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魂に救済をもたらす者

 風の吹き荒れる荒野。憂鬱な色の雲に覆われた空が、どこまでも広がっている。ここは今まさに戦場と化していた。重厚な装備に身を固めた幾百もの兵士たちが対しているのは――


「ぐっ」

「うわっ」


 兵士たちが、無防備、非武装であるはずの()()に押し倒された。その薄汚れた『人間のようなもの』は、槍で突かれても、剣で切られても、一切怯まず、一滴の血液も流さない。そして尋常ならざる怪力をもって鎧を歪ませ、手足に噛みつき、引き千切ろうとする。


「このっ!」


 片方の兵士が、剣で敵の目を潰した。視覚を奪われた敵は狙いを失い、効果のない攻撃ばかりを繰り返す。


「よし、このまま目を狙い続けるぞ」

「ああ」


 兵士たちは何とか体勢を立て直したが、このバランスがいつ崩れるか、その危険は拭い切れていない様子だ。


「があっ! 駄目だ!」


 一方でまた一人、敵に襲われ、その攻撃の犠牲になろうとしている男が居る。この男は必死に脚を動かし、何度も敵の頭や腕を蹴るが、効果はない。


「ふんっ!」


 その時、一際大柄な男が飛び出してくる。大柄な男は、巨大な頭部を持った戦槌を軽々と振り回し、目の前の敵を吹き飛ばした。


「無事か?」

「スタンレー! ありがとう、助かったよ」


 戦槌の頭部は、身を縮めた幼子ほどの大きさはある。通常であれば、この攻撃を受けてただで済むはずがない。だが。


「う、嘘だろ……」

「これが不死者だ。やはり尋常ではないな」


 人間のようなもの――不死者は頭部から地面に衝突したが、そのまま頭と首のスナップで手足を跳ね上げ、宙返りするようにして立ち上がる。槍や剣でついたはずの傷も、いつの間にか塞がっていた。その光景に、助かったはずの兵士が死んだように血の気を失ってゆく。一方、スタンレーと呼ばれた男は冷静だ。


「こんなの、どうすればいいんだ!」

「まずは落ち着け。どうすればいいかは分かっているはずだ」


 この不死者に対する決定的な対処法は、今のところ存在しない。現在分かっているのは、『張り付けにする、または檻に閉じ込めるなどして行動不能にすると、そのうち魔法が解かれて塵になる』ということだ。


「スタンレー様、西の陣が突破されました! 檻の部隊が襲われています!」


 中性的な声が聞こえる。馬に乗って現れたその声の主は、伝令役のピエールだ。本来、戦場では角笛などで情報を伝達するものだが、不死者は大きな音に反応する性質がある。ゆえに、このような形式をとっている。


「分かった、今行く」


 スタンレーはピエールにそう告げると、兵士の方を向き直って言う。


「俺は檻を持ってくる、それまで持ちこたえてくれ」

「そ、そんな……」

「最初に説明したように、とにかく目を狙うんだ――ふんっ!」


 スタンレーが、敵を吹き飛ばしながら話す。


「落ち着いて視界を奪えば、ほとんどの攻撃はかわせる。何度も再生するが、何度でも目を狙うんだ。大丈夫、俺たちの方が数は多いし、あれだけ訓練しただろう? 負けるはずがないさ」


 兵士の眼に闘志が戻った。スタンレーの言葉で落ち着きを取り戻したらしい。


「そうだな、やってみる。任せてくれ!」

「おう」


 スタンレーはピエールを乗せた馬の残した痕跡を追って、走り去った。


「ああ、神よ、どうか――」


 離れた高所に、女が一人。女はただ地に跪き、祈っている。


「陣形が乱れてる……このままでは、視たとおりになってしまうわ」


 女の言うように、既に陣形は乱れ、不死者を無力化する要である檻を扱う部隊が機能していない。


「檻が倒され、不死者が逃げる」


 どん。突進してきた不死者によって檻が倒され、閉じ込められていた不死者が解放されてしまった。檻を扱っていた兵士たちが逃げ出す。


「お願い、死なないで! 神よ、お願いです、彼を死なせないで!」


 女の祈りもむなしく、兵士の一人は不死者に捕まり、抵抗する間もなく殺された。


「どうして……未来は変わるはずなのに……」


 女は予言者である。今回の作戦も予知に基づいて考えられている。確かに未来は変わっている。しかし、予知した運命を大きく逸れているわけではないようだ。


「神よ、どうかこの悪夢を終わらせてください!」


 祈りを無視するかのように、硝煙の臭いに交じって血の臭いが漂ってくる。決して少なくない数の死傷者が出ている証拠だ。


「はぁ、はぁ」


 女は絶望で息を荒らげながらも地にひれ伏し、聖典を両手で挟むように持ち、天に掲げた。


「神よ、神よ!」


 兵士たちは必死に戦っているが、一人、また一人と、不死者の群れの中に飲み込まれてゆく。


「神よ――彼らを、不死者となった人々の魂を、どうかお救いください――」


 一人を救い出せば、また別の一人が群れの中へと消え、ついに出てこなくなった――その時だった。雲の切れ間から光がさし、一人の不死者が塵になった。


「はっ」


 気づけば、女が右腕に着けているバングルが白い光を帯びていた。それと同時に、この戦場に居る全ての不死者が動きを止める。さらさら。先ほどまで吹き荒れていた風が穏やかになると、その風に乗るように不死者たちの体が塵となって消えてゆく。


「奇跡だ! 奇跡だ!」

「おお、神よ!」


 兵士たちの歓声が聞こえる。女は立ち上がって戦場の様子を見る。不死者は全て消え失せ、兵士たちはほとんどが生きている。これは、女が()()()()()光景だった。女は腰を抜かし、地面に座り込む。


「未来が、変わった……?」

「カサンドラ様! ピエールです! カサンドラ様!」


 伝令役のピエールが興奮しきった様子で迎えに来たのは、その直後だった。

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