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初めて小説を投稿します。いたらないところは色々とありますが、広い心で読んでいただけると嬉しいです。思い付きで書いています。
私には生きがいがある。
その生きがいがあるおかげで、毎日嫌な臭いのする通勤電車にも耐えられるし嫌味ったらしい上司のねちねちとした口撃にも耐えられるのだ。給料の発生しない無意味な残業にだって負けない。
今日も今日とてお局の無駄な自慢話を聞き、上司のモラハラに心を抉られ、帰りの満員電車の中で誰かに足を思い切り踏まれ、へとへとになった状態で帰宅した。嗚呼神様、いったい私が何をしたというのでしょう。そんな風に心の中で嘆くのも、もうこれで何回目になるのだろうか。
帰ってきてまずやること。それはパソコンの電源をつけること。
そしてブックマークに登録してあるお気に入りの配信サイトを開く。
今日も私の生きがい・・・もとい、私の「推し」の配信を流しながらコンビニで買ってきたお弁当にありつく。嗚呼神様、私の推しが今日も尊いです。
私の推しの配信者は、今をときめくVtuberだ。名前は「レイ・ホーンランド」。
事務所等には入らず個人で配信活動を行っている男性ライバーで、登録者数は82万人。
中世の騎士のような甲冑にブロンドの髪、声は甘くASMR配信なんかもよくやっているがメインはRPGゲームの実況。こういうことを言うのもなんだけど、彼は自分の見た目の設定に忠実でちゃんとロールプレイをしながら配信してくれている。例えば、ゲーム内でオークのようなモンスターが現れた時は「僕の世界にもこういう敵はいるよ。こっちの世界の見た目とさほど変わらないけど、もうちょっと自我を持っているけどね」なんて言ってくれるし、この前は回復ポーションを使うとどんな風に回復していくかを解説していた。設定が練りこまれていて凄いなって思うし、そのおかげで視聴者側もちょっとした非現実を体験できて楽しい。
最初は色物を見る感覚で配信を追っていたのだけれど、彼の視聴者の求めるものに応えようとしてくれる姿勢や(ASMR配信も視聴者のリクエストがあったから始めてくれたし)、何より言葉の節々からわかる品の良さに惹かれ今ではすっかりレイに夢中になっている。これは余談だけどファンネームは「レイプリ(レイのプリンセス)」。もちろんリスナーが考えた。
コンビニ弁当が空になったタイミングでレイの配信にギフトを投げる。このギフトというのが所謂『投げ銭』というやつで、彼へのちょっとした支援になるシステムだ。メッセージ付きで送れるのがありがたい。
今日も「癒しの時間をありがとう!」と短いメッセージ付きでギフトを投げると、レイはすぐに反応してくれた。
「いつもギフトをありがとう、ユナさん。貴女の心の休息場所になれているのなら本当に嬉しい。あまり無理はしないでね」
控えめに言って最高である。こんなしがないいち会社員の私に向かって優しい言葉をかけてくれる。これだけで今日あった嫌なことなんて全部帳消しだ。上司、お局、お前らを許してやろう。
ちなみにユナとは私の名前、本名だ。本名で投げ銭しているなんて傍からみたらちょっとやべー女なのだろうけど、私はレイに本名で呼んでほしいからいいんだ。ガチ恋とまではいかないけれど、憧れの人ではあるのだから。
ご飯も食べたしレイにギフトも投げた。彼の声をバックに溜まっていた家事を片付けようと立ち上がった瞬間、パソコンの画面がぷつんと切れた。真っ黒な画面には私が映っている。誤って電源ボタンを押してしまったのだろうかと思い、何回かボタンを押してみても反応はなし。
「・・・え、壊れた・・・?」
思わずついて出た自分の言葉。その言葉の意味を自分で理解したとき変な汗が体中からぶわっと出た。
(待って待って待って待って。壊れた?うそでしょ??)
「この前買ったばっかりなのに!!」
そう、このパソコンは先週買ったばかり。レイの配信を大画面で見たいから奮発して買ったもの。かなりいい値段のする物なのに、もう壊れた・・・??
配線回りを確認してみても素人の自分じゃよくわからない。とにかく今わかっていることは、このパソコンがうんともすんとも言わなくなってしまったという事実だけ。
嗚呼神様、ほんと、なに、私になんの恨みが・・・?
それなりの値段のしたモニターを泣きたい気持ちでなんとなく触れる。さっきまでレイを映していた画面は未だ暗く、映してほしくないみっともない自分の姿を反射させていた。
帰ってきてすぐにご飯にしたからまだメイクは落としてない、汚れたような疲れ切った顔。よれよれのオフィスカジュアルを着た自分は今にも泣きそうだ。
「・・・レイはあんなに、キラキラしてるのにな」
そう呟いてモニターから手を放す。・・・と、その瞬間、暗闇だったディスプレイが明るさを取り戻した。直ったのかと思ったけれど、そこには白しか映されていない。
(やっぱりまだ壊れてる?)
魅入ったように画面を見続けていると、画面の中にいきなり何かが現れた。まるでそこにワープしてきたように、一瞬でそれは現れたのだ。人間のようだけど、その姿はまるでゲームの中に出てくるような・・・
「魔王・・・?」
そう言葉を漏らした瞬間それは私の方を真っすぐに見つめた。まるで、私が見えているかのように、燃えるような赤い瞳で私に視線を向けたのだった。
「・・・女、俺を知っているのか?」
低い声を持つそれは私に向かって話しかけた。
そう、モニターの中から、私に向かって、話しかけたのだ。
続きます。