王国は、君たちの協力のおかげで救われたのだ。本当にありがとう」
この国の王、ヴェリタスは穏やかな口調でそう言った。
「とんでもありません。皆が傭兵に過ぎないわたくしの言葉を信じ、真剣に訓練をしてくれた。陛下の育て上げたその心が、我々に勝利をもたらしたのです」
「スタンレー、そんなに畏まらなくて良いのだよ。私だって役割が違うだけの人間なのだからね。君の、不死者との戦闘経験は本当に役立った。カサンドラ、君の能力もだ。君たちが現れなければ、この国はもう滅びていただろう」
ヴェリタスは聡明な王であった。その頭脳と人格をもって、極めて平和的に国を繁栄させてきた。決して一切の戦争を行わなかったわけではないが、今回の戦闘の異質さを考慮しても、戦闘に関する経験が乏しいのは事実であった。
「へ、陛下、私こそ、とんでもありません。私がもっと早く祈りを伝えられていれば、誰も死なせずに済んだのに――」
「カサンドラ、そんな風に考えるのはやめなさい」
ヴェリタスがカサンドラに手のひらを向ける。
「私たちはね、前回の不死者たちの攻撃によって、完全に絶望しきっていたのだよ。あの時はなぜか、不死者たちが攻撃を止めて帰ったために全滅は免れたが、私たちの戦意を、希望を奪うには十分過ぎる出来事だった」
ヴェリタスは立ち上がり、両腕を広げる。
「しかし、どうだ。ある日現れたスタンレーの助言により、不死者との戦い方が分かった。同じく、ある日現れたカサンドラ、君の能力のおかげで、私たちは神に見放されたわけではないのだと確信することができた。本当に素晴らしいことだ。それに、奇跡は人間が思い通りに起こせるものではない。全ては神が決めたことであり、君は何も間違えていないのだよ」
堂々と響く声が、王の間の、その空気を震わせた。壁の方に並んでいる近衛兵たちは微動だにしていないが、彼らもその言葉に同意しているように見える。
「ああ、陛下、ありがとうございます」
「そしてカサンドラよ。君は早くも次の未来を視てくれたそうだね」
ヴェリタスは近衛兵から受け取った羊皮紙を広げる。そこにはこのように書かれていた。
≪北方の遺跡。岩に覆われた入口。太陽の索引。死霊術を破る火種。うごめく人影≫
「北方の遺跡とは、『ソリス・ネミス』のことだろう。山崩れによって潰れたと思っていたが……そうか、あの遺跡はかつて太陽の精霊が住む場所であったと、そう伝えられている。うごめく人影というのは気がかりだが――」
ヴェリタスは手を上げ、近衛兵の一人を呼ぶ。
「彼らのために兵士を三人用意してくれ。特に足の速い者、馬術に長けた者などが良い。もちろん、馬も特に足の速いものを選ぶように」
「さ、三人だけでよろしいのですか?」
「ああ。今回は戦闘が目的ではないからな。とにかく速やかに目的を達成し、速やかに撤退すべきだ」
「かしこまりました」
近衛兵はヴェリタスに敬礼をすると、早足で王の間を出ていった。
「スタンレー、君の戦闘能力は疑う余地もないが――分かるね」
そう言って、ヴェリタスは微笑んだ。
「はい、今回は戦うことは得策ではないということですね。ご安心を」
スタンレーが自身の意図を正しく汲み取っていることを確認したヴェリタスは、深く頷いた。
「本来君たちに行かせるのは望ましくはないだろうが、やはり君たちの能力が必要になると思う。頼めるかな」
「もちろんです」
二人の声が重なった。
「では――改めて命ずる。カサンドラ、スタンレーよ。兵士たちを連れて遺跡に向かい、『太陽の索引』というものの正体を突き止め、可能ならば持ち帰ってきてくれ」
* * *
翌日。カサンドラとスタンレーが城門へ向かうと、兵士たちは既に出発の準備を終えている様子だった。そのうちの特に小柄な一人が、カサンドラを見るなり駆け寄ってくる。
「カサンドラ様! 今回の作戦、僕もお供します、よろしくお願いします!」
「あら、ピエール。この前はありがとう。今回もお願いね」
「覚えていてもらえて光栄です。僕、カサンドラ様には本当に感謝してるんです。もちろん皆もそうですよ! だから、何があっても――例え貴女に特別な力がなかったとしても、僕は貴女を守ります!」
ピエールは今回の作戦がよほど嬉しかったのか、見るからに上機嫌だ。
「おいおい、その言い方は別の意味になっちまうぞ?」
「求婚のつもりか? 随分と大人になったな、ピエール!」
他の兵士たちが、ピエールをからかうように言う。
「はっ! 僕はなんてことを……カサンドラ様、い、今の言葉は忘れてください!」
「はは、ピエールは随分と君に懐いているようだな」
スタンレーが口を開けて笑った。
「もう、からかったら可哀そうよ。ピエール、私はあなたのこと、ちゃんと一人の男として信じてるわ。だから今回も無事に終わらせましょう」
「は、はいっ! で、では、行きましょう!」
ピエールはそわそわとした様子で下がっていった。
「よし、開門!」
一同が各馬に乗り終えると、門番が合図をする。重い木製の大扉が、太いヒンジを軋ませながらゆっくりと開いた。一同は城下町を抜け、都市の外へ出る。
「今日はいい天気ですね」
いつの間にかカサンドラの横に来ていたピエールが言う。
「そうね、ところで遺跡にはどのくらいで着くの?」
「この馬たちなら、飛ばせば三日もかからないと聞きましたが――そうですよね、レオナルドさん」
ピエールが先頭の馬に乗った兵士に話しかける。
「おう。だが、スタンレーは問題ないだろうが、カサンドラ様は大丈夫ですかい?」
「お気遣いありがとう。でも平気よ、馬術は習っていたから」
「素晴らしい! じゃあ遠慮なく飛ばしますぜ。よし、お前たちもちゃんとついて来いよ、はっ!」
レオナルドの合図を皮切りに、一同は馬を全力で走らせた。
草木は風にそよぎ、小鳥はさえずっている。日の光が兵士たちの鎧に反射し、きらきらと輝いている。これから行われる作戦に対し、不安など微塵もないかのようだ。だがその一方で、日の当たらない城の裏側には深い闇が広がっている。その光と影のコントラストが、希望と絶望、生と死といった対比を象徴しているかのようだった。